フェルツェ(2)
次の日もいつもの様に登校する。いつも通り電車の中で茉弥と遭遇し、一緒に学校へ行く。教室では要が既に席に座り焦って宿題をやっていた。唯一違う事は――御園さんが昨日より可愛く見える事だ。
昨日の出来事以来、あのことを考えているのは確かなのだが、それは間接的に御園さんの事を考えていると言っても過言ではない。それもあって、つい意識してしまう。
「おはようございます、弓削くん」
「御園さん、おはようございます。今日も早いんですね!」
こんな何気ない会話だけでも、御園さんと話せるというだけで嬉しくなる。……表面上ではこの気持ちは隠しているつもりだけれども。
(彼女はどんな気持ちなのかな……)
そんなことを思いながら、隣に座りホームルームが始まる。担任の先生からはいつも通りの特に変化もない話がされて、今日も平穏な日だな――授業は嫌いだけど――と思いながら頬杖をついて聞く。
「ゆげっちさ、昨日御園さんに屋上でなんだかーって言われてたけど、結局なんの話だったの?」
ホームルームが終わった途端、茉弥が話しかけてきた。隣を見ると御園さんの姿はない。
「いや、特に大したことじゃないよ」
「ホントにー? だって呼び出しだよ? 絶対になんかあったでしょー! ねっ? ねっ?」
「あー、もうわかったよ! そしたら、今日の放課後に……」
「……屋上に来いって?」
「…………はぁ、帰る方向一緒なんだからその時に話すってことだよ! 全く…… 」
「はーい。了解しました! でも私、掃除当番だからちょっと待っててね!」
「はいはい。わかりましたよ」
「あ、あと! 私、今日17時からバイトだから! よろしく!」
「……そんな長くはならないから大丈夫」
御園さんには悪いけど、茉弥はしつこいから話しておくことにした。特に口が軽いわけでもないし、1人で悩むより良いと思ったからだ。
授業が始まる前に御園さんも教室に戻ってきていて、学校らしい時間が始まる。
「御園さん!」
「弓削くん、午前中の授業お疲れ様でした」
「いやー、今日も眠たかったです。……それはそうと、ちょっとお願いがあるんですが……」
「いいですけど、なんでしょうか?」
「実は……今日の5、6時間目の授業をフェルツェで進めてほしいんです! 昨日も進めてもらったんですけど、小テストの勉強が出来てなくて……だらしないですね」
「……そんなことは思いませんよ。ですが…………今日は出来ません」
「えっ……そ、そうですよね。すみませんなんか、その……」
「いえ、私は弓削くんのことをだらしないなんて思ったことないですよ。ただ、今日は朝方に力を使ってしまって」
「あっ、そうだったんですね! ……でも、御園さんの力に頼らないでちゃんと生活しないと……」
「そ、そういうことではないんです! 私を頼ってくれるのは……」
【チャイムの音】
「……なんでもないです。……とにかく今日は使えませんので」
彼女はまた机に向かって勉強を始める。この会話で、御園さんが笑顔を見せることはなかった。どちらかと言うと何かを考えている、そんな感じの表情であった。その時は特に御園さんを疑うことなく、朝方に力を使ってしまったんだと思いながら机に向かった。
案の定、午後の小テストは爆死。教科担の先生から授業中に呼び出されるほどの始末であったが、そんな苦痛の時間が終わり茉弥の掃除を待つために玄関ホールへと向かう。しかし、茉弥のことを待って少し経った時、外が一瞬にして暗くなった。
(……ちょっと待て、どういうことだ)
時計を見ると17時を示している。茉弥が慌ててこっちへ向かってくる。
「……はぁ、はぁ、ゆげっち……これ、どういうこと?」
「僕もわからない……でも急に……」
「……あ! もうバイト始まってるじゃん! ゆげっちごめん! また今度話聞かせてね!」
といい、茉弥はそのまま走ってでバイト先へ向かっていった。僕も靴を履き替えて学校を出た。
(何故だ……御園さんは今朝に力を使っているはず。でも、今回は寝てる訳ではなかったし……夜にでも御園さんに連絡してみるとするか)
そう考えながら違和感のある夜の中、自宅へ帰った。
§
「……はい。御園です」
「あ、弓削です! 突然電話してしまってすみません。今お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。今ちょうどお風呂から上がったところだったので」
「あ、ありがとうございます。……単刀直入に聞きますね、今日放課後にフェルツェを使いましたか?」
「……ええ。使いましたよ」
「御園さん、今朝に使ったって言いましたよね? 確か、1日に1度しか使えなかったはずです。……何かあったのですか?」
数秒、空白の時間が流れる。
「……ごめんなさい。私、弓削くんに嘘をついてしまいました」
「……どういうことですか?」
「今朝、この力を使ったというのは嘘なんです。最初に説明したように、フェルツェは1日に1回限りです。弓削くんの頼みを断ってまでも、あの時に使いたかったんです……」
「そうだったんですね。でも、どうしてあの場面に?」
「……朝のホームルームが終わった後、坂上さんとお話してましたよね……。話の内容は聞いてないのですが、話の最後に『掃除当番だからちょっと待っててね』って言葉と『17時からバイト』って坂上さんの声が聞こえたので……。大切な用事だったのかもしれないのにごめんなさい! ……私も、なんで使ったのかわからなくて、でもあの時なんだか気持ちがモヤモヤしてて……」
「……御園さん」
「弓削くんが……弓削くんが、坂上さんと一緒に帰ることに、ヤキモチを妬いていたのかもしれません……。自分勝手に能力を使ってしまいました」
「自分勝手って……そんなに自分を責めないでよ!」
「……弓削くん?」
「そうやって思ってくれるのすごい嬉しいよ! ……ヤキモチ妬いてくれたのも嬉しい!」
「……私、弓削くんと初めて話した時に、とても親切で話しやすくて……この力の事も受け入れてくれて……だから、弓削くんともっと一緒にいたいって思っちゃダメですか?」
電話越しだったけど、御園さんの気持ちは確かに僕に伝わっていた。こんな気持ちになった事がなかったからか、なんだか不思議な感じがしたけれど、とてつもなく嬉しかったのは本当だった。
「……僕だって、もっと御園さんと沢山(たくさん)喋りたい! もっと仲良くなりたい! だから、嬉しかった。……今回の事は気にしないでほしい」
「弓削くん……ありがとうございます。私、心配性で弓削くんが私のこと嫌っているんじゃないかって不安だったんです、すみません。それもあってあんな行動を……なので、もう大丈夫です! 弓削くんの気持ちも知れたので。ふふっ」
「そんな事思ってる訳ないよ! 僕の気持ちはさっき言ったとおりで……」
「弓削くん、熱くなって敬語が外れてますね」
「あ、そう言えば……。御園さんも、これから良かったらこうやって普通に話さない? 敬語使うと、どこか堅苦しくって距離感があるというか」
「確かにそうですね……。……わかりました、少し恥ずかしいけど頑張ってみます。……これからもよろしく……ね、弓削くん」
「あ、ありがとう、御園さん。なんかこっちまで恥ずかしくなるね。でも、時期に慣れてくると思う!」
「私も変に意識しないようにするね」
「うん。そしたら、今日はいきなり電話してごめんね、そしてありがとう! また明日、学校で」
「こちらこそ、色々とありがとう! うん、また学校でね。おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
僅か10分くらいの通話時間だったけれど、また少し距離が近づいた気がした。電話の後は身支度をしてすぐに眠りに就いた。
次の日、偶然にも登校中に電車で茉弥と会ったため昨日話せなかった話をする事に決めた。
「茉弥、昨日話したかった事についてなんだけど……」
「そうだよ、ゆげっち! 昨日バイト遅刻しちゃってさー、もう大変だったんだから!」
「あれはもうどうしようもないよね、それはそうと御園さんとの話について……」
「そうそう! 結局何の話だったわけ?」
「笑わないで聞いてほしい。……実はさ、最近起こってるあの現象あるだろ? あれ……御園さんの力なんだ」
「……ん? ゆげっち、それどういうこと?」
「えっと……つまり、御園さんが操作して時間を進めてるってことだよ」
「えー! ってことは、御園さんは魔法使いかなんかってことだよね! すごーい!」
「声が大きい! しかも、魔法使いって例えはスケール大きすぎるでしょ……」
「あ、ごめんごめん。つい興奮しちゃって……」
その後も続けて、御園さんから聞いたことを話した。
「……でもね、それってちょっと怖いかも」
「……どうして?」
「だってさ、時間を進めることができるってことは、その進んじゃった間に起きる予定だった出来事がなくなっちゃうってことだよね?」
「そうかもしれないけど、その予定していたという記憶は残存しているわけだから、今日出来なかったから明日というような考え方をすれば良いと思う。確かに、時間は経過してるのに経験値として蓄積はされないけれど……」
「……でも! さっきの話からすれば、時間がなくなったままになることはないんだよね?」
「うん。御園さんからその話は聞いてないよ。彼女が言うには時間を削ったことに過ぎないみたい。現に、午前中の授業がフェルツェによってなくなった次の日にフルで学校あったからね……それはないんだと思う」
「そっかー、それならまだ良かったよ……」
「でも、彼女自身あの力を使ったことがあんまりなかったみたいだから、詳しいことはまだ判らないんだって。だから、茉弥も出来ればこの事はみんなに伝えないでもらいたいんだ」
「うん、わかったよ! 私もちょっと気にして生活してみる事にするね! 何か変化があったらゆげっちに教える!」
「茉弥に話して良かった。……ありがとな」
「えー、なになに? そんなに改まっちゃってー。あ! ゆげっちくんもしかして私のこと……?」
「あー、はいはい。そうですね」
「もー! ちょっとくらい話付き合ってくれてもいいじゃーん!」
「ははは、ごめんごめん」
学校に着くまでこの話で持ちきりだった。茉弥も僕の話を信じてくれているし、協力してくれる事はかなり心強い。御園さんとも学校ではいつもの通りに接することができて、昨日の件のことは気にしていない様子であった。
§
それからは僕と要、茉弥と御園さんの4人で学校生活を過ごすことが多くなった。1月の末にある定期試験の勉強は、御園さんに助けてもらいながらなんとか乗り切ることができ、茉弥の家でお疲れ様会をするまでに仲良くなった。
「定期試験、お疲れ様ー!」
「いやー、ほんとに、御園さんのおかげでオレと響は追試の常連から抜け出せたよ! ほんと、ありがとうな!」
「僕からも、本当にありがとう!」
「……そんなことないよ! みんなが頑張ってくれたから……私も、みんなと勉強できてすごく嬉しかった」
「……ほらほら! みんな、せっかくだから写真撮ろうよ!」
「よし! じゃあ撮るよ! ……ハイチーズ!」
「ゆげっちありがとう! ……なんかいいね! 仲間って感じで!」
「……仲間……」
「そうだよ! 御園さんも、僕たちの大切な友達だからね!」
「そうそう! 何かわからないこととか、悩み事とかあったら私に相談してね!」
「……茉弥に相談して、解決できるかどうからわからないけどな!」
「ちょっと、ゆげっち! 絶対解決してみせるからね!」
「……みんな、本当にありがとう! 私、この学校に来てみんなと出逢えて良かった!」
御園さんがクラスメイトと仲良くなってくれてすごく嬉しかった。これからも、この4人で一緒に居たい、そう思った。
それから御園さんが転入してきてから少しが経過したが、その後も特に大きな問題はなく学校生活が過ぎていった。
――このまま何もない日々が続くと思っていたが、それは突然訪れた。
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