第30話:子宝と食糧
集落のゴブリン達が妊娠ラッシュだ。
最近、毎朝の日課でゴブリンのステータスをいじってるときに、ちょいちょいゴブリンの女性達のステータスに妊娠の文字が出てくるようになった。
一応母体の安全のことも考えて、その都度教えてはいるが。
当人たちは気付いていない段階だし。
このことでまたゴブリン達に、神のように崇められてしまって少し照れ臭かったが。
なんか妊娠を告げる存在とか、あれだよな。
ゴブリン限定でしか、分からないけど。
集落内にはそれなりの夫婦が出来ている。
もともと、そういったことに拘りが無かったようだけど。
子供が産まれたら、皆で育てるというスタイル。
種族柄母親は分かっても、父親が不明なパターンが多い。
おそらく、そうだろう相手としばらくは一緒にいるみたいだが。
俺はやはり、特定の相手と結ばれる方が良いと思う。
あと、週刊誌とか女性誌の影響で、結婚に憧れるゴブリンも増えてきた。
他には器量が上がって、見た目にも個性が出て来ている。
そういったことも相まって、一生を誓うカップルが増えた。
良いことだと思う。
俺には春が来る気配はないが。
この集落には、春が来た。
ジャッキーさんにも春は来てない。
この間の合コンも、酷かったらしい。
割と優良物件だと思うんだけど、やっぱり狼だからかな?
いや、血統がアレだからか。
そして、そのことで集落内の人手が足りない。
女性が妊娠で動けなくなってきているので、男性陣が家事をすることが多い。
カップルが出来上がってしまったせいで、相方の男性も行動が制限されてしまった。
昔は、妊娠していない女性が集団で妊婦の分も働き、男性陣は我関せずで外に狩りに出たり、これまた生産活動に励んだりと好き放題。
しかし今回は相手が分かっているうえに、お互いがお互いを大事にしている。
妊娠した妻のことを世話するのは、当然夫の役割だと覚醒してしまった。
いや、無理ができないだけで、簡単な家事くらいは任せて……
うん、良いことだから別に文句はない。
仕方がないので、残ったメンバーで狩りに出ているが。
成果は芳しくない。
ゴブリン達が強くなりすぎたため、他の魔物も警戒している。
色々とさらに強化を進めはしたが、かなり遠くまで狩りにいかないといけないらしい。
そうか……移住も視野に、対策を検討すべきか。
そんなことを思っていたら、集落に予想外の来客が。
翼の生えた、大きなトカゲ。
ワイバーンらしい。
それも、数匹で来た。
大きい。
それに精力も付きそうだ。
しかしなあ……
「あれは、食べられるのか?」
「食べたことがないので……」
そうか。
ワイバーンを狩るゴブリンなんて聞いたことないもんな。
逆に、向こうはこの集落を襲う気満々。
どうしたものか……
「アスマさん」
「あののう……ゴブリンどもは無理かもしれぬが、お主なら簡単に狩れるであろう?」
仕方ないから、アスマさんにお願いしようとしたら変な顔をされた。
そうは言っても。
俺には、あんな大きな生物を殺すのはちょっと難しい。
きっと、夢に見る。
「あれを倒したらレベルが大幅に上がるというのに」
「無理無理、目が合ったし。もう殺せないって。知ってる? 屠殺とかで家畜を殺す際も、目は見ちゃダメって話らしいよ? 慣れてても、殺す時に目が合ったら夢見が悪いんだってさ」
「いや、そうかもしれぬが」
「でも、アスマさんなら、目ないし」
「あるわ!」
「どこに?」
ちょっと、何言ってるか分からないけど。
「あっ、1匹だけでいいから! あとは逃がしてあげて」
「いや、その1匹が可哀そうだとは思わないのか?」
「まあ、思うのは思うけど……仕方ないよね?」
「そういうのは、実際に手を汚す者が言うべきことだと思うが……」
それでも、やってくれるアスマさんは良い人だと思う。
人じゃないけど。
「苦しまずに済んだであろう」
「そうかもしれないけど」
やり方が、割とえげつなかった。
こちらに向かって滑空してきた個体に、強力な睡眠魔法を掛けてた。
加速したまま減速も方向転換もせずに、地面に突っ込んで自爆。
まあ、罪悪感も多少は軽くなるのかな?
「眠るように死ねるとは、幸福な死だな」
「ちょっと違うと思う。いきなり眠って死んだじゃないかな?」
「似たようなものであろう?」
そうかな?
そうかもしれない。
変な顔をしてたらしい。
アスマさんが、俺の顔を見て「クハアッ」って吹き出し笑いしてた。
相変わらず、変な笑い方だ。
「お主の考え方を真似しただけだ」
「いや、あんな酷い事は考えたことないけど?」
「お主ならきっと、自分も相手も楽にと考えるであろう? こないだの、どこぞの軍勢が襲ってきたときのお主の指示で学んだことだ」
そんな斜め上の発想、したことないんだけど。
とりあえず食糧問題は解決しそう。
それにしても、でかいな。
「おいっ」
「うわっ!」
墜落したワイバーンに近づいていったら、アスマさんに大きな声で呼び止められた。
同時に上空から風を切る音が聞こえてくるとともに、自分の周囲に大きな影も差す。
上を見上げると、他のワイバーンが突っ込んできてた。
とりあえず受け止めて、首筋を撫でる。
「グアアアッ?」
何やら驚いているけど、地面に突っ込まなくてよかった。
全言語理解をもってしても、凄く驚いていることしか鳴き声からは伝わらなかったけど。
二匹もいらないからな。
こんなに大きければ、一匹で十分。
肩のあたりをトントンと叩いて、優しく声を掛ける。
「ほら、怖くない。怖くないよ」
「グアアアアア!」
優しく声を掛けたのに。(こえーよ!)と言われてしまった。
今度はちゃんと、意味が理解できた。
うん、悲しい。
とりあえず、虫を逃がすように空に向かって放り投げる。
「グアアアアアアアアア!」
言葉の意味が、悲鳴としか理解できなかったけど。
途中で体勢を整えて、凄い勢いで他の仲間と飛んで行ったから大丈夫だろう。
横でアスマさんが、凄い顔してたけど。
「出鱈目じゃのう」
「とりあえず、凍らせておくからゴブリン達に処理は任せよう」
「ワイバーンは美味いぞ」
「へえ、そうなんだ」
喜べお前ら。
あのトカゲ美味しいらしい。
「俺は食べないけど」
「徹底しておるな。まあ、わしも食わんが」
「そうなの?」
「お主の出す、鶏の方が美味いて」
「そうなんだ。ふーん……今日は、から揚げにしよう」
「うむ」
やっぱり、催促されてたのね。
しゃれこうべの表情が変わるはずないのに、俺には満面の笑みに見える。
でも、今日のアスマさんは頑張ってくれてたから、全然いいと思う。
「では、今日はわしもビールにするかのう」
「いいねえ、めでたいことも続いているし。ちょっとくらい飲みすぎても良いかな?」
***
「あいつ出鱈目だな」
「サトウさんですから」
ワイバーンの突進を受け止めていたサトウを見ていたミレーネが、思わず身震いする。
ジニーが何かを諦めたような笑みで、投げやりに答えている。
いくら人に近い容姿とはいえ、ロードであることをまざまざと見せつけられた思いであった。
「いや、あれが特別なだけじゃ。わしでも、ワイバーンの突進を生身で受け止めるなんぞ無理な芸当よ」
「そうなのですか?」
サトウから離れたアスマが、ミレーネに声を掛ける。
その言葉に、ミレーネが神妙な表情を浮かべる。
「あの人と、貴方だとどちらが強いのですか?」
「この状態じゃと……あやつかのう。本気を出して五分五分かもしれんのう」
「そうですか」
国滅のアスマと呼ばれるエルダーリッチと、同等のゴブリンロードがいる集落。
どうあってもミスト王国が敵対して生き残るのは、無理かなと思い始めたミレーネ。
「まあ、今は私はこちら側だし、どうでもいいか」
いつの間にか、当然の如く市民権を主張するミレーネに、アスマが少し呆れていた。
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