第29話:ゴブリンスミス

 俺の家の改築計画が出ている。

 発案者はゴブリンスミスをまとめる、ゴブオ。

 何故、スミスが建築を手掛けているのかは、置いておこう。

 加工するための金属も、道具も、設備もないから金属加工職人としての本領を発揮することはない。

 いや、ダンジョン産の武具を鋳潰せば、何か出来るかもしれないが。

 元より、良くなるか不安だから触らせない。

 ちなみにゴブリンカーペンターズは、居ない。


 このゴブオだが。

 皆に自らを親方と呼ばせているが、なかなかのイケゴブ。

 男臭さのある、海外の俳優っぽいルックス。

 それなりに筋肉もあって、頼れる印象。

 一瞬ゴブ・スミスと名付けようかと思ったが、奥さんの為に怒れるラッパー兼俳優みたいになりそうだから止めた。


 そのゴブリンスミス達が、自分たちの技術力の集大成として、俺の家を造りたいらしい。


「ロードの信任を獲るために、是非我らの技術の粋を披露しましょう」

 

 と言われてしまえば。

 金属を触らせない負い目もあって、断わりづらい。

 獲るというニュアンスから、勝ち取る意気込みも感じられる。


 とはいえ、俺としては今の家を気に入っている。

 無駄を一切排除した、簡素な造りではあるが。

 男の一人暮らしとしては、特にこれといって支障は……

 来客が多すぎる気がするけど、今のところ問題はない。


 そもそも家が大きくなったら、調度品も増やさないといけない。

 出費が……


「ご安心を。家具もこちらで用意いたします」


 うーん……

 だったらということで、来賓館を用意してもらうことに。

 来賓館というか、外部から来た人をまとめて突っ込める場所。

 この場合の人は、人間のこと。


 少し考えたのち、ゴブオが良い笑顔で頷いた。


「その挑戦、受けて立ちましょう! 同時進行で、行っていきます!」


 どこをどう捉えたらそうなるのだろうか?

 キノコマル並みの、空気を読まない行動はやめてもらいたい。


「お前ら! ロードは屋敷と来客用の建物をご所望だ! 気合い入れていくぞ! 期限は一ヶ月だ!」


 ゴブオの発言に、ゴブリンスミス達が湧きたつ。


「一ヶ月だと! ふざけるな!」

「今からだろ? それも一から」


 やはり無理がある。

 ひと月で、2つも大きな建物を造るなんて、無謀もいいところだ。


「三週間あれば十分だ!」

「いや二週間で、手抜き一切なしの最高の建物を用意してみせよう!」

「ああ、そのくらいしないと、ロードは満足召されないだろう」


 いや、お前ら俺をなんだと思ってるんだ?

 一ヶ月でも、無茶言うなと思ってたんだけど。


「ちっ、馬鹿どもが!」 


 ゴブオが腰に手を当てて下を向くと、首を横に降りながら溜め息混じりに呟く。

 ああ、そうだな。

 折角知性を伸ばしたのに。

 こんな簡単な計算もできないなんて、俺もそう思う。


「だが、嫌いじゃないぜ!}


 しかし続けてゴブオが顔を上げて、白い歯を見せながら挑戦的に笑った。

 何故か、ゴブオもノリノリだ。


 おう……頑張れ。

 うん、もう何も言わない。

 この熱気に、水を差すのは躊躇われる。


 でも、工期が遅れても怒らないからな?

 くれぐれも怪我と過労にだけは気を付けてくれよ。

 相談にも乗るから。

 だから、無理しないで。


「任せてください!」

「ははっ、頼もしいな」

 

 本当に怪我だけは気を付けろよ。

 なんだろう、ゴブリン達の身体の心配をする程度には、俺もこいつらと親しくなったようだ。

 なんだかんだで、可愛くなってきてるのかもしれない。


 本心としては、俺の家よりもインフラの方に力を入れてもらいたい。

 下水道工事が本格的にスタートして、上水道の構想にも着手してるところなのに。

 建築雑誌とか与えたのがまずかったかもしれない。

 とはいえ、ガラス関連や製鉄関連が全然だけど、材料はどうするつもりなのだろう。

 鉱床を見つけるところから始める必要があると思うのだが。


 やはり、木造建築かな?

 木材の乾燥だけでも、相当な時間が掛かるんじゃ。


「魔法部隊に手を借りるしかないな」

「材木の乾燥はともかく、木組みでどこまで造れるか」

「限界は決めるもんじゃねえ! 挑んだ先に見えるものだ!」

「そして、俺たちの可能性は無限大だ!」


 盛り上がってるところ悪いけど、釘とかならいくらでも仕入れてあげるから。

 強度だけはしっかりしたものを、お願いしたい。

 木組みってあれだろ?

 木を複雑な形に加工して、組み合わせるあれ。

 テレビで見たことある。

 何世代にと渡って継承される伝統技法。

 かなりの下積みと、経験が必要なあれ。


「俺たちを馬鹿にしないでください!」


 馬鹿にするとかじゃなくて。

 プライドを傷つけるのもあれなので、仕方ない。

 完成した家に、土魔法であちこちこっそりと補強しておこう。


「本当はロードがくださった本に載っていた、ビルとか建ててみたいが」

「残念ながら、今の俺たちには到底無理だな」


 うん、重機が必須だと思う。

 ビルを完全人力で建てられたら、流石に怖くて中に入ることはできない。

 

***

「さっき、顔見知りがいた気がしたのだが」

「ん? ああ、新入りかな?」


 ミレーヌがすれ違った男性を気にしている。

 カマセ子爵の息子だが、なんだかんだでメスゴブリンにさらわれていった。

 首だけ地面から出していたこいつに、水や食べ物を運んでいたゴブリン。

 それなり以上に可愛くなってる、ゴブリンビューティの1人。

 緑色だけど。

 ちなみにカマセ子爵の息子だが、名前はイッヌ。

 イッヌ・フォン・カマセ。

 なんとも残念な名前だ。


「新入り?」

「クズだから、別に気にしなくていい」

「嫉妬か?」


 何を言ってるのだろう、この小娘は。

 

「そんな顔で見ないでくれ。お前が私をどう思っているか、痛いほど理解した」


 そうか、理解してもらえて嬉しい。

 イタイ女だと、丁度思っていたところだからな。


***

 これでも王族としても、それなりの女性としても自信はあった。

 先ほどのサトウの目を見るまでは。

 女性としてすら、見られていないかもしれない。

 はあ……家に帰ると、ジニーが普通にくつろいでいる。

 別に、サトウと付き合っているというわけではないらしい。

 どういうつもりなのだろうか?

 若い女性が、独身の男性の家に入り浸るとは。

 そういえば、ゴブ美という雌ゴブリンが常にここにはいるな。

 そっちの線の方が強いか?


「サ……サトウ殿はゴブ美と付き合っているのだろうか?」

「サトウさん? ないない! サトウさん色々とこだわりが強いからねー」

 

 そうか……

 ということは、フリーなのかな?

 いや、まだ可能性の一つが否定されただけだ。


「誰か、特定の相手と付き合っていたり……いや、ロードならゴブリンに嫁がたくさんいても」

「それもないんじゃないかなー……肌色は緑色でしょ? とか言っちゃう生物は苦手だって言ってたし。他の色ならともかく緑は無いんだって。派手な色系もちょっととも言ってた。真っ赤とか真っ青も無理らしいよ」

「わ……私のような色は」

「白、黒、黄色はオッケーって言ってたよ」


 ジニーの言葉に、思わずホッとする。

 正直、ゴブリンの集落にこれだけ囚われていれば、帰ることが出来たとしても嫁の貰い手はないだろう。

 であれば、集落内で優良物件を見つけるしかない。

 ゴブリンはもちろん、ご遠慮いただきたい。

 消去法で行くとサトウしかいないわけだが。


「だめだよ? サトウさんは私の嫁だからね」

「えっ? あいつ、女なのか?」


 ジニーが何やら、爆弾発言を投下してきた。

 いや、しかしあの料理の腕に、家事スキルといい……

 そうか、サトウは女だったのか。 


「そういう意味じゃないんだけどね」

「どういう意味だ?」

 

 私の言葉に、ジニーが曖昧に微笑んでどこかに行ってしまった。

 すぐに戻ってきたけど。


「サトウさんに、クッキーもらってきた」

「……なあ? おかしくないか?」

「何が?」


 本当に分かってないのだろうか?

 目の前のこれを見ても。

 いや、毎日の食卓で嫌と言うほど実感しているが。


「私は王族だ」

「へへー」


 そういう意味で言ったんじゃない。

 私に平伏してクッキーを差し出してきたが、そうじゃない。

 私より先に食べるのが無礼とかそういうことじゃなくて

 そもそも本当に立場を持ち出したなら、先に食べて毒見をしてしかるべき……一枚も残りそうにないから、ジニーを毒見役の侍女に雇うことはまずないけど。

 

「違う、王族である私ですらあまりお目にかかれない上等なお菓子が、これまた簡素で飾り気がないながらも高度な技術で作られたであろう器に、無造作に置かれて出されるとか」


 よく分からないといった感じで、首を傾げているが。

 お皿から何まで、まったく意味が分からない。

 これが作れるなら、もっと豪華な飾り気のある皿だってできるだろうに。

 お菓子にしてもゴテゴテと飾られて甘いだけのものではなく、なんとも質素で素朴な見た目なのに歯ごたえも味も感動を覚えるレベルの物だ。


「ポテトチップスもらってきたー」

 

 そうか、私の話は退屈か。

 一生懸命、この白いお皿がいかに凄いことなのか。

 穢れ一つない真円の薄いお皿。

 全く同じものが、いくつもある。

 このお菓子一つとっても、どれほど素晴らしい技術が込められているのか。

 味も食感も、形も全てが完璧に揃っている。

 そんなものが、無造作に山積みにされている。

 それがどれほど凄いことか一生懸命説明してたのに、追加のお菓子を取りに行くとか。

 こんな状況じゃなければ、打ち首物の無礼だぞ!


「100均で大量に買って来た、使い捨てても良いお皿だから割っても気にしなくていいって言ってたよ?」

「100均が分からないが……そうか……」


 この素晴らしい食べ物の数々も最初は感動を覚えたものだが、今では当たり前のように食べている。

 そう、慣れてしまったのだ。

 ここでの生活に。

 そして、だんだん帰らなくても良い気がしてきた。

 いや、帰れるのか?

 物理的にじゃなく、ここより劣る生活に……

 無理かなー……

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