子夜の戯(2)
そのことは、朝起きてテレビをつけてから知った。昨晩は納まっていた情報網も他局に負けじと最新の情報を放送していた。
(……『消えた40分』……あれ、10分感覚で切削していたはずだったのに、昨日は20分消えたってことなのか? というか、時間が止まるどころか削られていく一方だ……)
寝る前は、御園さんの事しか心配していなかったけれど、削られている時間が多くなるとなっては話は別だった。自分1人で事を考えても何も進展しなかった。学校へ向かい御園さんとこれについての話をする決心をして家を出る。
学校へ着くと昨日と同じように、校内はこの話で持ちきりだった。御園さんも登校していたが周りは御園さんが関係しているかもしれないということをまだ知らないため、特に意識して話しかける人はいない様子であった。
「……御園さん……おはよう」
「弓削くん……おはよう。……どうかした?」
「いや……今日のニュース見た? ……時間が40分なくなったって……」
「うん。見たよ……」
そのあと少しの沈黙が続いた。
「……僕ね、御園さんのこと心配なんだ。だから……力になりたい」
「……それは嬉しいけど……いきなりどうしたの?」
その表情は特に暗い様子もなく僕を見ていた。
「昨日話した件についてだったんだけど……放課後、時間ある? ……嫌だったら無理にとは言わない」
「……ううん。大丈夫よ 私も、昨日の夜にしっかり自分の気持ちをまとめたところだったの。弓削くんも心配してくれてるし……何より、心配してくれてることが嬉しくて……」
「御園さん、何言ってるの……当たり前じゃないか! 僕はいつだって御園さんの味方だよ」
「ありがとう……放課後にまたお話しましょう」
「うん。こちらこそ、ありがとう……そしたら、後ほど」
僕が放課後に御園さんと話をする時には、時間も16時を回っていて教室に誰もいなかった。
「早速なんだけどさ……」
2人きりの教室で僕が話を切り出そうとすると、彼女は自分から話を始めた。
「……私には妹はいないよ」
「…………」
「でも……姉はいるの」
「……え?」
「小さい頃から家庭の事情で会ってないから、姉と呼べるのかわからないけれど……小さい頃は私ととてもよく似ていたし、この地域でこんな容姿の人そうそういないだろうし……だから、その浜辺で会った人もお姉ちゃんなんだと思う……」
「そうだったんだね。……その、お姉さんの話詳しく聞いたらダメかな?」
「……私ね、今まで友達って言えるくらい仲がいい人っていなかったの。だから自分の事を話すことも……。 でもね、最近はすごく楽しい。それは弓削くんのおかげなのかなって思ったんだ……」
恥ずかしそうに話す御園さんを見ると僕も照れる。
「……うん」
「だから私ね、弓削くんに全部話したいって思った。今日はそれのいい機会かなって」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。御園さんが良ければ聞かせてほしい」
少しの沈黙が流れた。
「お姉ちゃんは……フェルツェのことを知っている唯一の人なの。もちろん、お父さんとお母さんは知ってるんだけど……両親は、これがどういう力なのかってことは詳しく知らないの。 というのも、お姉ちゃんは私の能力について色々と調べている人でね……」
その話を聞いた時に、僕の脳裏(のうり)にあの言葉が過った。
【―もうすぐ始まってしまう―】
(お姉さんはこうなることを既に知っていたのか?)
「……だから、お姉ちゃんは私が知らないフェルツェを知ってるのだと思う」
彼女はそう話を続けた。
「お姉さんは今どこにいるの?」
「私も小さい時以来会ったことがなくて、どこにいるのかはちょっと分からないの。……でも、どうして私に姉妹がいるかを聞いてきたの?」
僕は、浜辺で会った少女が言っていた言葉を御園さんに伝えた。
「…………そんな。……お姉ちゃんはこうなることを知っていたのね」
「……その人がお姉さんかどうかの証拠はまだない。でも、仮にお姉さんだったとしたら、御園さんの力のことを理解してるってことだから……何か解決策を知ってるかもしれない。……僕は、御園さんの力になりたい。 だから、お姉さんを探してみようと思う」
「弓削くん……。でも、お姉ちゃんの居場所はわからないわ……」
「大丈夫。……少し心当たりがあるんだ」
§
「……弓削くん、ここは?」
僕は御園さんをお姉さんであろう少女にあった海岸線へ連れて来ていた。
「僕が、御園さんのお姉さんかもしれない人に会った場所」
「……キレイ」
海を眺める彼女の目は、一つの曇りもない鮮やかな目をしていた。
「でも……どうしてここに?」
「その前に……お姉さんって御園さんみたいに能力を持っていたりする?」
「……聞いたことないわ。 でも、私がフェルツェを持っているからお姉ちゃんに何か特別な力があってもおかしくない……と思う。 私がいた故郷では能力を持った子どもが次々に生まれているって話だし……」
「あのね、御園さん……」
「……なに?」
「実はあの日、その少女はもう一つの言葉を残して居なくなってしまったんだ。 ……【またここに来る】と」
「だから、これは推測でしかないんだけれど……またここに戻ってくるんじゃないか、そう思っているんだ」
「でも、いつ、どのタイミングでここに来るかなんてわからないじゃない……それと、まだ私のお姉ちゃんって決まったわけじゃ……」
「確かに御園さんの言う通り。 ……でも、このまま何もしないで御園さんの悲しい顔を見るのは嫌なんだ! 自分の……出来ることをしたい」
「弓削くんは……どうしてそんなに私のことを考えてくれるの……」
「それは…………」
「………………」
「それは……御園さんが好きだから!」
「…………」
言ってしまった。まだ伝えるつもりはなかったのに、自分の気持ちをまだ自分がわかっていなかったのに、気が付いたら言葉を口にしていた。御園さんの顔を見たくなかったけれど、恐る恐る顔を上げる。彼女は泣いていた。
「…………ご、ごめんなさい。……そんなこと言われたの初めてで……でも、すごく嬉しい」
「……前にも言ったけど私、今までお友達がいなかったの。だから……お友達が出来たことでも嬉しいのに、こんなこと言ってくれるなんて……」
泣きながら、でも確かにこう言っていた。
「……そんな。だからね、御園さん。僕は君のことを守りたいんだ」
「……うん。本当にありがとう。…………こんな私をよろしくお願いします」
「……はい」
その後、御園さんを家まで送り少し遠回りをして帰宅した。勢いで伝えてしまった事も結果的にはプラスになって、また2人の距離が近くなった気がする。と言っても今までの生活が変わるわけではなく、昨日までと同じ関わり方をするつもりだ。彼女もそれを望んでいた。だからこれからも、この日常を送っていたいと思っていた。
――切削時間は大きくなる。消えた時間は合わせて2時間――
§
朝目覚めると、それはまた始まっていた。テレビでは即座に報道の嵐となっていた。
(…………ちょっと待て。……2時間だって!?)
この、拡大しつつある【子夜の戯】を何とかする為に、御園さんの姉を見つけなければいけない。僕は今日、彼女を探しに海岸線へと向かうことを自身に誓った。
「……ゆげっち。……おはよう」
学校に行く途中、茉弥と出会った。表情がいつもと違う。
「……茉弥。おはよう」
「……私ね、すごく怖い。朝起きたら2時間もなくなってるなんて……このまま、世界はなくなっちゃうの? ……すごく不安だよ……」
出会っていきなり泣き始めてしまった。茉弥が泣くことなんて滅多(めった)にない。そうとう不安なのだろう。確かに、茉弥の言っていることは正しかった。このままこの現象が続いてしまうと、御園さんだけではなく、みんなが悲しむ事態になり兼ねない。
「……大丈夫。……僕がなんとかする」
「……なんとかするって……なんとも出来ないじゃない!」
「………………」
僕は昨日、御園さんと話したことを全部話した。
「ゆげっちが会った子って……やっぱり御園さんと関係があったんだね。妹ちゃんではなくてお姉ちゃんだったけど」
「……うん。だから、会いに行かなくちゃいけないんだ。僕には、これしか出来ない」
「……わかった。今日、会いに行くの?」
「学校が終わってから行くつもりだよ。今日のその時間に彼女がいるかどうかは、わからないけれど……。でも、行ってみたい」
「そっか。私も一緒に行きたいけど……でも、私は行かない方がいいと思うから……」
「うん」
「何かあったら連絡して!」
「……わかった。心配してくれてありがとう」
そう言葉を告げて、放課後僕はあの海岸線へと向かった。
――またここに来る。
この言葉を信じたかった。今日ではないのかもしれないけれど、僕の気持ちは毎日でも海岸線に行ってやろうという気持ちにまで熱いものになっていた。
海岸線に到着するが、御園さんの姉どころか人影すら見えない。静寂の中に波の音だけが聴こえるこの場所で、僕は辺りを見回すけれどやはり人は見つからない。
「…………ねぇ、そこの少年くん」
「えっ!」
突然後ろから声が聞こえてきた。
「ふふっ、やっぱり来たんだね」
「あなたは…………」
御園さんに似た姿と透き通った声、彼女のお姉さんだった。
「こんにちは。私はサリナの姉のエリア。弓削響くんだったよね?」
「……やっぱり、御園さんのお姉さんだったんですね。でもどうして……僕の名を」
「サリナがお世話になっているみたいね。どう、彼女楽しそう?」
「…………」
「その表情はそうでもないみたいね」
「……エリアさん、やっと見つけました」
「やっとって言っても、探し始めたばかりじゃない。でも、良かったわねすぐ見つけられて」
「……そんなことは……どうでもいいんです。御園さんについて……」
「フェルツェのことね?」
彼女は僕の言葉に言葉を重ねて返してきた。これから起こることを既知しているみたいに。
「…………」
「どうしてわかったんだ。そんな顔をしているね。まぁいいわ、フェルツェの事が知りたいんだよね。君も知っている通り、フェルツェは時間を切削できる能力で間違いないよ。……能力を使う時は……ね」
「……え? ということは……フェルツェを持っているだけで起こる現象もある……ということですか?」
「そう。第2の力といってもいいわ」
「じゃあ、それがこの……」
「その通り。 だからこの現象はサリナのフェルツェによって起きてることなの。……あの子の能力は、知られてない事がありすぎるのよ、まったく……」
子夜の戯に御園さんが関係しているのは、なんとなく予想はしていたけど、お姉さんの話で仮説が証明された。
「……あの」
「なに?」
「……この現象は、どうしたら元に戻るんですか?」
「君はどうすれば良いと思う?」
「…………わからないから聞いてるんです! ……僕は御園さんを助けてあげたい。だから、何か知ってるなら教えてください」
「……時間がなくなったのはいつからだった?」
「えっ……」
確かに、御園さんが転入してきたと同時に子夜の戯は始まっていない。
「確か、御園さんが転入してきて、少ししてからだったような……」
「うん。やっぱりそうだよね。あの子が転入してきたのと同時にこれは起こらないの」
「……どういうことですか」
「サリナの気持ち」
「……気持ち?」
「そう。……あの子の感情の変化によって、この現象が起きているの。 つまり、君と仲良くなってからこれが始まった。 切削する時間が徐々に増えていると思うけど、それはサリナの感情が大きくなっているからなんだ」
「……ということは……感情の大きさと時間の切削は比例している…………」
「そういうことになるね。転入したその日に会話をしていたり、仲良くなるきっかけがもしあったのなら、この切削は既に行われていたのかもしれない……ただし、気持ちが小さいから秒単位の時間しか削られない、そのため気付かなかった、という流れの可能性もあったわね」
「……だから」
僕は、この場で御園さんの気持ちを改めて知った。彼女の僕に対する感情が大きくなればなるほどどうなってしまうのかも同時に知ってしまった。
「……もし」
「もし?」
「……もしも、感情が大きくなり過ぎてしまったら……」
「……ふぅ、君も予想はついてると思うんだけどなー」
少し間を空けて、彼女は言った。
「……この世界、無くなるよ」
予想通りの答えだった。御園さんのお姉さんに出会うまでは、子夜の戯は原因がわからないにしてもいつかこの現象はなくなるだろう、と安易に考えていた。だけど彼女の話を聞いて、この結末になることは薄々予想がついてしまったのだ。
御園さんは子夜の戯の原因はまだわかっていない。今、切削時間が増えているということは、すなわちそういうことである。それは嬉しいことなのであるが、今は喜んでいる場合ではない。
「……ということは、今の関係を白紙に戻せばいいんですよね?」
(悔しい選択だけど、このまま世界が無くなってもう二度と会えなくなってしまうよりは、友達として隣に居れる方を選ぶのは当たり前のことだ。御園さんも話せばわかってくれそうだし…………)
「……残念だけど、それでは解決しないよ」
「……えっ?」
「何言ってるんですか? やってみないとわからないですよ!」
「いいや、それじゃダメなんだ。関係の白紙に戻したとしても、子夜の戯が始まってしまった時点で時の経過と一緒に時間が自動的に切削されてしまう……」
「……何なんですかさっきから! 全部を知っているような話し方して……最初から断言するのはやめて下さい! それで、解決出来るかもしれないのに……」
「……だってね、私は……それで世界が無くなるのを見ているから……」
「…………見ている?」
彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。
「そう。 私は無くなる寸前の世界を知っているの。 だから、それを止める為にここにいる」
「……ははは、何言ってるんですか? 未来からここに来た? そんなことあるわけ……」
「サリナにも能力があるように、私にも能力があるの。私たちの一族は生まれつきそうなのよ。……それが私の力」
彼女の真剣な表情は、冗談を言っているようには見えず、その顔を見て未来から来たというのは本当なのだということを悟った。
「……わかりました。……あなたはさっき、僕たちの関係が白紙になるだけじゃダメだと言いました。それが未来で起きたことだったんですね?」
「その通りよ。 私たちは何をすべきかわからなかった。 君が今考えてたようなことをみんなで考えてたわ。でも、いくら時が経っても子夜の戯れが終わることはなかった。」
「じゃあどうすれば……。そしたら、その未来を変えることは出来ないって事ですか!」
怒鳴ったような声が出てしまった。エリアさんは悪くない。むしろ、困っていた僕たちに対して光を与えてくれた。それなのに、彼女から伝えられた事実を受け止められない僕がそこにいた。
「……ご……ごめんなさい。つい……」
黙り込んでいる彼女をみて咄嗟(とっさ)に謝った。
「君のその気持ちは……私もわかるわ。何度も何度も考えて行動してみたけれど……結局、未来が変わることはなかったのよ。残念なことにね」
少し間が空いたが、その後彼女から先に口を開いた。
「でもね、何もできなかったという真実だけが本当なら、私はこうやって君の前に現れていなかったと思うの」
「…………ということは」
「……ひとつだけ可能性があるかもしれない」
「……それは一体何なんですか……」
「それは……」
彼女はそのまま黙り込んでしまった。
その暗い表情を見て僕は、その可能性を選ぶことが、どれだけ苦渋(くじゅう)の選択なのかを、彼女の言葉を聞く前になんとなく予想する事が出来た。しかしそれは、予想に過ぎなかった。
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