決断
しばらく沈黙が続いた。波の音だけが僕たちの耳に入ってくるのがわかる。かれこれ数十分は、御園さんのお姉さんと初めて会ったこの海岸で、その本人と話をしている。雪は降っていないが、北国の冬シーズンであるから身体はそこそこに冷えていた。
「これから私が話すことは、あくまでも予想」
「……予想? 過去では全部の手段を試してみたんじゃなかったんですか?」
「そうよ。 ……でもね、私が自分の能力を使う直前にひとつだけ……これならって思った事があったんだけど、それを試さないで過去に飛んだの」
「……ということは、それを試した未来は知らないってことですよね。……一体何なんですか?」
「……姉として最悪な考え方だと思っているわ。……さすがにこれは……罰が当たるかもしれない」
「………………サリナを……この世から抹消するの」
「……え? ……な、なに言ってるんですか?」
まさかこんな考えが口から出るとは思わなかったから、とぼけたような声と同時に頭が真っ白になった。しかし、怒りの感情はぽっかりと空いた気持ちの中に即座に入ってくる。
「……ふ……ふざけて言ってるんですよね? ……あなたは、御園さんのお姉さんですよね? そんなこと……考えていいと思ってるんですか!」
「……ごめんね。……弓削くん」
「……そんな……」
何も考えられなかった。あまりにも衝撃過ぎて夢なのかとさえも思う。しかし、あの言葉を言ってから表情が1つも変わらないエリアさんを見て、彼女の言葉を信じざるを得なかった。
「私だって、こんな考え方はしたくなかった。 でも! 仕方ないじゃない……それしかもう方法が残されていないのよ…………」
「それに……もしそれで子夜の戯が終わらなかったとしたら、私はまた過去に戻る」
「そんなに……人の命を粗末にしないでください! ……あなたは、過去に戻れるかもしれない。……でも! 僕にとっては御園さんは……御園さんは、1人しかいないんです!」
「じゃあ君は! ……このまま世界がなくなっても良いの?」
「それは…………もちろん嫌ですよ! ……きっと御園さんも、世界がなくなるのを肯定はしません。 ただ、御園さんがいなくなった世界も……嫌なんです」
「……わかったわ。 君の気持ちも、もちろんわかる。まだこの世界は、全てが消滅してしまうまで時間があるから、私も色々と調べてみることにする。……ただし、この話をしてわかっていると思うけれど、本当にこのままでは世界がなくなってしまうということを忘れないでほしい」
「……わかり……ました」
「それと、サリナにはこの事を話さないでいてもらえる? あの子、君のことが大好きなのよ。……だからこそ、この話を聞いたら自分が消滅する事を選択すると思うの。……約束してくれるわね」
「……はい。……いろいろ、ありがとうございます。……僕も、何か方法がないか探してみます」
「いいえ。ただし、時間がたくさんあるわけではないから注意して。既にもう2時間がこの世からなくなっているわ。……さっきも話した通り、この現象が始まってしまった時点で自動的に時間切削が進んでいく。過去の経験からして、もってあと1週間ってところかな……」
「1週間……ですか……」
「さっきは、悪かったわね。……お互い最善の方法がないか、考えましょう。……それじゃあ」
僕にそう伝えると、彼女は姿を消した。気付けば辺りは暗くなっており、海岸に近い家々の明かりが輝いている。冷たくなった両手を上着のポケットに入れながら、その日は真っ直ぐ家へ帰った。
『ゆげっち、お姉さんとの話はどうだった?』
家に着き、ひと段落していると茉弥から連絡が入っていた。
『弓削くん、こんばんは。明日、一緒に学校行きたいなって思ったんだけど、もし良かったらどうかな?』
携帯を見ると、御園さんからも連絡が入っていた。昨日までなら、連絡を見た瞬間に返信をして喜んでいただろう。しかし今日の事があって、今は複雑な感情に誘われていく。正直、なんて返していいのかわからなかった。
『御園さん、こんばんは! もちろんだよ! そしたら明日、迎えにいくね!』
数分間悩んだ挙句、結局自分の気持ちを素直に伝えていた。これでまた、切削時間が大きくなるかもしれない。けれども、彼女に対する気持ちに嘘は付きたくなかった。彼女から、ありがとうという返信が来て、僕はこれで正解だったのだと思った。
茉弥には、この事実を知る前から、今日のことは伝える予定であったので、電話をすることにした。
「……もしもし! ……どうだった?」
少し焦ったような声で、茉弥が電話に出てくれた。
「……うん。ちゃんと話はできたよ。ただ……」
「話ができたなら良かったけど……何かあったの?」
不安そうに僕の話に耳を傾けている茉弥に、今日あったことを全部話した。
「……そんな。……御園さんをこの世から消すしか方法がないなんて……。嘘! 嘘だよね、ゆげっち!」
「……嘘じゃないんだよ。さっきも言っただろ、エリアさんは未来から来たんだ……。色んな方法を試してるけど何も変わらなかった。これしか……方法がないんだって……」
「でもさ! まだ何か方法があるかもしれないんだよね!」
「それは……わからない。ただ、僕もその方法には反対だったから、少しお互いで考える時間を作ったんだ。時間は限られてるけれど……」
「……ゆげっち」
急に茉弥が怯えているような声を出した。
「……茉弥? どうした!」
「…………時間が」
「……まさか!」
振り返って時計を見てみると、日付が変わっていた。
「……そんな、いくらなんでも早すぎるだろ……」
「……」
茉弥は黙り込んでしまった。その後も会話が途切れ途切れになってしまい、この日はこれで電話を切ることにした。
――合わせて4時間が1日から消えた――
§
「弓削くん! おはよう!」
次の日、昨日の連絡で決めていた待ち合わせをする予定の公園に行き、御園さんを待っていた。少しすると、小さな手を大きく振って御園さんが僕に駆け寄って来てくれた。僕も彼女に合わせて挨拶を交わす。
冷たい風が僕たちを包み込むが、2人の気持ちは温かかった。昨日あんなことがあったけれど、御園さんと居る時間は考えないようにすることにした。結末をあまり考えたくない。でも万が一、ああなってしまうなら今を大切にしたいと思った。
そんなことを考えていたら、僕の手はいつの間にか彼女の手を握っていた。
「……弓削くん!」
「……あ! ご、ごめん! いきなり……」
「……ううん。いいの。ただ……少し痛いよ。そんなに強く握らなくても大丈夫」
「……ごめん」
「昨日、お姉ちゃんに会えたのね?」
「……うん」
「どうして、そんなに暗い顔するの? お姉ちゃん、なんか言ってた?」
「いいや、特に何も言ってなかったよ。この現象の事も知らないみたい。……ただ、御園さんの事を心配してたよ、元気にやってるかってね」
あの出来事を言う勇気はなかった。口止めもされているし、お姉さんから聞いた話が、まだ信じられないからだ。それに彼女に何かを伝えるなら、何か別の方法を探して、御園さんを安心させてあげられる言葉をかけたい。何か策があるのかと言われればまだ何もないけれど、そう思った。
「そっか……。 お姉ちゃんなら何か知ってると思ったんだけどな。……でも、わざわざ会ってくれてありがとう、弓削くん!」
「……うん。……でも、これじゃ何も解決してないんだ。だから……」
「ありがとう。でもね……私は、今何も怖くないよ。例え弓削くんの思っている通りにならなかったとしても、そうやって一生懸命になって私のことを考えてくれたことですごく嬉しいから……」
「……ごめん。ありがとう。でも、今は僕の出来ることを精一杯やりたいから、見守っていてほしい」
「弓削くん……うん。わかったよ」
学校に着いてからというものの、やはり生徒との間ではこの現象についての話が途切れない。逆に御園さんはこれが始まる前よりも明るくみんなと触れ合っているように思える。その彼女の行動からみても、先ほどの言葉は本当なのだろう。
ただ、切削する時間がなくなる前に彼女の事を助けなければいけない。エリアさんはあと1週間くらいがリミットと言っていたが、それはあくまでも御園さんの気持ちが現状のままでセーブされればの事である。裏を返せば、彼女の僕に対する気持ちが少なくなれば切削時間が少なくなるのか、とも考えたが、僕だって御園さんの事が好きだ。そんなことはしたくないのが本音であった。
とはいうものの、授業中も必死に策を考えてみるが思い浮かばない。
(……こんな非現実的な現象の対処法なんてあるのだろうか……)
結局、授業の内容も全く頭に入らないまま学校が終わるが、答えは出なかった。だから放課後は御園さんと下校を共にしたあと、彼女には内緒で茉弥や要と相談をしながら考えることにしていた。
「正直言って、現実では考え難い出来事について解決策と言われてもな……、響は何か考えついたのか?」
「いいや。いくら考えても……思いつかないんだ」
「……例えばさ! 関係を白紙にするだけでダメなら、御園さんが故郷に帰ってゆげっちと距離を置くってのはどうなのかな?」
「……それは、エリアさんが既に過去で試したみたい。それでも全く変わらなかったって……」
「そっか……どうしたらいいのかな」
家に帰り3人でグループ通話をしていた時、それは余りにも突然で残酷であった。
「……おい、茉弥、響……」
――この夜、7時間の時間が切削された――
特に話が進展しないまま次の日を迎えた。正確に言えば、いきなり起こった切削に3人とも動揺して話どころではなかった。
そして、学校から帰った直後に通話を開始したが1時間も経たないうちに翌日へとなってしまったのも要因の1つであったのかもしれない。1日が17時間となったが、今日も時間切削が起こる可能性があると考えれば、明日はもっと短くなるのだろう。
しかし次の日、そんな中でも御園さんは変わらなかった。逆に、こうなることを知っていたかのようにいつもみたいに冷静だった。
「弓削くん、おはよう」
「御園さん……おはよう」
「……また、1日が短くなったね」
「…………」
「私ね、自分がフェルツェで時間を操れるから、1日が短くなることは怖くなかった。……でも、それが戻らなくなるのはすごく怖い…………」
変わらぬ様子であったから、そんなこと言われるなんて思ってもいなかった。
「でもね……弓削くんが頑張ってるの私は知ってる……だから私ね……」
「御園さん……」
少しの時間が流れた。
「……弓削くん、今日一緒に帰ってもいい?」
彼女は何かを伝えたそうにしていたが、特に聞き出すことはしなかった。それより、何を考えても最善の策が思い浮かばずに時間が過ぎて行くから、放課後にエリアさんに進捗状況を聞くことに決めた。
「御園さん、お待たせ!」
子夜の戯の影響で午前授業となった学校が終わると、僕は彼女と学校を後にした。2人で歩いて帰っている最中、御園さんの表情は暗かった。
「御園さん……何かあった?」
「……ううん。なんでもないの。気にしないで……」
「……わかったよ。……それとね、今日家に帰った後、エリアさんとちょっと話をする予定なんだ。そこでまた何かわかったら御園さんにも伝えるね」
「……ありがとう。……でもね、もう大丈夫だよ」
「…………え?」
「このままだったら、あと数日で世界が無くなってしまうと思うの……。でもね、それが人生だったのかなって思えてきた。私がここに来たことで、弓削くんや他のみんなにも迷惑かけて……本当にごめんなさい。すごく自分勝手だけど、私は最後をみんなと過ごせて……そして弓削くんの隣で生きれたこと、とても幸せでした」
「……御園さん、何言ってるの!? 僕はまだ諦めないよ!」
でも、御園さんの気持ちはもう決まっていた。僕が説得をしても、気持ちがブレることはなかった。
「……御園さん……」
彼女の話を聞いて、解決策も時間もない中で、もがいてもどうしようもないことに気持ちが揺れ始めていた。それと同時に、エリアさんに僕の気持ちをしっかり伝えなければならないと思った。
「……御園さん、ごめん。みんなを、そして君を助けることは出来なかった……」
気付けば辺りは暗くなっていた。時計はまだ13時位を示していたが、時間が切削される前兆だった。
「弓削くん……最後に1つお願いを聞いてくれませんか?」
「……もちろん」
「今日は……ずっと一緒に居たい」
「僕も……一緒に居たい。居てください」
「ありがとう……弓削くん、私のこと大切に想ってくれてすごく嬉しかった。……弓削くんの大切な人になれてすごく嬉しかった。仕方ないよね……でも……さよなら、したくないよ」
「……御園さんを1人にはしないよ。世界は終わっちゃうかもしれないけど、僕はいつでも御園さんの側にいる」
「…………」
もしかしたらまだ、方法があるのかもしれない。御園さんを抹消すれば世界が戻るということを知っていても、でも、それをすることは出来なかった。それなら、世界が終わる直前まで彼女と時間を共に過ごしたかった。
だからと言って、特別なことはせずに、次の日の学校が始まる時間の少し前まで、僕と御園さんはいつもと同じ様に2人の時間を楽しんだ。
――切削時間は合わせて14時間になった――
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