第51話:王族兄妹

「本当に申し訳ない」

「い……いや、隊員たちのあんな幸せそうな顔は見たいことないから。気、気にされなくていい」


 息を切らして走ってきたバハムルに、まずは謝る。

 彼も、目の前の光景に絶句していたが。


 うん、分かる。

 俺も、最初は唖然としてしまった。

 すぐに、原因に思い至ったが。


 ゴブエモンに呼ばれて外に出たら、門の外で騎士たちがキャンプをしていたのだが。

 全員がものの見事にトリップしていた。


 見えもしない蝶々を追いかける人や、太陽に延々と話けてる人。

 何がおかしいのか地面にデコピンして笑ってる人。

 穴を掘っては、埋めてる人。

 アイ キャン フライ! と言いながら手をパタパタさせて走り回ってる人。

 そんなようなのが、大量に。


 頭が痛くなってきた。


「これ、こうするともっと飛ぶっすよ!」


 聞きなれた声がした方に、目をやる。

 そう言ってキノコマルがストローのようになっている草に、ハッピーマッシュを乾燥させて煎じた粉を突っ込んでコップに突き刺していた。

 中身はたぶん、酒だろうな。

 

「あぶな!」


 10割増しで縮地まで使って距離を詰めて殴ったのに、かわされてしまった。

 

「いま、何をしたのだ?」


 バハムルから、驚いたような声が聞こえたが気にしてる場合ではない。


「このっ、避けるな!」

「いや、無理っす! それ、頭が消えてなくなるやつっす」


 轟音を響かせながら振るわれる俺の拳を、すべて気持ち悪い動きで躱すキノコマルにフラストレーションが。


「だって、みんな暗い顔してたんすもん! それをそのままにしておくなんて、ハピネスゴブリンの名がすたるってもんっすよ」

 

 言わんとしてることは分かるが、分からん。

 そんな阿呆共、勝手に凹ませとけ。

 わざわざ、気持ちよくさせてやる必要なんかない。


「もう、仲直りしたんすから! 仲間っすよ!」

「うぉー! キノコマルさん!」

「あんた、本当に男だよ!」

「こんな、私たちに情けを」


 キノコマルの言葉に、感涙した様子の騎士たちが数人。

 みんな、盛り上がっている。

 もしかして、マインドコントロールか?

 薬物を使用しての精神支配はだめだ。

 ちょっと強めに……


「そもそも、俺たちみんな反対だったんだ!」

「それを、あのアホ王子と名高いバハムル殿下が無理矢理」

「王族特権乱用して、精鋭をかき集めて」

「ミレーネ殿下が大事なのは分かるけど、情報もそろってない敵地に少数精鋭で攻め込むとか」

「ランスロット隊長が、一度外の世界を経験させれば分かると言ったから納得したのに」

「こんな……くそ王子め!」

「だから、いつまでたっても陛下が退位なされられないのだ! あんなポンコツに国を任せたら、秒で崩壊する」


 あー……後ろを振り返る。

 バハムルが両手両膝をついて、凹んでいた。


「もう国に帰れないのに……婚約者だっていたのに」

「ゴブ子さん、優しかったな……お水くれるときに微笑みかけてくれたけど。婚約者よりもよっぽど……」

「あー、お前んち男爵家だもんな。許嫁ってアクヤーク伯爵家の次女のあの豚だろ?」

「パーティで目を付けられて、親の権力全開で……」

「ちょっとまて! それよりも、ゴブ子さんは俺に微笑みかけてくれたんだ!」

「馬鹿、俺だ!」


 話が変な方向に進んでいるけど。

 とりあえず、いろんな意味で落ちていたわけね。

 それと、ここを攻めることに関しては、あまり積極的ではなかったと。


 特に伯爵令嬢を婚約者に持つ彼は、権力に巻き込まれてばかりの人生だな。

 うん……

 無罪!


「やったーっす!」


 だが、お前はダメだ! キノコマル。


「なんでっすか!」


 やり方が問題ありすぎだ!


「はいはい、キノコマルはこっちね」


 と思ったら、メスゴブリンの一人にあっさりと捕まっていた。

 いや、凄いな。


「明確な害意を持たずに近づけば、簡単ですよ」

 

 そう言って笑いながら、俺の前にキノコマルを差し出す。


「殴りたかったのでは?」


 あー……いや、まあ。


「いたいっすー」


 とりあえずなんか毒気が抜かれたので、げんこつ一発で許しておいた。


***

「でだ……サトウ殿は、妹の何が不満なのかな?」

「何言ってるのこの人?」


 家に戻ると早速バハムルが意味の分からないことを言い出したので、ミレーネに確認。

 顔を両手で覆って俯いているが、耳まで真っ赤だ。


「この集落に連れ込んでおいて、まだ何もしていないとか……どれだけ、へたれなのだお主は!」


 いや、本当に意味が分からない。


「手を出した方がよかったのか?」

「いや、まあそれはそれで腹立たしいが、うちの妹ほどの美人を側において何も思わないのか!」


 たしかに色々と思ったけど。

 もうこの子、帰る気完全に無さそうだけど、どうするつもりなのかな?

 とか?


 これといった生産的な活動もあまりできないし、家事も苦手そうだから何をやらせようとか?


 ああでも、最近はゴブリンの女性とも仲がいいし、人の女性も増えて親しくしてるみたいで少し安心したとか、良い方面でも考えたりしたな。


「そうじゃない、そういうことを言ってるんじゃないのだ」

「違う……違うぞサトウ。兄上が言っているのはそういうことじゃない」


 2人同時に同じようなことを呟いて、項垂れている。

 

「わ、私はサトウが好きだぞ!」

「ありがとう! そう言ってもらえると嬉しいな。俺もミレーネのこと好きだぞー。なんだかんだで面倒見がいいしな。まあ、好きじゃなきゃこの村に置いておかないし」

「サトウ!」

「そうだなー、俺の側にいるゴブリンくらいには……いや、アスマさんと同じくらいには俺に近しい人だと思ってるぞー」

「違う……その好きじゃない……」


 いや、分かるけど。

 いまは、まだ面倒くさいというか。

 ここの生活になれてないのに、彼女を作るとか。

 そもそも、彼女を作ったってやることがない。

 デートにいけるような場所もなければ、女性と楽しく過ごすような方法も。

 そもそも、ミレーネのこともよく理解してないし。

 内面も。


「はあ……お主も、底意地が悪い」


 アスマさんが溜息を吐いているが。

 少し、表情が柔らかい。

 近しい人と言ってもらえたのが、嬉しかったのかな?

 この人は、本当にこういった方面に関しては耐性が無いな。


 とりあえず、なんとでも言うがいい。

 大体俺がいつまでここにいるかも、分からないし。


 結婚なんか……


 あれ?

 そういえば、専務の奥さんって外人だったような……


 それに専務もこういった関係の仕事で、勇者って呼ばれてたとかなんとか

 ……

 

 うん、深く考えないようにしよう。

 いまは、仕事に一生懸命だ。


「サトウ殿……」

「サトウ……」


 兄妹が似たような顔で、情けない表情を浮かべているが。

 とりあえず、ゴブリンロード(課長)との仲を進める兄は、ろくなもんじゃないと思うぞ?

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