第22話:【閑話】ジニー

 私は冒険者パーティビーストで魔法使いとして、色々と依頼をこなしてきていた。

 このパーティに入ってから、もう3年は経ってるかな。

 名前?

 私の?

 有名人ってわけじゃないから、名乗るほどでもないけど。

 親がつけてくれた名前だし、恥ずかしがるのはちょっと違うか。

 ジニー。

 二つ名とかはない、ただのジニー。

 

 さてと、そんな冒険者のはしくれとはいえ、一人前のD級に上り詰めた私たちが受けたのはゴブリン退治。

 F級の子たちが、ゴブリンの巣を見つけたらしいけど。

 石を投げられて、逃げ帰ってきたらしい。

 情けないとは言えない。

 私たちだって、F級の頃はそんなに実力もなかったからね。


 とりあえず、仲間たちと現場へ。


「ふう、結構奥の方にあるんだな」


 ガードが汗を拭いながら、首を横に振る。

 仕方ないから、水の魔法で布を濡らして首に掛けてあげる。


「ありがとう。全然、気分が違うな」


 薄汚れベタベタした顔を布で拭いたガードが、ニッと笑う。

 森の探索は、重戦士には結構過酷だろうな。

 兜を脱ぐと、短く切りそろえた髪がべったりと頭に張り付いていた。

 なんかおかしくて、笑いを堪えるのが大変だった。


 で、休憩を挟みつつ、目的の場所に。

 えっ?

 あれが、ゴブリンの巣?

 巣?

 外壁とかあるけど?

 要塞の間違いじゃなくて?


 周りを見ると、仲間たちが困惑している。

 声を掛けると、中から声が返ってきた。


 やっぱり、ゴブリンの巣で間違いなかった。

 集落って言ってたけど。


「おい。おかしくないか?」

「ん?」

「いや、ゴブリンだろ?」

「ああ、自分から言ってたから間違いないだろう」

「……なんで、言葉が分かるんだ?」

「……」


 そういえば。

 言われてみたら、そうね。

 なんで、言葉が。

 ギイが、姿を見せるように言うと……

 ちょっと、なんで余計なこと言うのよ!

 弓っぽいのを持ったゴブリンが、一斉に外壁の上に立ち上がってこっちに狙いをつけてた。

 ……

 高低差で、投擲での攻防はこっちが圧倒的に不利ね。

 魔法で防壁を張れば……魔法も使えるらしい。

 ゴブリンが手元に火の玉を浮かべさせているのを見て、頬が引き攣るのを感じた。

 今となってはいい思い出だけど、当時は本当に焦った。

 仲間を見捨てて、逃げようかと思うほどに。


 で、なんだかんだあって、ゴブリンの集落に捕虜として捕まえられたんだけど。

 捕虜にしたくせに、交渉する相手がいないってどうなの?

 うちらが所属する、冒険者ギルドに交渉すればいいじゃん。

 

 絶対に報復に来そうだから、面倒らしい。

 ビビッてる?

 すごい、変な顔で見られた。


「別に殺しても良いんだけど?」

「うそうそ! ごめんなさい。ちょっと、悔しくてつい」

「意味が分からないけど、君らが帰って報告する気満々だから面倒なことになってるだけだからね? 黙っててくれるなら、そのまま帰してあげたのに」

「私を帰したらきっと後悔するわよ! すごい勢いで、言って回るんだから」


 私の言葉に、ゴブリンロードが嫌そうな表情を浮かべていた。

 ゴブリンロードの名前はサトウ。

 甘そうな名前の通り、たしかに甘いゴブリン……じゃないよね?

 どう考えても、人間っぽいんだけど。

 こっちじゃあまりみない、顔のタイプだけど。


「帰りたくないの?」

「今はもう、帰りたくない」


 帰りたいわけないじゃん。

 もう、びっくりするほど快適な暮らしを送らせてもらってるから。

 元の生活になんか戻れるわけがない。

 蠟燭でも魔石でもない、なぞの灯りの魔道具。

 レバーを引くと、水で流れていくトイレ。

 いや、水が流れっぱのトイレは、あるにはあるけど。


「それってニーハオトイレ?」

「ニーハオ?」


 そのことを説明したら、サトウに訳の分からないトイレの名前を言われたけど。

 あっちだと、普通のトイレの一つだから。

 この集落のトイレが、おかしいだけだから。

 

 水のタンクに管がついてて、管の根元の上についている十字型の蓋をひねると先っぽから水が出てくる。

 蛇口というらしい。

 

 あとは、これまた魔法を使わずに火を着ける、魔道具とか。

 なんか、とにかく凄いものが、いっぱいある。

 しかも、魔力や魔石に頼らずとも、そういった事象が起こせる魔道具。

 本当に魔道具だと思う。

 原理が不明すぎる。


 そして、一番帰りたくない理由は……


「ごはん、できたぞー!」

「はいっ!」

「はは、ジニーがいつも一番乗りだな」


 サトウに呼ばれて、リビングに。

 今日は、何かなー。


 あっ、ハンバーグ! 

 私が、一番好きなやつ。


「今日のハンバーグは、一味違うぞ! 熱した鉄板に乗せたからずっとアツアツだぞー!」


 エプロンをつけたサトウが、笑みを浮かべてフライパンを左右に振っている。

 ……ゴブリンロードってと最初は思ったけど、今は気にならない。

 そして目の前でジュウジュウと音を立てているハンバーグに視線を向ける。

 こ……これは。


「卵が乗ってる!」

「そうだ、目玉焼きが乗ってるんだ」


 こ……これは。

 美味しくないわけがない。

 思わず、唾を飲み込む。


 そして、ゆっくりとナイフを入れて切り分ける。

 中から、ドロッとした黄色い何かが。

 ハンバーグ自体の中から出ているから、卵の黄身とは違う。


「チーズだぞー」

「チッ……チーズ? 中にチーズ?」

「ああ、チーズインハンバーグだ!」


 なんたる、素材の暴力。

 絶対に美味しいと分かりすぎる組み合わせ。

 ただでさえ無敵のハンバーグに目玉焼きを乗せて、中にはチーズ。

 そうか! 

 チーズが固まらないように、今回は鉄板に乗せたまま出したのか。 

 これは、素材の究極合成。

 そして、最強ハンバーグ錬金!

 まさに、サトウは味のアルケミストだ!


***

 一か月近くの時が経った。

 仲間たちは、みな人の住む街へと帰っていった。

 いや、ガードとサーシャの兄妹は戻ってくるらしい。

 私の荷物も、頼んでおいた。

 ついでに、家も引き払ってくれと。

 死んだことにすれば、パーティメンバーが手続きできる。

 すごく嫌そうな顔をされた。


「本当は、私だって残りたかったのに」


 サーシャがプリプリ言っているが、兄に荷物を漁られるのは抵抗があったらしい。

 まあ、確かに私もガードに頼むのは気が引けるが。

 でも、戻るのが例えガード一人でも、頼んだだろうな。


 グレンとゲイルは、どうやって奥さんを説得するか頭を抱えていたが。

 絶対に無理だと思う?

 ゴブリンの集落に移住とか、頭を疑われるだけだと思うから。

 諦めなさい。


 ギイは……なんとなく、戻ってきそうな気がする。

 だって、ギイの彼女って……渡り鳥って通り名が……

 実力が上の冒険者に、どんどん鞍替えしていく尻軽。

 でもって、振った相手でも上に上がれば、よりを戻すあたりも渡り鳥っぽい。

 そう、一周回って戻ってくる辺りが。

 なんでこんな人がモテるのか不思議だが、振られた相手がよりを戻すために努力する程の魅力があるのかな?

 今回は相手が昇級して、逆に女の方を振ってしまったのだけど。

 間の悪いことに、そこにギイが声を掛けてしまってと……

 遅かれ早かれ振られるんだ。

 いい切欠だったと思おうよ。

 

「まだ、振られたと決まったわけじゃないわい!」


 ギイにまたここで会いましょうと言ったら、怒鳴られた。

 ほぼ、確定事項なのになー。

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