第21話:へたれ佐藤

「さあ、ロード!」

 

 ゴブゾウが俺の前に、兎を追いやってきた。

 角の生えた兎。

 その表情からは、怯えの色が見える。


「キイ!」


 鳴き声が切なそうだ。

 うん、言葉に翻訳されなかったのはありがたい。

 でも、思いや気持ちがダイレクトに伝わってくる。

 無理だ。

 

 俺は、飛び込んできた角の生えた兎を抱き上げて、そのまま抱き締める。


「無理だ。俺には、こんな可愛い動物を殺すことはできない」

「いや、魔物ですよそれ? 今でこそこちらを見たら逃げ出しますが、以前は普通に襲い掛かってくることもありましたし」


 そうなのかもしれないが、無理だ。

 つぶらな瞳が恐怖に怯えて揺れているのを見ると、とてもじゃないが無理だ。

 ゴブゾウが、大きく溜息を吐いていた。


***

「ロード! 今度こそ!」


 別の日に、ゴブゾウが猪を追いやってきてくれた。


「ブフッ!」


 やる気満々だな。

 俺を睨みつけて、こっちに突進してくる。

 これを殺すのか……

 覚悟を決める。

 

「いや、無理だ!」


 どうあっても、俺に動物は殺せそうにない。

 俺はそのまま猪の突進を受け止めて、首を優しくなでる。

 

「ブッ」

 

 猪から、心底驚いているという感情が伝わってくる。

 そして、諦めの感情も。

 ノミとかいやだから、洗浄魔法を掛けて思いっきりモフモフしてみた。

 毛が固い。

 ブラシとかによさそうだな。


「ロード……」


 ゴブゾウが呆れたような口調で、溜息を吐いていた。


 後日、村長宅にて開かれた長老会に、ゴブゾウが参加していたとのこと。

 俺が魔物を殺せないことについて、相談にいったらしい。

 その場にはアスマさんもいたらしいが、アスマさんも呆れていたと。


***

「きょうび、これほどまでに意気地がないものがおるとはのう」

「アスマ殿、言葉が過ぎますぞ」

「他に、どう表現すればよい?」


 苦言を呈した村長のゲソチに、アスマがカッカッカと苦笑いで答える。

 

「ロードはレベル1とのことだが、それでもお主よりは強いのだ。このままでも、いいのではないか?」


 皮肉を込めて、長老の一人がアスマに答える。

 アスマが少しつまらなそうな表情を浮かべる。


「ふざけた存在よのう。とはいえ、神ともつながっておるのだ。さもありなん」


 特に気にした様子はなさそうだが、彼自身も佐藤の成長に期待している部分があった。

 レベル1であれなら、レベルが上がればどれほどのものになるのかという。


「肉を喰らうくせに、自らの手は汚せぬか……」


 皮肉に皮肉で返すが、この場に本人はいない。

 周囲からは、溜息しか返ってこなかった。


「であれば、アスマ殿が過ごしておったダンジョンはどうじゃ? あそこなら、生物以外もおるであろう?」

「ああ、アンデッドがメインの洞窟じゃからな。それはいいかもしれぬ」


 流石知性を上げただけのことはあると、アスマが感心して同意を示す。

 最近では、研究の役にも立つようになってきた長老たちに、アスマもだいぶ歩み寄るようになった。

 彼は魔物としては珍しく、力あるものよりも知恵あるものに敬意を払うタイプのようだ。

 元は人間だったということも、関係しているのかもしれない。

***


「ロード!」

「臭いし、なんか色んなもんが飛び出してて、近づきたくないんだけど」


 ゴブゾウではなくゴブエモンの案内で連れてこられたのは、アスマさんが居たダンジョン。

 アンデッド特化のダンジョンらしいけど、ちょっとグールは嫌だな。


「えっ? それがし達は素手で、そ奴らと戦っておったのですが」

 

 それはご苦労だったな。

 知らないよ。

 武器を用意してない方が悪い。

 一応、木剣は持ってきているが。

 触れたくない。

 木剣が汚れそうだし。

 

「なら、魔法を使えば。火が弱点ですぞ」

「いや、近いし。火魔法とか使ったら匂いが……人の焼ける匂いを連想しそうで嫌だし。そもそも、一酸化炭素中毒が怖い」

「一酸化炭素中毒が何か分かりませんが、ならば聖属性魔法で浄化するしかないでしょう」


 そうか、その手があった。

 アスマ対策で、いっぱい取ったんだった。

 基本物理で戦わさせられてたから、失念してたわ。


 とりあえずゴブエモンに言われるがままに、ホーリーレイを放つ。

 ジュっという音がしたかと思うと、光の柱に包まれて消えていった。

 いけるかも……でも、もういいや。

 なんか、見た目がきもいし。

 一匹で満足。

 いろんな意味で、お腹いっぱい。


 せめて連れてきてくれるのが、レイスとかスケルトンとかなら……骨も嫌だな。

 レイスか……幽霊を浄化するのとかは、霊媒師気分で楽しいかも。


「レイスはなかなか見つからないかと……ボス部屋でリッチでも倒しますか?」

「いや、じめじめして気持ち悪いし、埃っぽいからこれ以上中に入りたくないんだけど」

「……そうですか」

「一応、レベルが1つあがったみたいだし、もういいよ。ありがとう」


 遠路はるばる来たのに、ゾンビもどき一匹倒して終了というのは申し訳ないが。

 遠すぎた。

 ここに来るまでに汗もかいたし、この中に入って身体がさらに汚れた気がする。

 それと臭いが移ってないかも心配だし。

 うん……俺には、異世界で魔物相手に八面六臂の無双の活躍は無理だな。


***

「ロードの綺麗好きには困った物だ」

「そのおかげで、今のわしらがあるのだ。感謝こそすれど、嘆くほどのことではあるまい」


 某の愚痴に対して、村長が苦笑いをしている。

 いやまあ、衛生面や見た目に気を遣うようになって、色々と改善されているのは分かる。

 臭くても気にならなかったが、良い匂いに囲まれて暮らすというのはとても快適なのだ。

 逆に、某たちも匂いに敏感になったというか、悪臭はできれば嗅ぎたくない。

 これが普通なのかもしれぬが、若干生活に支障がないこともない。

 メリットの方が多いから、気にすることのほどでもないが。


「とりあえず、レベル上げという目的は達成しましたが」

「期待したほどの成果ではない……か」

「はっ」


 某の報告に、村長が少し困ったような表情を浮かべたが。

 首を横に振る。


「ロードが満足成されることが、最大の目的なのだ。レベル上げは、そのための手段に過ぎん。1とはいえレベルが上がり、ロードが満足されたなら何も問題はない」

「そうですな」


 とりあえず、サトウ様が小躍りしていたからよしとするか。

 はしゃぐサトウ様を見るのは、こちらも心躍るものがあるしな。

 

 帰った時にレベルが1しか上がってないとアスマに報告すると、凄く呆れた表情をしていたが。

 ただ、ロードを見て目を見張っていたな。


「レベル1? 1つ上がっただけで、これだと? なんとも、馬鹿げた人間め」


 と何かぼやいていたが、勘違いするな。

 ロードは人間ではない。

 ゴブリンロードだ。


***

「何やらご機嫌ですね」

「レベルが上がったんだ」


 家に帰ってしばらくすると、ジニーが訪ねてきた。

 ガードとサーシャがまだ戻ってないから暇なのか、よくうちに来るようになった。

 とりあえず、レベルアップのことを話す。


「良かったですね! サトウさんクラスになるとレベル上げも大変でしょう?」

「いや、グール一匹浄化したら上がったけど、もう魔物狩りは当分良いかな。おなかいっぱい」

「……グール一匹? ちなみにサトウさんていま、レベルいくつなんですか? 差し支えなければでいいんですけど」

「うーん? 2だぞ!」

「えっ?」


 俺の言葉に、ジニーが固まってしまった。

 いや、別に見え張っても仕方ないし。

 レベルアップを実感して、気分も良いからあえて気にせずお茶とケーキの準備でも。


「……レベル1で、あれだけの強さだったってことですか?」

「分からないけど、レベルがすべてじゃないぞー」

「レベル1であれ……それが、レベル2になったら」

「大したことないぞ。ステータスが1割くらいしか増えなかったし」


 ポイントはめっちゃ増えたけど。


「てか、まだレベル2……本気出したら、かなり強い魔物倒せるからあっという間にレベルが凄いことになるんじゃ……」


 ブツブツと何かつぶやいて、心ここにあらずといった感じだなー。

 聞いてるのかな?


 まあ、いいや。

 ケーキ、ケーキ。

 夜はビールで乾杯だな。

 まずは、目の前のケーキだ。

 ジニーも食べるかな?


「まあでも、レベル上がってうれしいから、自分へのご褒美にケーキを食べようと思うけど、一緒に食べる?」

「食べます!」


 ケーキに反応したジニーが、考えるのを放棄した。

 幼い印象を受ける、屈託のない満面の笑みで俺と同じようにケーキ! ケーキ!と歌いながら、俺の後ろをついて歩く。

 可愛い。

 外から戻ってきたアスマが呆れた表情を浮かべてるけど、お前も家があるくせにここに来すぎじゃないかな? 

 リビングの棚に直行して、映画を選んでいるが。

 アスマの家にも電気とプレーヤーを置くか、最近真剣に悩み始めてる。

 あっ、今回はホラーじゃなくてコメディね。

 実験が行き詰ってるのかな?

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