はじまりの時 明日の君と

渡邉 憂

プロローグ

《……君は誰? ……どこから来たの?》

僕を見ると向こうへ駆けて行く。


《……ちょっと待って……!》

《私のこと知りたいの? 》


その言葉を言い捨て突然現れたその子は遠ざかる――が、最後にこう言った。


《もうすぐ、始まってしまう。》


《……え? どういうこと? 詳しく教え……!》

その時にはもう、姿は見えなかった。


§



 あの時は雪が降っていた。僕は寒い中、たまたま海岸線を散歩していてその子と遭遇したのだが、細かい日にちは覚えていない。僕は今日も、いつものように家を出て最寄り駅まで行き、電車に乗る。いつもの風景、変わらない人混み。あれから約ひと月が経っても、特に変わったことは起こっていないのが現実であった。


(もうすぐ……始まってしまう……)


 あの出来事があってから、その言葉だけがいつも頭の中を過ぎる。自分には関係のない事なのかも知れないけれど……。

(いったい何が始まるっていうんだろう……)

 そんなことを考えながら学校へ向かった。


 §



「ゆげっちー! おはよう! そんな暗い顔してどうしたの?」

「お、か、おはよう。いや前に話した女の子の話だよ。 あれから結構時間が経ったけど何も始まっていないなーって」

「またそれー? あんまり気にしなくて良いんじゃないの? そんなに毎日考えてたら、ゆげっちハゲちゃうよ! ……夢だったんだよ、夢!」

 そう、『ゆげっち』こと僕の名前は。残念なことに特に他人に勝るものもない、ただの凡人高校生だ。あれから毎日あの少女の言葉を考えて、今日も冴えない表情でいたが為に声を掛けられたという訳である。それから、朝からテンションマックスのこの女子だが、名前は茉弥。僕と同じ高校に通う中学の時からの――友達ということにしておこう。まあ、なんだかんだ言って割と話がしやすいのだけど。


「それはそうと、今日から新学期だよね! 宿題やってきた? その子のこと考えすぎて何もやってないんじゃないのー?」

「残念ながらちゃんと終わらせてますよ。茉弥みたいに休みの最終日に詰め込んでやるようなタイプじゃないんでね!」

「わ、わたしだって今回はちゃんと計画的にやったんだからね! ……でもさー、なんかいつも時間が足りないというか詰め込んじゃうんだよね。1日がもっと長かったら焦ることもないんだけどなー」

「1日は24時間ってちゃんと決まってるんだよ。その中で効率的に生活していくことが勝ち組なのさ」

「彼女もいないくせに何が勝ち組だー! 効率的に生活出来ない人もいるんだからね私みたいに! ……1日30時間になったら喜ぶ人沢山いると思うけどな」

「まぁ、短くなるよりは長い方がいいか。色んなこと出来るし。……でもさ、そしたら学校にいる時間とか授業数とか増えそう。それなら逆に時間短くなった方が楽に生活出来るかもな」

「そ、その通りかもしれない! 学校は早く終わってほしい!」

「まあ、そんな魔法みたいなこと現実世界では無理なんだけどね……。学生の本業なんだから行かざるを得ないか」


(『その願い叶えてあげようか?』)


 ……その時だった、何処かで聞いたことのあるような透き通った可愛らしい声。確かに僕にはそう聞こえた。焦って茉弥に聞いてみたけれど、―あ〜あ、また始まった。ゆげっち君の妄想!―とか言われて信じてくれない。しかし、辺りを見渡してもあの少女の姿はなかったから、僕も空耳かと思いその場では気にすることはなく茉弥との会話を楽しみながら学校に向かうのであった。

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