第50話:【閑話】ミレーネの場合(鉄壁のサトウ)

 くっ……お兄様め。


「サトウに惚れているのか?」


 と大きな声で言ってきたが。

 サトウを見たら、じいやとの会話に夢中で聞いてなかったらしい。

 相変わらず間の悪いお兄様を、思いっきりグーで殴りつけてしまった。

 そして、そっちはしっかりとサトウに見られてしまった。

 本気で、このお兄様どうしてやろう。


 いや、サトウも大概に間が悪いけど。

 加えて間が悪いお兄様までいる。

 どうあっても、いろいろなタイミングが最悪な状態になって訪れる未来しか見えない。


 現にすでにサトウからすれば、私がいきなり兄を殴ったようにしか見えていないはずだ。

 くっ……


 それから、再度自己紹介をしあって会話を……


「サトウです。いちおう、この村のトップかな?」

「バハムル・フォン・ユベンターク。ミスト王国の第一王子だ」

「馬鹿ですか?」


 兄の言葉に、サトウが凄い変な顔で突っ込んでいた。

 ランスロットが苦笑いしているが、そこは怒るところだろう。


「跡取りが、得体のしれないゴブリンの集落……それも、一度は騎士団を退けたであろう場所にくるとか? 王室の血を途絶えさせたいんですか? 妹さんが殺されたと思ってきたんですよね? それなのに、自分が死ぬ可能性は考えなかったのですか?」


 辛辣だ。

 兄が、面食らった表情をしている。

 ランスロットが、いいぞもっと言えといった表情を浮かべている。

 うん、兄が強硬したのだろう。


「わ、私はこう見えても剣の腕には自信があるし、魔法も使える。それに今回は精鋭を揃えてきた! 負けるはずがないと思えるほどの準備をしてきたのだ」

「妹さんも、そう思ってここに来たみたいですよ? 本当に、よく似た兄妹で。ご両親が可哀そうですね」


 酷いことをいう。

 いや確かに、私も負ける気など微塵も無かったからな。

 何も言えないが。


「私は大丈夫だと「なぜ? なぜ、自分だけが大丈夫だと思えるのかは分かりませんが……うん、別にどうでもいっか。説教したところで、こっちが得するわけでもない」」


 急にサトウが冷静になったようだ。

 たぶん、サトウは馬鹿が嫌いなんだろう。

 ちょっと、イラっとした感じだったし。

 あと、結果として親不孝なことをしてしまった自覚はある。

 兄も同じ轍を踏もうとしていた。

 そういう部分に関しては、サトウは色々と思うところがあるのだろう。

 命を軽んじてるわけではないが、サトウからすればそう見えるらしい。

 

 実績があるもんなー。

 みんなここがゴブリンの集落だと思って、嘗めてたもんね。

 そして、投石だけでみんな負けてるし。

 竜を倒せるゴブリンがいるとか、思ってもみないし。

 竜の討伐なら、しっかりと準備をするけど。


 ゴブリンごときなんて今となっては言えないけど、ゴブリン相手にそんなしっかりと準備するとか……


「ミ……ミレーネは、酷いことは何もされていないのか?」


 兄の言葉に、思わずイラっとした。

 

「何もされていない!」

「なら、なぜそんな悲しそうな表情をするのだ! 言えないようなことをされたのか? 深く傷ついているような顔をしているが」

「されていないと言ってるでしょ!」

「いや、嘘はつかなくていい。この命と引き換えにでもその相手に「されてないって!」」


 しつこい。

 本当に、何もされていないのだ。

 悲しくなるくらいに。


「指一本触れられていないと言えば語弊があるけど、本当にそういった意味では指一本触れられていない!」

「なに? ゴブリンの集落に連れ込まれたのにか?」


 グハッ! 

 今までで、一番きつい一撃だ。

 無自覚で、こんな酷いことを言ってくる兄を殴りたくなった。


「痛いではないか!」

「そうよ! ゴブリンの集落に連れ込まれて、ゴブリンロードの家で寝泊まりしてるのに……何もされていない! それどころか、サトウとの仲は全然進展しないし、その気配すら見えない!」

「何を言っているのだ?」

「ここまで、女性としての矜持を傷付けられることになろうとは……これでも社交の場で、下賤な輩の下卑た視線にさらされてきたことは何度もある。下心をもって近づいてきた輩も、幾人もいた」

「そんなやつら、兄が一人残らずこの国から追い出してやる」


 何やら兄が憤慨しているが、そうじゃない。

 私が言いたいことは、そういうことじゃない。


「だから、自分のルックスに多少の自信はあった。鍛えているから、スタイルも悪くないと思うのに……サトウは全然、そういった視線を向けてこないのです! 女として見られているかも疑わしい」

「……お前は、何を言ってるのだ? それではまるで、サトウ殿にお前が惚れているみたいではないか!」

「そうですよ! 色々とアピールをしてるのに、全然相手にしてもらえないんですよ!」


 チラリとサトウの方に視線を……いないだ……と?

 あっ、ランスロットのお茶のお代わりを取りに……ゴブ美は?

 ゴブエモンからの伝言を玄関で聞いているのか。

 

 ……なぜ、こうも間の悪さが完璧なのだ!

 兄上も、サトウも、ゴブエモンも、ゴブ美も。

 これでは、まるで私が間が悪いみたいではないか。


「許せん……」

「兄上?」

「私の妹がこんなに思っているのに、靡かぬなど……よほどに見る目が無いと見える」


 兄上が本気で怒ってるけど。

 サトウ相手にどうするつもりだろう……

 私より弱い兄上で、どうにかできる相手でもないのですが?


「兄が行って、ガツンと言って来てやる」


 やめろください。

 余計なことを言って、余計にこじれる未来しか見えないのですが?


 それに、サトウはもういませんよ?

 さきほど、ゴブ美に連れていかれましたよ?

 何やら、外でトラブルがあったみたいで。


「どこだ! どこに逃げた!」


 それから兄が家を飛び出したので、慌てて追いかける。

 

「すまんが、そこのゴブリン。サトウはどこにいる!」


 兄がゴブサクさんを掴まえて聞いているけど。

 たぶん、その樵の格好をしたゴブリンすら、兄より強いと思いますよ?


「ん? あっちにいるだでよ。それよりも兄ちゃん細いな。ちゃんと飯食ってるだか?」

「ありがとう、助かった。私は着やせするタイプでね。しっかりと、良い物を食べさせてもらってるから安心してくれ」


 普通に会話してるけど。

 それ、ゴブリンだよ?


「ならいいだでよ。まあ、あんまりロードに迷惑かけるんじゃねーべよ」

「はは、それは約束しかねっ……」

「ほどほどにな?」

「う、うむ。善処する」


 笑顔でくだらんことを言おうとした瞬間、ゴブサクさんが消えて兄の首に斧を添えていた。


「ロードはお優しくて肝要だからって甘えたらだめっぺよ? 大鋸屑おがくずと一緒に畑に撒くぞ?」


 ゴブサクさんの言葉に兄が高速で頷いているのを見て、早く帰ればいいのにと思った。





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