フェルツェ(1)
冬休み明けということもあり学校に行くのは久しぶりだけど、クラスメイトは茉弥も含めてそんなに変わっていない様子であった。また学校が始まるのかと思うと少し気の毒だ。少しの時間が経つとに担任が入ってきて、だらだらと話を始めたが何やら転入生が1人、僕たちのクラスに入るらしい。
(転入生か。……アニメとかで良くあるのは、この転入生がひと月前に僕が見た謎の少女で……という話の流れだよな。……ま、それはないかー。アニメの見過ぎだなこりゃ)
担任の話が終わると、始業式の前にその転入生の紹介をするとのことでその子が教室に入ってきた。背丈はとても小さく高校生とは思えない程、髪は肩くらいまであって少しパーマのかかった綺麗な金髪。みんなの視線の中その少女は自己紹介を始めていた。
(ほらやっぱり。そんなに上手くいく話は現実ではないよなー。髪色も長さも違うし、身長は……似たり寄ったりだけどあの子は高校生には見えなかったし)
透き通った可愛らしい声で、淡々とでも何処か可愛げに話を進めている。
彼女の名は「御園(みその)サリナ」と言った。小さい頃から海外にいたが、親の転勤でこっちに越してきたらしい。それにしては日本語が上手だったので感心した。自己紹介が終わると空いている席に座り、また担任の話に戻る。周りの男子がヒソヒソと話しているが多分御園さんの件についてだろう。――確かに可愛いし。
体育館に移動してからというものの、校長の話が長すぎて寝落ちしそうになりながら必死に堪え、また教室に戻ってくる。今日は午前授業だったから学校もいつもより早く終わる。その間には特に御園さんと話すことはなかった。転入してきた初日に話す理由もなかったからだ。
「…………あ、あの! 職員室って何処にありますか?」
帰りのホームルーム後に、教室から出ようとした時、後ろを振り向くと御園さんが立っていた。急に話しかけられその上可愛いときたら、ちょっと焦っている僕がいた。
「あ! 今日からうちの学校に来た御園さんですよね? 職員室ですか? よかったら案内しますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を深く下げ顔を上げると笑顔で礼を言われた。礼儀もしっかりしていて非の打ち所がないとはこういうことかと思う。職員室までの間、いかにも業務的な会話が始まる。
「僕、弓削響っていいます。これからよろしくお願いします。といっても、あと2ヶ月くらいでクラス替えになってしまいますが……」
「ご親切にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。例えあと2ヶ月で違うクラスになってしまうかもですが、いきなり転入してきた私に親切にしていただいて……話しかけたのが弓削さんで良かったです」
恥ずかしかった。けれど、僕は普通に接しただけなのにここまで言ってくれるとは思っていなかったから、不思議な感じもした。
そんな2人の挨拶の後、廊下でいろいろな会話をしたが全てがぎこちない。会話が途絶えると、何か話をしなくちゃという気持ちになる。そんな中、職員室は目の前になっていた。
「御園さん。あの……もし、また何かわからないことあったら遠慮なく頼ってください!」
不慣れな会話ばかりだったけれど、これで会話が終わるのが嫌だった。今日初めて会ったのに、もっと御園さんと話がしたい、そう思った。
「弓削くん…………ありがとうございます。こっちにはお友達がまだいなくて、心細かったんです。……あの、良かったらお友達になってくれませんか?」
「え! ……ぼ、僕で良ければ是非!」
純粋に嬉しかった。まだ出会ったばかりだけれど、2人だけの秘密を約束したみたいに勝手舞い上がり喜んでいる自分がいた。それから別れを告げて彼女は職員室に入って行き、僕は家に帰った。
帰りの電車に乗ったのは、いつもよりも遅い時間だった。これから新学期が始まる、当たり前だけど今までとは何も変わらない日々だろう。――変わったとすれば、転入生が来たくらいだ。
(本当に彼女はあの少女ではないのだろうか……)
家に帰ってもこれを呪文かのように唱えていた。そんなに考えることでもないのかもしれないけれど、そんなのは自分の自由だ。……ふと気づくと時計は0時を回ろうとしている。
「明日も御園さんと話せますように!」
何かを祈願するように両手を合わせてから眠りついた。
――その時から既に始まっていたのはまだ誰も知らない。デジタル時計が[23:59:58]から[00:00:00]に切り替わっていた――
§
「弓削くん、おはようございます!」
次の日、普段通りに学校へ行くと教室で御園さんから声をかけてくれた。
「御園さん、おはようございます。あれ? そういえば席隣だったんですね! 昨日は気づきませんでした」
「そうなんです! だから昨日、声をかけやすかったんですよ!」
他愛ない話をしてからホームルームが始まる。今日から普通に授業が始まることを考えると憂鬱(ゆううつ)になるが、隣に御園さんがいると考えてるとプラマイゼロ……いや、寧ろプラスだ。御園さんがいれば頑張れる気がする。とは言ったものの、授業中はやっぱり暇だ。板書して眠たくなる教科担任の話を聞くだけで辛すぎる。ふと左を見ると御園さんが必死にノートを書いていて感心する。
(きっと勉強も出来るんだろうな……)
と思いながら、右を見ると茉弥が寝ている。
(きっと何も出来ないんだろうな……)
消しゴムを千切って投げるがビクともしない、流石だ。僕の前の席には高校から友達になった築山(つきやま)要(かなめ)があくびをしながらいかにも寝そうにしている。要は数少ない僕の友達(ぼっちとは言っていない)であるが、いま考えると、この席が過ごしやすいことに気づく。
「あーぁ、今の授業かなり詰まらなかった。なぁ響、お前もそう思っただろ?」
授業が終わった途端に要は口火(くちび)を切った。
「まぁね、授業なんてそんなもんでしょ。……あっ、でも御園さんは真剣に受けてたし……今の時間はどうでしたか? こっちに来て初めての授業だったと思いますけど」
「すごく充実した時間でした! もちろん知らないことばかりですけど、自分が知らない事を覚えるっていうのが、何というか好きなんですよね」
「へぇー。御園さんは真面目なんだね。オレと響はこんな感じで堕落系男子だけどな!」
「堕落(だらく)系男子ってなんだよ。要と一緒にしないでもらいたいね!」
「ふふっ。お二人とも仲が良いんですね。羨(うらや)ましいです……」
「み、御園さんとだって、もうお友達ですよ! ……昨日、約束したじゃないですか!」
「弓削くん…………ありがとう……ございます」
「おい! 響! 何知らない間に御園さんと仲良くなってるんだよ! 約束ってなんだ、約束って!」
御園さんの頬が赤くなっていたのを見て、僕はなんともいえない気持ちになった。 昨日あった出来事を改めて実感して嬉しくなった。
「話戻るけどよー、こんな詰まんない授業あと5回も受けなきゃいけないんだぜ。それをかける4回……死んでしまうー!」
「僕と要には残酷な現実かもしれないけど、こればっかりは仕方ないよ。超能力でも使えない限りね」
「詰まんねー世界だな。……目瞑って開いたら授業終わってるってならねーかなー」
そんなくだらない話をしながら授業が着々と進んでいく。時折御園さんを一瞥(いちべつ)する。いつ見ても彼女は真剣な眼差しで先生の話を聞いていた。――今日も放課後に話が出来たらな、と思いながら。
(…………ゆげっち! ……ゆげっちってば!)
「えっ! ……茉弥? あれ、僕寝てたの?」
「ち、違うの……。ねぇ、時計見てよ」
「……え!? 嘘だろ……どういうことだ?」
記憶を辿(たど)れば、僕が御園さんをチラチラ見ていたのは覚えているがそれは2時間目の授業であった。時計を気にして見てはいなかったが10時前後であったのは確かだ。今教室の時計を見ると短針が[12]を指している。
(……2時間も寝てたってことか? それはないだろ、だって授業の間の休みだったりチャイムでいつも起きてるはず)
「そうだ! 御園さんは!」
すかさず隣を見るが御園さんの姿はなかった。
「茉弥も…………茉弥も、寝てたのか?」
「失礼ね! 私だっていつも授業寝てる訳じゃないんだからね! ……たまたまよ。たまたまその授業の時は寝てただけ!」
「そんな事はどうでもいいんだよ! 寝た時が何時くらいだったか覚えてないか?」
「……確か、9時半くらいだったような。あれ? 私、そこから気づいた時にはもう12時前になってて……」
「おかしい。 絶対におかしい……どういうことなんだろう」
そのあと要とも同じ話をした。要も授業中は寝ていたらしく詳しい事はわからないと言っている。だが……ある生徒は一瞬にして時間が12時前になったと言った。みんなが騒然としている中、その時御園さんが教室へ戻ってきた。
「御園さん! 時間が……」
「……授業があっという間に終わった感想はいかがですか?」
「え…………どういうこと?」
「弓削くん……放課後にお話があります。屋上に来てもらっても良いですか? 」
御園さんの目は笑っていなかった。
「……は、はい、わかりました。放課後ですね」
(御園さん、一体どうしたんだろう……)
昼ごはんを食べて昼休みが終わる。午後の授業はいつも通りに過ぎていく。その間、御園さんは特に変わった様子もなく真剣な眼差しで教科担任の話を聞いているが、僕はさっきの出来事が信じられなく何回か時計を見直す。
授業が終わると御園さんはすぐに教室を出た。多分屋上に行ったのだろう。僕もその後を追うように階段を上がり、屋上へ向かうと、屋上には既に御園さんがいた。
「弓削くん、来てくれてありがとうございます」
「御園さん……さっきのはいったいどういうことなんですか?」
「起きた現象の通りです。時間を……2時間ばかり進めました」
「……どういうこと? ……何を言っているのか理解が……」
「そうですよね。……実は私、刻を進めることができるんです。私はこと力のことを―フェルツェ―と呼んでいます。生まれながら持っていた能力ですので、詳細についてはわからないのですが……」
彼女は暗い表情をしている。僕は一瞬理解に苦しんだ。だけど瞬時に、自分の為にそのフェルツェという力を使ってくれたのだと思えた。
「……御園さん! すごいじゃないですか! そんな力を持っているなんて、まるでアニメの世界です! ……そしてありがとうございます。僕が授業嫌だとか言っているから授業ごと吹っ飛ばしてくれたんですよね?」
僕の返事が意外だったのか、御園さんの頬が少し赤く染まっている。
「そ、そんな、ありがとうだなんて……私、この力のことがあまり好きではなくて。……例えば楽しい時間をもっともっと延ばしたり、楽しかった出来事へ時間を巻き戻すことができたり……そんな力なら良かったのに、時間を進めることしかできないんです。そのせいで、転入する前のところでは不幸な力だと言われイジメに……。でも、この力は使い方によっては人を幸せに出来るのかなって考えを変えてみたんです。そこで、このタイミングならもしかしたらって」
「僕はスゴイなと思いますよ! それに、僕の為に力を使ってくれてとても嬉しいです。……贅沢(ぜいたく)を言うなら放課後まで進めてほしかったですけどね」
「ふふっ。弓削くん、それは贅沢過ぎますね」
お互いの表情が綻びた。2人の距離が少し縮まった気がしてまた嬉しくなる。
「フェルツェは、最大で進められる時間間隔が決まっているんです。私の経験では最長でも2〜3時間が限界かと思っています。なので、今回進めた時間くらいが限界なんです」
「なるほど、その力には何かしらの制約があるんですね。他にも、その力を使うことで起こる事象とかはあるんですか?」
「結局、時間を進めているというのは、私の感覚上での考えなんです。時間軸上では『時間の経過』ではなく『時間の切削(せっさく)』と考えるのが妥当かと思っています。私が今見つけることのできているのは、先ほども言ったように、その時間軸上での切削時間に限りがあるということだけです。というのも、この力あまり使ったことがないんです。以前はフェルツェを好きにはなれていなかったので……」
「あ、すみません。嫌な過去を思い出させてしまって。……なんだか難しい話ですね」
「いえ、いいんですよ。今はこうして、人のために使おうと決めて、実際に喜んでくれる人が近くにいるんですから。……そうですね。でも、現実では時間が進んだと考えて大丈夫です。切削したと言っても、削ってしまった時間が戻ってこないわけではないので」
「ということは、明日も普段通りに授業があるってことですね……」
「弓削くん、それは頑張ってください」
2人で顔を合わせて笑った。御園さんの事は昨日初めて出会って、確かに可愛いなとは思ったけれど。――今日の出来事でまた、彼女をもっと知りたいという気持ちになっている自分がいた。
その後は特に話の進展はなく屋上で別れ、僕は要と一緒に下校した。
その夜、家で今日の出来事を考えてしまう。
(あれは本当に御園さんの力なのか……)
彼女の力を疑っているわけではない。屋上で話した時、御園さんはふざけている様子はなく真面目に話してくれた。もちろん僕もその話を真剣に聞いていたけれど、正直半信半疑であった。自分が本当に2時間ばかり授業中に寝ていただけなのかもしれない、その時偶然にも茉弥が同じタイミングで寝ていたんだ、とフェルツェを否定しようとする思考が頭を回っていた。茉弥や要に相談しようと思い携帯を持つが、御園さんがわざわざ屋上で僕だけに話してくれた事であったため、彼女の気持ちも考えこの日に連絡する事はしなかった。小言を言いながら部屋で考えていると時間を忘れ、気づくと日付が変わりそうだったので眠りに就いた。
――響の机上にあるデジタル時計は[23:59:39]から[00:00:00]に切り替わった――
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