第52話:【閑話】バハムルとゴブリン
「サトウ殿は?」
「今日は、村の子供たちと遊ぶ約束をしてるみたいで。朝早くから出かけていきましたよ」
ゴブ美さんに教えてもらって、外に行く。
すぐに見つかった。
子供に追いかけられている、人の男性に。
黒い髪に茶色い瞳の、ちょっと変わった御仁。
「あっ、バハムル殿下(笑)じゃないですか」
「いや、普通に名前で呼んでもらっていい」
敬称がついているのに、馬鹿にされた気がしたからじゃない。
なんとなく、不快な気持ちになったのは事実だが。
それに、そもそも私の立場なんか関係のない相手だしな。
とりあえず3日間ほどここに滞在して、色々と条件交渉したのちに解放してもらえることになったが。
妹のミレーネは帰るつもりはないらしい。
帰れるなら帰れとサトウ殿に言われて、絶望した表情を浮かべていたが。
「一度ご両親に説明した方がいい。それでも戻りたいなら、説得して戻ってくるように」
「サ……サトウは一緒に来てくれないのか?」
「なんで、俺が?」
「その、両親に挨拶的なあれだろう?」
……妹よ。
流石に、その持っていき方は無理があるぞ。
既成事実を造りたいのかもしれないが、今まで一度として成功してないことはゴブ美さんや冒険者のジニーから聞いている。
なんなら偶然を装って風呂の脱衣所で鉢合わせたりと、かなりの実力行使に出たこともあるらしいじゃないか。
灯りもつけずに、脱衣所で半裸で待機って……
それは偶然でも事故でもなく、罠っていうのだぞ?
そう言ったら、思いっきり殴られたが。
懐かしい。
妹の感触だ。
この顎に的確にえぐるように撃ち込まれる一撃とか。
「ラッキースケベって主人公の特権だと思ってた」
などという訳の分からない言葉を言いながら、一言謝って笑いながら出ていったみたいだけど。
流石の兄も、妹が不憫に思えた。
妹とこんなわけの分からん男が、結ばれるのは嫌だが。
そして、こんなやつに義兄さんと呼ばれるのも。
ただ、妹がかなり本気だからな。
ああなったら、私でもどうすることもできない。
父上と母上の説得に期待だが。
母上の
母曰く、一番母に似ているのはこのミレーネらしいが。
私もそう思う。
というか、一番怒られる回数が多かったのが、ミレーネだ。
なるべくしてなったというか。
母の教育の賜物というか。
「いざとなれば、壁も塀も、ついでに兵も突き破って抜け出したらいいもん」
……幼い頃のミレーネを思い出した。
ただ、兵は突き破っちゃだめだぞ?
いや、壁も塀もだめだが。
妹がちっちゃいころは確かに、何度か護衛の兵がくの字に折れ曲がって悶絶しているのを見たけど。
いまやったら、本当に突き破りそうだからやめてあげなさい。
「で、サトウはいったい何をやってるんだ?」
「ん? かくれんぼだが」
「かくれんぼ?」
「ああ、この公園の中で自由に隠れて鬼が見つける遊びだ」
「鬼?」
「オーガ役かな?」
どういった遊びだ?
あれかな?
衛兵と迷子のことかな?
「隠れた子供たちを、オーガ役が捕まえて集める遊びだ。かくれんぼとか、ハイドアンドシークとか……」
なんか、可愛くない遊びだな。
説明を聞いたけど、衛兵と迷子であってた。
こっちでも子供たちがたまにやってるな。
で、リアルに迷子になる子が出て来て、親に怒られるまでがワンセットだ。
「ほら、一人目!」
サトウがツカツカと歩き出すと、地面に手を突っ込んで何かを引っこ抜いた。
ゴブリンの子供だった。
「二人目」
木の幹を剥がしたかと思ったら、2人目の子供が。
「三人目」
その木の上の枝に一人。
いろいろな緑色の服を身にまとっているから、全然分からなかった。
「四人目」
地面にあるモニュメントの影に手を突っ込むと、ゴブリンの子供が。
「五人目。これで最後だな」
今度は、何もない空間に手を伸ばしてゴブリンの子供を引っこ抜く。
うん、私の知っている衛兵と迷子と全然違った。
むしろオーガが隠れた子供を探すんじゃなくて、暗殺者を手練れの戦士が見つけるとか。
全然、可愛くない遊びだった。
あの5人が王城に忍び込めば、王族の暗殺すらできるんじゃないかと戦慄するくらいに。
「大げさだなー」
「全然おおげさではない!」
そのことに関して、本当になんとも思っていなさそうなところが怖い。
それから、サトウの家でいろいろと話し合う。
とりあえず、ここの場所はもう周知の存在となっていることにガックリと項垂れていた。
「平穏な暮らしが」
「いや、別に襲われたところで大した問題ではないだろう」
うん、少々の勢力なら簡単に跳ね返しそうだし。
「いっそのこと村として認めて、自治権をくれ」
「いや、認めたなら我が国の領地として」
「だって、俺たち人じゃないし」
「サトウ殿は人だよな?」
私の言葉に対して、言ってる意味が分かんなーい。
ゴブリン語でおなしゃすと言われたが。
こっちが、言ってる意味がわからないのだが?
しかし、迂闊に手を出すわけにも。
国滅のアスマだけでも厄介だというのに。
ランスロットとまともに打ち合えるゴブリンがたくさんいる村など。
無理だな。
「それなんだけど、なんでアスマさんって国滅とかって言われてるの? なんか、二つ名とか恥ずかしくない?」
二つ名が恥ずかしいという感覚が理解できないのだが。
とても栄誉なことだと思う。
私も四代目様のように、救国の英知王とかって呼ばれてみたい。
「うわぁ……そんな二つ名つけられたら恥ずかしくて、草葉の陰で赤面しちゃう」
恥ずかしいって。
四代目を馬鹿にしているのかな?
「だって、天国で救国の英知王のなんたら様ってよばれたりでもしたら、周囲の視線が痛いし……色々とハードル上がって嫌じゃないかな? たまにはバカやりたいときだって、あるかもしれないし」
確かに、そういう時はあるかもしれない。
王族だって、酒を飲んで酔っ払いたい時だってある。
現に父上も、忙しい時や辛いことがあったときは、酒を飲んで騒いでいることもあるし。
二つ名があったら、そういう行動も慎まないといけないのか。
なんだろう……二つ名があまりよくないもののように思えてきた。
「そんなのつけられたらイメージ守るのに固執することになって、結局息苦しいじゃん。あー、救国の英知王なのに、馬鹿なことしてるなんて言われたくないし」
た……確かにそうだな。
人前では、人一倍気を遣って引き締めないと。
しんどそうだ。
「可愛いパジャマとか着てたら、絶対に馬鹿にされるぞ? 下手したらトイレからしばらく出てこなかっただけで、ガッカリされたり。あの救国の英知王様が腹をくだされるとは! とかって言われたり」
もうやめてくれ。
言うにしても、他の二つ名にしてくれ。
なんか、四代目様のイメージが悪くなってきた気がしてきた。
「じゃあ、国滅とか呼ばれてるのに、人の家でカーペットにコーヒーこぼして拭いてやんのー! とか?」
「……」
「国滅なのに、幽霊にビビッてコーヒーこぼしたんですって。とか?」
「……」
「国滅なのに、だらしない格好で本読んでるぅ! しかも口開けて寝てるし! とか?」
「やかましいわ!」
「アスマ殿?」
リビングでうつぶせに寝転がって頬杖をついてテレビとやらを見ていたアスマ殿が、こっちまで歩いて来て怒鳴っていたが。
事実なのだろうか?
確かに、イメージが。
「それで、なんでアスマさんって国滅なの?」
「あれは、不幸な事故じゃった」
不幸な事故って。
あんたが、国一つ滅ぼしたんでしょう。
「わしがエルダーリッチへの進化に至るために休眠しておった間にのう……わしの眠る場所の上に、国ができておっての」
いや、いきなり王都のど真ん中に出現して、王都を吹き飛ばしたって聞いたのですが。
「起きた直後に、軍に囲まれてのう……わしも、自分の力がよくわかっておらんだで」
「手加減に失敗したのか?」
「不幸な事故じゃった」
いや、王城が消し飛んで瓦礫の山になったとか。
人的被害も少なくなかったと聞いたけど。
その後、騎士団と魔法師団がアンデッド集団にされて、周囲の町や村を襲って歩いて……
「めっちゃたくさんの騎士や魔法使いが襲い掛かってきてのう……手加減を覚えたころには10分の1くらいにまで数を減らしておったが……安心せよ。一応、自我をもったアンデッドとして配下に加えたからのう」
どこに安心できる要素があったのだろうか。
「それで、それぞれの家族に別れを告げる機会を与えるために、里帰りを許したのだが……行く先々で家族や知人、友人に襲われて暴れて戻ってくることになってのう。彼らを慰めるのは本当に大変じゃった」
そうでしょうね。
聞いた話とだいぶ違う。
「まあ、その経験があったからか。彼らもわしには素直にごめんなさいしてくれたが」
言い方が可愛いと思ってしまったが。
やってることは、全然可愛くない。
「しかし、今じゃなくて良かった。第三形態状態でそんなことされたら建物どころか、周囲を塵一つ残さず消し飛ばすことになってたじゃろうのう」
「まだ、そっちの手加減はできないって言ってたもんね」
「まあ、あの事故があったから、わしはこのローブを作ったのじゃ。黒衣のアスマとして名を広めようと思うたのは、国滅などという物騒な二つ名を消すためじゃが」
あまり、効果はなかったみたいですね。
それだけ、インパクトも強かったですし。
とりあえず、知りたかったんだか知らない方が良かったんだかといった内容の話だった。
それと全然、私たちの解放のための条件交渉が進んでない。
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