子夜(しや)の戯(たわむれ)(1)

 定期試験のお疲れ様会をしてから約2週間が過ぎた。この日もいつものように学校生活を送っていた。2月に入り寒さは先月よりも増して僕たちに襲いかかってくる。それも今年はあまり雪が積もっていないことが関係しているだろうか。雪が少ない方が寒く感じるとも言われるし……。

 学校では、御園さんが転入して以来ずっと、4人でいることが当たり前かのように「いつもの4人」で話をしたり遊びに行ったりしている。彼女も大分学校に慣れて来ているようで安心だ。

 僕は、あの電話の件から御園さんとの距離が近くなってきていて、放課後一緒に帰ったり、2人で本屋に寄ったりいかにも彼氏と彼女の関係に見えるような立ち振る舞いをしていた。――付き合ってはいない。

 付き合いたいとは……思っていないといえば嘘になるのかもしれないけれど、要に相談した時に「付き合った後よりも、付き合う前のあのなんとも言えない感じが良いんだよなー、ま、人によるけど!」と言われた。まぁ僕は、彼女いない歴=年齢だから付き合った後のことなんて知らない。でもなんだろう、この気持ちは大切にしたいとは思っている。……それ以前に、御園さんが僕のことをどう思っているかなんてわからないし。告白したところでフラれたら、今の関係のままの方が居やすいに決まっている。それを思うと要の話は悔しいけど納得がいくような気がした。


「……弓削くん! 今日の放課後時間ある?」

 そんなことを考えてる時に御園さんから話しかけられたから変にびっくりした顔をとってしまった。

「……あ! も、もちろん大丈夫だよ!」

「私、何か変なことでも言ってた?」

「ううん! そうじゃないんだ、気にしないで」

「それなら良かった。ちょっと付き合ってほしいところがあって……」

「わかったよ! あ、でも1つだけお願いがあるんだけれど……」

「弓削くんまさか……」

「……お願い! 今日の6時間目だけでいいから!」

「もしかして、……宿題やってない? それならまだ時間があるから私の見せてあげようか?」

「違うんだ……。その……御園さんとの放課後の時間に早くなってほしいから……!」


「………………」


 急に御園さんは後ろを向いた。

「……き、今日だけ。……特別だからね?」

 顔を見ることはできなかったけれど、恥ずかしそうに言う御園さんがいた。それをみて僕も、自分が何を言ったのかを理解して突然顔が火照ってきた。

「……うん。 ありがとう」

 その後、2人の間に沈黙が続いた。

「……じゃあ私行くね! 放課後、玄関で待ってるから!」

 そういうと、御園さんは教室を後にした。


 約束してくれた通り、5時間目が終わると一瞬にして放課後に進んでいた。その後教室を出ると、彼女の方が先に待ち合わせ場所へ着いていた。

「御園さん! お待たせ。待った?」

「ううん。全然待ってないから大丈夫だよ!」

「それなら良かった。そしたら行こうか」

 2人は学校を出て、街の方へ歩いて行く。

「ところで、行きたいところって何処なの?」

「今日は……弓削くんって甘い物とか好き? 駅前にクレープ屋さんあるでしょ? 私、そこの前を通る度に食べたいなと思うんだけど、1人だと勇気が出なくて……」

「あ! あそこのクレープ屋さん知ってる! 僕も食べてみたいなと思ったんだよねー。甘い物も良く食べるよ!」

「……良かった。 そしたら、今日はそのクレープを食べに行きたいんだけど……いいかな?」

「え! もちろんだよ! 楽しみだなぁ!」

「弓削くん、どうもありがとう。そんな楽しみにしてくれるなんて……」

「……当り前じゃない! だって……御園さんと一緒だから!」

「……あ、ありがとう」

「……うん」

 そのあと、僕と御園さんは第3者から見れば完全にカップルのような、いわゆるデートを楽しんだ。初めて知り合った時、始めはぎこちない会話しかできなかったけれど……今となっては、お互いが特に無理もしないで自然に話せるようになっていた。   

 それを実感してすごく嬉しかった。


「弓削くん。 今日は付き合ってくれて本当にありがとう! 念願のクレープも食べることができてすごい幸せ」

「こちらこそ、ありがとう! なんか……その、デートみたいだったね!」

「……うん。もしかしたら、他の人にはカップルに見られちゃったかもしれない……」

「ぼ、僕は嬉しいよ! 御園さんと、こうやって……デートできて!」

「弓削くん……あ、あのね、もしよかったら、また一緒に来てくれる?」

「もちろんだよ! 一緒に行きたい!」

 たまらなく可愛かった。まさか、彼女の方からまた誘ってくれるなんて思ってもいなかったし、またこうやって2人だけの時間を過ごせるのかと思ったらなんとも言えない気持ちになる。

 御園さんの家は駅前から近いようで、僕たちはクレープ屋の前で別れた。


家に着くと要に連絡をする。

「今日、御園さんとクレープ食べに行ったさ」

「まじかよ! それもうカップルじゃんか!」

「それ、御園さんにも言われた」

「で? どうだった?」

「どうって……でも、また今度一緒に来てくれる? って誘ってくれた」

「それってもう……脈アリ以外なんでもねーぞ!」

「期待しちゃうこと言うなよー」

「いやでもそれな、好意なかったら次って思わねえって」

「まあ、確かにそうかもしれない……」

「まあでも、大切にしろよ!」

「ありがと」

「そしたら、また明日学校で!」

「うん、おやすみー!」

「おやすみ!」

(期待しちゃっていいのかな……でも、早まってもいい事ないと思うし)

 要とのメールは要件を話して終わるって言うのがパターン化している。その方がダラダラしないから要とのメールのやり取りは意外と楽で好きだ。それに比べて茉弥は……。

 風呂を出てから、明日の宿題をやっていないことに気づく。前回も宿題未提出の科目だから今回はヤバイと思っていつもより遅い時間まで机に向かっていた。



「……はい。もしもし、どうした要こんな遅くに。しかも電話って珍しいな」

「響、おまえ今何してた?」

「何って明日……いや、今日の宿題してた」

「……時計あるか?」

「そりゃ、机に座ってるからデジタル時計あるけど……どうした?そんな怖い声して」


「なぁ、おれ、見ちまったんだよ……」

「……何を?」


「時間が……時間が、いきなり0時になったんだよ……」


「……いきなりってどういうこと」

「もうこんな時間かって思いながら、何気なく時計見てたんだよ。そしたら、23時50分から一瞬で0時に……」


「………………」


「……響?」

(どういうことだ……昨日、御園さんはフェルツェを使ってる。つまり、御園さんの力ではない何かが起こってる……)

「あ、ごめんごめん……」

「最近頻繁(ひんぱん)にある時間が進む現象……またあれなのか?」

「……いいや、それではない」

「……なんでそんな断言できるんだよ」

 僕はまだ御園さんの能力について、要には話していなかった。要自身も、謎の現象について体験しているから違和感は感じているに違いない。僕はこのタイミングでフェルツェについて彼に伝えた。要はあんな性格だから、混乱するかなと思いきや意外と冷静だった。

「……なんか難しい話だったけどよ……要するに、最近起きてるやつが御園さんの力で、今日起きたのは違うってことだな?」

「うん、そうだと思う。御園さんもフェルツェをあまり使ったことなくて、受ける代償を詳しく知らないみたいなんだ」

「……なるほど。でも、とりあえず御園さんにこの事話した方がいいよな?」

「そうだね。 明日話してみることにするよ、もしかしたら何か知っているかもしれないし」

 なんだか要がすごく頼もしかった。いつもは適当なのに、これについてはやけに冷静で真剣に話を聞いてくれた。すぐに御園さんに連絡しようと思ったが、夜も遅いからそれはやめて、眠りに就いた。


「……御園さん!」

「あ、弓削くん、おはよう。どうしたのそんなに慌てて……」

「おはよう! いきなり飛んで来てごめんね!」

「ううん。それは全然いいんだけれど……何かあった?」

「……よく分からないんだけど、日付が変わる時に……時間が飛んだんだ」

「……どういうこと」

 僕はこのタイミングで、昨日要から連絡がきて一瞬で10分が経過したこと、御園さんの力を要に教えたことを伝えた。要にフェルツェのことを教えてしまったことに対して、御園さんは特に何も言わなかった。

「……確かにそれ、私の力じゃないわ」

「何か心当たりはない?」

「そうね……現に私は、今日までそれに気付くことが出来なかったし、能力を使ったからって、時間の短縮が起こるなんて今までなかった……」

「ということは、御園さんも知らない何かが起こっているってことだよね」

「……そうかもしれない」

 起きている現象が何なのか、御園さんも知らなかった。ただ、以前に使っていた(といっても頻繁には使っていなかったようだが)頃にはこんなことが無かったと言った。

(過去と今とで変化していることはなんだ……)

 結局その日は、御園さんに出来事を伝えるだけで新しい情報を得ることは出来なかった。



――この晩さらに10分の時間切削が発生した――




 §




「……次のニュースです。本日、深夜0時から始まったとされている不可解な現象について、オカルト業界を筆頭に積極的な討論が行われています。その討議の中で、この現象の事を『子夜の戯』と命名し話が進んでおり……」

 今朝のニュースで流れていた。


(……昨日の出来事だぞ……早すぎる)


 翌日から僕たちの身の回りで起きている現象が国内中に知れ渡り、報道局も取り上げるレベルでの騒ぎになっていた。時間の切削がいつ起きたのかわからないが、合わせて20分もの時間が削られてしまった今、気付かない人の方が少ないだろう。テレビでは超能力者や霊媒師などのいわゆるオカルト関係者がインタビューや議論を交わしているが、一向に話が進展していないという。

 今それについて分かっていることは1つだけで、この『子夜の戯』には御園さんが関係しているのかもしれないということだけだ。でも、僕たちの中でもそこからの進展がない。

 その日の学校はこの話で持ちきりだった。今まで特に興味を持っていなかった生徒同士も、これについて意見を出し合っている。これ以上大きな騒ぎにはしたくなかったから、御園さんが関係しているかもしれないということはいつもの4人だけの秘密にしようということになった。

「……弓削くん、私……」

 御園さんは深刻そうな表情で僕を見つめた。

「御園さんが悪いわけじゃないよ。 それに、まだ御園さんの力が原因でなったかなんて解らない……」

「それは……そうなのかもしれないけれど……」

「とりあえず、一刻も早く原因を解くことが先決だと思う」

「……ありがとう……」

「……え?」

「私なんかのために……たくさん迷惑かけちゃった……」

「そんなことないよ。……僕は、御園さんが悲しんでいるのを放って置けない」

「…………」

「だから、僕にできることがあるなら、全力でやる」

「弓削くん……本当にありがとう」

「うん。一緒に色々考えてみよう」

 とは言ったものの、今ある材料だけでは解決までには程遠いのが現実だ。……ふと、2ヶ月前ほどに会った海岸線の少女の事を思い出した。御園さんが転入してから、御園さんに夢中だったから忘れていたというのが本音だろうか。

(……確か、あの少女は『もうすぐ始まってしまう』って言っていたっけ……でもこれと関係はないだろうか……いや、もしかしたら……)

 不確かで僕の考え過ぎかもしれないけれど、この子夜の戯とそれとが繋がるかもしれないという考えが浮かんだ。ただその少女が誰なのか、いまどこに居るのか何もわからなかった。

(でも、もし可能性があるとするなら……)

 僕は口火を切った。


「あのさ……御園さんって……妹とかいる?」


「……妹?……どうして?」

 御園さんの表情が変わった。

「……実は……」

 それから僕は、海岸線沿いで会った少女について御園さんに話すことを決めた。その子と出会った場所、容姿の特徴、話の内容、全てを話した。僕が話している間、彼女はずっと下を向いていた気がする。話が終わると顔を上げ僕を見つめた。

「…………ごめんなさい」

 そう言うと、廊下を駆けていってしまった。……それから御園さんは教室に戻ることもなく、その日は顔を合わせることができなかった。


「御園さん、ゆげっちの話で何か嫌だったのかなー?」

 学校が終わり一緒に校門を出た茉弥との帰り道では、御園さんの話で持ちきりだった。

「わからないけど、俯いてたから何かあるのかもしれない」

「仮にね、ゆげっちが会った少女の子が御園さんの妹さんだったらどうするつもりなの?」

「その少女が言ってきた言葉も気になってて……それも含めて、この現象について尋ねてみようと思ったのさ」

「そっか……でも、あの言葉だとその子が何か知っている可能性はありそうだよね」

「うん。 だからこそ、あの子と接触することが出来れば良いんだけれど……何も情報がなくて。 ……似てるから、もしかしたらって思った、……違うかもしれないけどね」

「今日の今日に話すのはダメージが大きかったかもね。今日はそっとしておいてあげようよ!  これからどんどん時間が無くなっていくって決まったわけでもないんだしさ!」

「……そうだな。明日また改めて、今度は2人の時に話してみるよ」

「うん! またなんかあったらゆげっちに教えるからね! またねー!」

「ありがとうね、また」


 そうして茉弥と別れた後も、僕は御園さんに連絡することはしなかった。夜のテレビ番組でも、『子夜の戯』を取り上げているものがあったが、朝に比べると騒ぎは収まっているように感じた。そこでは、短縮したとはいえ20分という少ない時間であって、それはすべてがマイナスではないと考える者が出てきているようだ。

(確かに、深夜でバイトとかしてる人たちにとっては、20分時間短くて済むもんな……そう考えたら、そんなに深刻に悩むことでもないのか?)

 でも、そうプラスに考えようとしても御園さんにかかる重圧は変わることはない。今は、彼女の事を支えなければならないと思いながら今日という日を過ごした。



――翌日、切削された時間は合わせて40分になった――

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