第55話:スタンピードとカレーライスとラーメンと

「スタンピードが発生しております」


 ジソチが、少し慌てた様子で報告に来た。

 俺の家には、いまアスマさんの他にジニー達が来ている。

 ミレーネ?

 ミレーネは相変わらず、うちで寝泊まりしているけど。


 ジソチの言葉に、ガードが慌てて立ち上がる。


「規模は?」

「かなりの大規模で、それも単種族ではなく多くの種族が押しかけてます」


 押しかけてます?

 ということは、目的地はここか?


 それからジソチについて、外壁の上に立つ。

 空気の膜である程度の断熱効果があるとはいえ、若干肌寒い。

 ジャッキーさんに慌てて、秋物の服を買ってきてもらって良かった。

 長袖はここに来た時に着ていたスーツしかなかったからな。

 

 他のゴブリン達のために、たくさん買ってきてもらったけど。

 着ているのはおもに、ゴブリンビューティばかり。

 他のゴブリンは、半袖でも平気らしい。


 確かに、遠くから砂煙をあげて魔物の集団が押しかけている。


「魔物の大量発生か? 何かあったのかな」


 俺のつぶやきに、遅れてきたアスマさんが首を傾げている。


「いや、集団暴走だ。大量発生したからといって、集団で何かを襲うということはない」


 なるほど。

 で、なんでスタンピードが起こったんだ?


「それは、これから分かるだろう。ここに来る種族や行動を見ればな……人間どもだって、時折スタンピードを起こしておろう? それこそ、お主の国でも」


 日本でスタンピード?

 てか、人のスタンピードってなんだ?


「ほれ、バーゲンとやらではそれこそ妙齢の女性からアラサー、アラフォー、アラフィフに至るまで多くの女性が暴走しておる」


 あー……なんとなくイメージできた。

 でも、ちょっと昔のイメージかな?

 ワゴン争奪戦のような感じか。


「あとはコミケとやらの国際展示場駅の様子であったり。まあ、デモなんかもそれにあたるのであろう? 集団直訴なんぞこの世界でやったら、ほとんどのものが殺されるぞ? 革命を起こそうと動くなら話は別じゃが」


 最後の例え以外は、なんとなくスタンピードが簡単にイメージできる雰囲気だな。

 しかし、そうか。

 あれもスタンピードなのか。


「ふむ……あまり、害はなさそうじゃな」


 アスマさんの視線の先には、彼が張った緑色の結界の中に入ったとたんに勢いを緩めて、後ろに押されるようにして外壁に集まる動物たちが。

 そうか、急に降った雪から逃げてきた動物や魔物達か。

 

「ちょっと、手狭そうじゃな。吸い上げる魔力量を調節して、少し範囲を広げるか」

「そうだね。下手したら外壁を突き破って中に入ってきそうだし、小さい魔物とか押されて潰されても可哀そうだしね」


 アスマさんが村の中心に突き立てた、杖の方に向かって飛んで行った。

 しばらくして、結界が押されるように広がっていくのが見える。


「これで当面の間、食料には困らなさそうですね」


 ジソチの言葉に、思わずギョッとした表情で見てしまった。

 なんて酷いことを考える。

 寒さから逃げてきた可哀そうな動物たちを、殺して食べるつもりなのか?


「この時期はあまり動かないので、脂がのって美味しいんですよ」


 いや、そうかもしれないけど。

 あれを殺して食べるのは、ちょっと違う気が。


「アスマ様の結界を利用しているのですから、利用料として数匹くらいなら」


 思わず、溜息を吐いてしまった。

 流石に、あれを見て殺して食べようとは思わん。

 寒さから身を守るために、家族や種族単位で固まって温め合っているのを見ると。

 いや、一部肉食系の魔物が、草食系の魔物を狙っているところもあるが。

 

「あれは殺さん。せっかく逃げてきたのだ。その逃げた先で、また生命の危機に襲われるなど流石にな」

「相変わらず、お優しいですね」

「偽善だ」


 ジソチの言葉に苦笑いで答えると、外壁の下に目を向ける。

 

「お前たちもここで寒さを凌ぐのは構わんが、この結界内で殺し合いは許さんからな? そんなことをしたら、その種族は追い出すぞ」


 声を張り上げて告げると、肉食の魔物達が慌てて頷いていた。

 こういうとき、言葉が伝わるのは便利だ。

 そして、草食系の動物たちがホッとした様子で、ようやくくつろぎ始めた。

 それを見て、肉食系の動物たちも渋々膝を折って、リラックスモードに。


 しかし、野営組の騎士たちにお引き取り頂いたあとで良かった。

 彼らが残っていたら、流石にパニックになっていただろうし。

 しかし、さながら動物園と言うか、サファリパークみたいだな。

 あー……糞尿とか、そこで垂れ流されると困るな。

 

 結界が広がったから、その一番外側で種族ごとに分かれてするように。

 何体かの魔物達は、外側に向かって行き穴を掘り始めていたが。

 なかなかに、賢いようだ。


***

 とりあえず外の混乱は落ち着いたので、村の中心部に戻る。

 さっきチラリと結界の外を見たが、なるほど雪が凄く積もっていた。

 こうなると、ゴブリン達は狩りには出かけられない。

 いや出られることは出られるだろうが。

 現状、その獲物たちが外壁に集まっている状態。

 そして、その獲物を殺すことを禁じたばかり。


 となると、仕事が無い。

 流石に食料に関しては、ある程度の備蓄はある。

 最悪は、ジャッキーさんに買ってきてもらえばどうにかできる。


 幸いにも、アスマさんの結界のお陰で、農作物も一部を除いて順調に育っている。


 暇を持て余したゴブリン達だが、自主トレを行っているものが多い。

 強さにどん欲なのだろうか?


 ポイントの割り振りを、この際に一気に進めてしまおう。

 数が増えたこととレベルの上りが早くて、適当に振って手ぶってしまっている。

 もうそろそろ必要ないかなと思いつつも、こうなったらいけるとこまでと最初に器量にある程度振り分ける。

 それから方向性を定めて、力特化や魔力特化、体力特化に、器用さ特化と、いろいろな方面に突き抜けた成長をさせていく。


 ふふ、結婚組の反応が楽しみでもある。

 ストリングやイッヌが朝起きて、嫁さんがさらに可愛くなっていたらどう思うだろうか?

 ある意味で羨ましい。


 ゴブ美も家事を頑張っているしな。

 とりあえず器量と器用さをメインで伸ばしたが。

 家事仕事は意外と力も体力も使う。

 だから、そっちも伸ばしてある。


 あとはスキルだが。

 炊事、洗濯、掃除のスキルを伸ばす。

 家事ばかり行っていたからか、そういったスキルが発生していた。

 なくても出来ることだけど、このスキルを取ると効率がよくなるらしい。

 

 炊事スキルが上がると、レシピを簡単かつ完璧に暗記したり。

 料理もスキルがあると、一度作ったら覚えられるとか。

 調味料の細かい分量まで込みで。

 しかもその分量も、正確な分量を目分量で量れるレベルになるらしい。


 意図的に変えなければ、毎回完璧に同じ味に調ととのえることも。


 洗濯や掃除にしても、まあ補助的な効果が認められるとのこと。

 これによって手際がさらによくなったゴブ美に対して、ミレーネがハンカチを噛んで悔しがっていたが。

 そんな暇があるなら、手伝って修行したらどうだろうか?

 最近ようやく、あれこれ自分のことをするようになったが。

 食器の配膳とかもやってくれるようになった。


 流石に色々と拙いと思ったのかもしれない。

 手遅れだけど。

 まあ、意識改善が出来ただけでもよしとしよう。


「いつも頑張ってるからね。褒美となるかどうかは分からないけど、これ! 欲しがって本ね」

「ありがとうございます」


 それから、和食と洋食と中華のレシピ本を一冊ずつ。

 洋食の本には、フレンチとイタリアンが載っている。

 それから個人的に用意した、エスニック系の本も渡した。

 和洋中の料理の本が欲しいと言っていたけど、たぶんこれも喜んでもらえると思って。


「料理は、和洋中だけじゃなかったのですね」


 あー、まあ……よその世界のことだから、難しいよね?

 ラーメンのレシピ本とかも……


「ラーメンは和食ですか? 中華ですか?」


 うん、ラーメンはインスタントとか袋麵とか、ご当地のお土産の生麺とかを出したことあるから、ゴブ美も当然知っている。

 そして、そういった質問が来ることも。


「作った国のものだ。中国でラーメンを作れば中華、日本で作れば和食だな」


 いや、中華だと思うけど。

 豚骨や塩、味噌ラーメンはとなると。

 カレーだって、ブリティッシュとインドがあるし。

 そして日本に入ってきたのはブリティッシュカレーだ。

 特徴はスパイスから作るか、カレー粉から作るか。

 

「まあ、おおむねあっておるが。相変わらず、大雑把な説明じゃのう」


 俺の言葉に、アスマさんが苦笑いをしている。


 配合を事前にしておくか、都度都度スパイスを入れて味を調えるかの違いかな?

 アスマさんに呆れられた気がしたので、詳しく説明しようと思って断念。

 実際のところ、その辺はよく分かってない。


「ちなみに、その中間にアングロインディアン料理がある。有名なのはチャツネか?」


 あー、チャツネね

 うん、チャツネ。

 知ってる。

 あれ、日本料理?


「……言葉の響き的に日本語っぽいが、インド人とイギリス人が共同で作り出したものじゃ。どちらかというと、インド料理じゃな」


 ふーん……


「カレーも、結局ジャパニーズカレーなどと呼ばれておるが、カレー粉の進化がカレー缶で完成形がカレールーじゃな」


 カレー缶か。

 

「30種類のスパイスをブレンドした缶らしいのう」


 カレーの話をしてたら、カレーが食べたくなった。

 ただ、ラーメンも捨てがたい。


「はいはい、分かってますよ」


 ゴブ美さんが、良いお母さんや奥さんみたいな返事をする。


「今日は夕飯は早めにカレーにして、夜食にラーメンを用意しましょう」


 うん、嬉しい。

 罪悪感のある組み合わせだけど、なかなかに心躍る提案だ。


「ラーメンは豚骨と鶏ガラから出汁を取るので、時間もかかりますしね」


 そこから作ってくれるのか。

 期待しかできない。


「といっても2日も煮込んだりできないので、圧力鍋ですが」


 十分。

 夜が楽しみになってきた。


「圧力鍋か……仕組みは分かったが、再現がのう」

「仕組みが分かっただけでも凄いと思うけど」

「これが魔道具で作れれば、ポーションを含め薬の生成に革命が起こるぞ」


 へえ。


「お主がイメージしているような、魔女が鍋でグツグツ色々な材料を煮込むという工程が一気に短縮できるでのう」


 あのイメージで間違ってなかったのか。

 ちょっとゴブ美が骨を煮込む姿を想像して、違うものが出来そうな気がしたので首を振ってイメージを消す。

 とりあえずご飯ができるまで、ゴブリン達のステ振りを頑張るか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る