第54話:雪見酒
昼頃に何か白いものが降ってきたと思ったら、雪だった。
いや、特に気温が下がってきたりといったことは無かったんだ。
毎日、昼は暑く夜は肌寒いの日々だったし。
この日も、普通に気温は昼に向けて上がってきていたと思う。
半袖で、気持ちよく過ごせる程度には。
「雪か……冬が来ますね」
ゲソチが俺の横で、空を見上げて漏らしているけど。
冬とか、四季とかあるのかな?
ゴブリンでも四季は分かるのか。
「先生に教えてもらったんですよ。地球の映像を見せてもらいながら」
アスマさんは、とうとう先生と呼ばれるようになっていた。
そして、家でのテレビで映像が見られるからか、ポータブルディスクプレーヤーを持ち出してそんなことまで。
そうか……
雪が降ったら、冬がくるのか。
冬が来たら、雪が降るのじゃないかな?
まあ、どっちでもいい。
台風が来たら、気温が下がる。
秋が近づくみたいな感じかな?
言葉の意味がよく分かった。
雪が降る直前は、少し走っただけで汗が出そうな気候だった。
それが雪が降りだしてから、徐々に気温が下がっていってるのが分かる。
体感的に、この30分で4度くらいは下がった気がする。
いや、分からないから適当だけど。
徐々には言い過ぎたか。
みるみる気温が下がっていってる。
「この世界では雪が冬の訪れじゃ。一気に気温が下がるから、気を付けるんじゃぞ」
アスマさんも、雪を眺めながら何やらゴブリンの子供たちに向かって、魔法の光を放っている。
「あれは?」
「ん? 防寒の魔法じゃ。家に着くまでに、風邪でも引いたらいかんと思ってな」
お優しい。
骸骨だけど、ニコニコしているのがなんとなく分かる表情。
子供たちは元気そのものだな。
「ありがとー!」
「わー!」
最初は雪が冷たいとはしゃいでいたが、アスマさんの魔法を受けてからより元気にはしゃぎだしている。
大人たちは……大慌てで家に帰ったり、畑に向かったり。
畑かー……実がなってるものはいいけど、そうじゃなくて寒さに弱いのは全滅だろうなー。
ドームで覆って、天井から光の魔法で照らしてみたら違うかな?
「さて、サトウ。冬が来たぞ」
「そうなのか? いきなりだなぁ。じゃあ、この雪も積もったりとかするのか?」
「そうじゃなー、この辺りだと1~2mくらいは積もるかのう」
いや、それは困る。
家から出られなくなるし。
こういったこっちの世界の常識は、アスマさんの専門分野。
まあ、俺が知らないことを知らないだろうから。
次から、あまりに地球とかけ離れた現象とは、教えてもらおう。
「いや、魔物だの魔法だの、ダンジョンに、種族の違いに……たくさんあるぞ?」
うん、当分は遠慮しておこう。
外を眺める。
徐々に雪が勢いを増している。
うん、どうしよう。
「どうしようと言われても困るのう」
まあ、村の中にだけ積もらなければいいだけの話だし。
上空をドーム状にして覆ったら、今度は中が真っ暗になっちゃうしなー。
スキル一覧を見ているが、特に使えそうなものもない。
火魔法と風魔法を駆使して、溶かしていくか。
素直に諦めるか。
とりあえず村の上空に、大きな火の玉を作り出しておく。
これで多少は、村の中だけでも暖かくなればいいけど。
「あれ……ずっとあのままにしておくのか?」
出して保持する間、魔力が減っていってるみたいだけど。
このペースだと。
「三日はいける。ステータス伸ばせば、もっといけるかも? あとはスキルの魔力持続回復とかとれば、さらに捗ると思う」
「はぁ……」
アスマさんが溜息を吐いている。
「そのようなことをせずとも、こうすればよかろう」
アスマさんが地面に何やら魔法陣を描いて、例の杖を突きたてる。
すると杖の宝玉部分から緑色の光が立ち上って、村全体を包み込むようにドーム状に広がる。
「風の結界じゃ。雪を外に吹き飛ばす効果もある。あとは、空気の層による断熱効果も」
「凄いな。こんなことができるなら、最初から教えてくれたらよかったのに」
「無茶をいうな。この杖が出来たからこそ、使えた方法じゃ……まあ、一定温度内に保たれておるダンジョンの仕組みの応用だな」
ちょっと、分からないけど。
しかし、凄い杖を作ったもんだ。
「もう、あれって神器とかってレベルじゃ……」
「あれを、作ったといったのか?」
「アスマさんなら、普通じゃないかな? 変な楽器とかも作ってたし」
バハムルとその部下の会話を聞いたジニーが、笑いながら補足して通り過ぎていったけど。
俺の家に向かって。
ガードとサーシャも追いかけている。
なんの用だろう。
ジニーは貴族耐性が、だいぶついてきたのかな?
「龍脈から魔力は常に吸収されるから、半永久的に維持できるはずじゃ」
アスマさんが作った杖で、まさかこんなところで役に立つとは。
ドヤ顔してるけど、ドヤっていいと思う。
これは、本当に凄いと思うぞ!
「人が持つには、ちと身に余る代物じゃしの」
アスマさんは、人じゃないけどね。
「だから、わしが持つ分には問題ない」
そう言って、カッカッカと笑っている。
なら別に、さっきの火の玉は必要ないか。
とりあえず、魔法をキャンセルして火の玉を消す。
「ただ、外の被害はひどかろうて。ドームの外に、全部押し付けるようなもんじゃからのう。その周りは3mは超えるかもしれん」
仕方ない。
村の中が、雪で埋もれるよりはましだ。
しかし、本当に急に降り出したからびっくりした。
ドーム状の光に触れるかどうかというところで、雪が外に向かって滑るように降っていく光景もなかなかに幻想的だ。
こういう日は、露天風呂の方がいいかもしれない。
突貫で外に岩風呂を。
魔法万歳!
「たまには、こういうのも悪くないのう」
「うん、温泉で雪見酒。これ以上の贅沢はない」
アスマさんのはからいで、温泉の上からだけ雪が降り込んでいる。
ドームに少しだけ穴を開けてもらった。
そこから降り込む雪の量は、周りの風の動きでコントロールしているらしい。
だからか、ゆったりと雪を鑑賞しながらお湯を楽しめるような環境だ。
贅沢だ。
「なあに、魔法陣に2~3つほど術式を新たに組み込んだだけで、大した手間ではないわ……それに、雪が降る中で温泉に浸かるという行動には少し憧れがあってのう」
「そうなのか?」
「ああ、お主の映像で見たが、あれは気持ちよさそうじゃった」
だから、こんな手間暇かけて色々したのか。
独り占めしないのが、アスマさんの良いところだな。
ささっとこんなことが出来るアスマさんは、本当に出来る骸骨だと思う。
温泉も良く似合うし。
「おだててもなんもでんぞ」
ふふ、前にアスマさんが言っていたが、人の言葉は素直に受け止めることも大事だと思う。
本心だ。
「前から思うておったが、本当に変な奴じゃ。わしと、普通に付き合える時点で、おかしいのは間違いないが」
いきなりこんなところに連れてこられて緑の猿やら黒い狼やらと付き合う羽目になったら、いまさら骸骨の一人や二人増えたところでなんてこともない。
……ことも無かったけど。
ただ、会話ができるならなんでもいいと思えるほどには、精神の容量はでかくなった自覚はある。
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