第53話:麗しき主従愛

 バハムルとは、色々と有意義な話し合いができたと思う。

 とりあえず、この村の存在が周知のことならばと。

 ゴブリン村を村として認めてもらえるように交渉。

 そのうえで、特別行政区としても認めてもらえるように、お願いした。

 

 早い話が独立特区として、ミスト王国にあることを容認してくれと。

 このまま、しょっちゅう軍やら冒険者が送り込まれても困る。

 

「うーむ」


 バハムルが唸っていたが。

 それさえ認めてくれたら、すぐに帰れるというのに。


「私が持ち帰っても、認められるかわからん。なんせ、前例がないことではあるし」


 まあ、こんなことはめったにないのかもしれないけど。


「ん? 鬼人の国の成り立ちも似たようなものではないか?」


 リビングで映画を見ていたアスマさんが、会話に参加してきた。

 鬼人の国とかあるのか。

 ちょっと、面白そうだ。


「そうなのですか? いや、元から亜人として認められているのかと」

「もともとは魔物と魔族の中間のような種族であったからな。知性も武力もそれなりにあって、ジャポンの国の国王が手に負えなくなって受け入れた……800年ほど前の話かのう。ちょうど、鬼人の国にお世話になったでのう」


 本当におじいちゃんだなー。

 800年前だと、今より若いのかな?

 骨で判断できるか分からないけど。

 最後は、骨粗鬆症こつそしょうしょうで、こうボロボロと。


「嫌なことを言うな。思わず、想像してしまったではないか」


 アスマさんに困った顔で首を振られてしまった。


「こつそしょうしょう?」

「気にするな。であれば、ゴブリンの村があってもよかろう」

「いや、鬼人とゴブリンでは全然違うと思うのですが」


 そう言って、今度はバハムルが困った表情で首を振っている。


「あれを見ても、ゴブリンを魔物と呼べるのか?」


 窓の外では、ゴブリン達が色々と作業をしている。

 肌の色を除いて、ほぼ普通の人と大差ない。

 むしろ、美男美女多めの素敵な景色。


 バハムルがさらに困った表情で首を横に振る。


「ここのゴブリンは、特殊すぎますよ」


 とりあえず持ち帰って交渉するにしても、バハムルを返していいのかという問題が。

 人質がいなくなれば没交渉となって、さらに屈強な騎士団が送られてきたり。


「私はもちろん残りますよ? その方が、そちらも都合がいいでしょう。代わりにミレーネを帰そうかと」


 なるほど。

 確かに一理あるな。

 ミレーネはいまランスロットと一緒に、ゴブ美の案内でシドとゴブリンスミスの工房に行っている。

 工房では騎士団から借り受けた装備を元に、新たな武具を作り出している。

 ドワーフの技術が気になるらしく、見学に行きたいとの申し出があったので許可した。


「お主がまだ帰りたくないだけではないのか? 迎賓館ではそれなりにお仲間たちと楽しんでおると聞いているが」


 アスマさんの言葉を受けて、もう一度バハムルを見る。

 頬がひくひくしているけど。


「苦渋の決断です」


 嘘だな。

 本心から帰りたくないと顔に書いてある。

 

「公務から離れてこんな快適な環境で過ごせるなら、いくらでも人質になりますよ!」


 俺とアスマさんの視線に耐え切れなくなったバハムルが、大声で叫んでいるが。

 そういった理由なら、ミレーネと兄妹で話し合ってくれ。

 どっちが残っても、別にこっちは構わないから。


***

「では、任せたぞ」

「はっ……」


 バハムルが、外でランスロット達を見送っている。

 ミレーネと一緒に。

 2人とも、帰る気は無さそうだ。

 あと迎賓館で預かっている、上級貴族の子息たちも。

 8人。

 そんなにいらないから、半分は帰って良いと言ったのだが。


 最初は平和的に話し合いで。

 身分を持ち出していたけど、なかなか決まらない。


「ここはより上位の爵位の祖父を持つ私が残るべきだ。寄子になるかもしれないものたちを、我が身可愛さにゴブリンに差し出したなど生涯の恥となろう。それに、そのようなことをするような奴に、誰がついてこようか!」


 と言っていたのは、ミスト王国の侯爵家の次男らしい。


「何をおっしゃるのですか! 主のためにここで果てることになったとしても、それは本望です! むしろ、守るべきお方を置いて逃げたとあれば、末代までの恥にございます。私に貴族として死ねとおっしゃるのですか!」


 こっちは、ミスト王国の子爵家の長男。

 いや、長男なら帰った方が良いんじゃないかな。


「その方の気持ちは嬉しい……だが、いまはまだ祖父が当主だ! 我の代わりに、我が祖父に尽くしてくれればそれでいい」

「キリウス侯爵家の至宝を置き去りにして逃げたものを、信用してもらえるはずがないでしょう! 何よりも、我が父より廃嫡と出奔を勧められるのがせいぜいかと」


 凄いな。 

 主従の鑑のような会話だな。

 まさに、麗しき主従関係。


 なぜか、その後じゃんけんになり。

 最後には殴り合いになっていたが。


「よっしゃー! 見たからオラァ!」

「ぐぬぬ」


 そして、殴り勝ったのは子爵家の長男さん。

 いや、どうなんだろう。

 本人の目の前で思いっきり喜んでるけど。

 勝ったってことは、残るってことになるんだぞ。


 そして同じような光景が、あちこちで。

 結局、この8人は全員が残ることになった。

 いいのかな?


「いやあ、肩ひじ張らずに気楽に美味しい物を食べられますし」

「正直、労働の後の広いお風呂とかたまりませんよ」


 ゴブリンと混浴だけど、気にならないのかな?


「身体を見て、色々と学ぶところもあります」

「筋肉のつき方とか見てると、なるほど勝てる道理がないとよく分かりましたし」

「言っても貴族ですからね。彫像となってもおかしくない身体つきを生でおがめるとか。彼らはまさに生きる芸術ですよ」


 うん、うちのゴブリン達が亜人として認められる可能性は、低くはなさそうだ。

 さっきまで殴り合ってたとは思えないほど、スッキリとした顔で楽しそうに会話をしているけど。

 あと最後の人は、べつにそっち系じゃないよね?


「もちろん好きなのは女性ですが、筋肉にもロマンを感じますよ。憧憬に近いかもしれませんが」


 それなら別にいいけど。

 そういったやり取りを経て、彼らも見送る側だ。

 バハムルの横に立って、敬礼してランスロット達を見送っている。

 野営組も大したもてなしができなかったにも関わらず、名残惜しそうに振り返っているが。

 彼らが持ってきた保存食は、全部提供してくれた。

 代わりに袋に入った大量の菓子パンを請求されたけど。

 まあ、安いから別にいいんだけど。


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