第12話:美意識高めのゴブリン達

「おはようございます、サトウさん」

「ん、おはようほはいまふ」


 洗面台で歯を磨いていたら、後ろからジニーに声を掛けられた。

 冒険者パーティビーストの魔法使い担当の20歳の女性。


「ごめん、すぐ済むから」


 口をすすいでから、顔を洗ってタオルで拭く。

 それから、洗面台を空けてあげる。


「すみません、せかしちゃったみたいで」

「いえ、気にしないでいいですよ。もう、終わってましたから」


 俺がどくとジニーも歯ブラシを取って歯磨き粉をつけて、歯を磨き始める。

 慣れたものだ。

 この集落では、みんな日本製の歯ブラシを使っている。

 もともとゴブリンに歯を磨く習慣はなく、気になった時に柔らかい木の切れ目部分を当ててこする程度。

 そもそもゴブリンは歯が抜けてもまた生えてくるらしく、そこまで歯の健康状態に気を付ける必要もないようだ。


 そして冒険者達だが、この世界には歯ブラシなるものは噂でしか聞いたことないと。

 金持ちや王侯貴族たちが動物の毛を使った歯ブラシを使用しているらしい、といった話を聞いた程度の認識。

 じゃあ、普通の人はどうしているかというと、これまた木の枝の先を噛んでほぐしたものや繊維を針で割いたものを使ってこすっているらしい。

 あとは爪で表面をこすったり、爪楊枝だったりと。

 爪楊枝も、上流階級の人達は装飾の施された真鍮などで作られたものを使っているとか。

 まあ、何もしてないわけじゃないが、現代ほどしっかりと磨けているわけではなかった。


「なんていうか、ここに来て世界観が変わりました」

「いいことだと思うよ。視野は広く持てた方が良い」

「……」

「どうした?」

「サトウさんて……本当に、ゴブリンですか?」

「ゴブリンとは違うかもしれないけど、ゴブリンロードだよ」


 俺の返事に、ジニーが不思議そうに首を傾げていた。

 このジニーだが、確かに最初よりは可愛くなっている。

 いまはスッピンだからちょっとあれだが、朝の支度でアイブロウやファンデーション、リップグロスを使うようになって女性らしさが際立ってきた。

 ゴブリン達に感化されたようだ。

 口の上にあった、薄い髭のような産毛もない。


 普段はそういった毛はピンセットで抜いているらしいが、冒険の間は鏡なんか持ち運べるわけもなく水に映った顔を見て、なんてことも無理なのであの状態だったらしい。

 ムダ毛は一応処理するらしいが、腋毛とか背中の毛とかはあまり手入れしてないらしい。

 貴族や金持ち……それから夜の商売の女性なんかは、そういったプロに金を払って剃ったり抜いたりしているらしい。

 それも噂で聞いた程度とのこと。

 ただこの世界の地球との違いは、刃物の質だろう。

 不思議な鉱石とかあるからそれなりに高品質な刃物があるから、髭やムダ毛の手入れは簡単そうだ。


 ちなみに国や宗教によって毛が無い方が良い派と、女性が飾る必要が無い派の文化があるとか。

 後者は女性蔑視というか、男性優遇社会なのだろう。

 この辺りは、文明レベルが低いと感じる。

 とはいえビーストの連中に聞いたら男性側の意見としては、やはり女性は毛が無い方が良いとのこと。

 うん、そこまで悲惨なことはなさそうで良かった。

 そういえば、男性も金持ちはムダ毛をプロに頼んで処理してもらってるとか。

 ここは古代ローマとかかな?

 まあ、流石に紀元前の世界っぽくは無いと思うが……安易な考えで野蛮な行動を起こすあたり。

 いや、それは中世でも、現代でもそういう事例はあるから一概にはいえない……はず。

 たしかに、男性も女性もムダ毛はあまり無い方が、好ましく感じるけど。

 しかし、無さすぎるのもなー……集落のゴブリン達のことを思い浮かべて、溜息を吐く。

 いまだ、髪の毛も眉毛も生えず。

 眉毛は書けばともかく、髪の毛…… 

 

 ちなみに化粧品は日本製というか、ジャッキーさんに買ってきてもらったもの。

 俺は化粧に詳しくないからとお任せしたら、ジャッキーさんもよく分からないからと部下の若い女性と一緒に買いに行ったらしい。

 なんか色々とモヤっとしたけど……そのあとお礼にと、2人で美味しいレストランで食事したとかなんとか……

 セクハラとパワハラのダブルパンチで訴えられてしまえ!


 来た当初は気にしてなかったみたいだが、この集落のゴブリンの美意識の高さに恥ずかしくなったらしく。

 メスゴブリンに頭を下げて、色々とやってもらってた。

 ……人が魔物を狩り尽くして、そのうえ環境破壊までしまくる世界じゃなかったっけ?


 サーシャも同じように、うちのゴブリン達に色々と手伝ってもらって身だしなみを整えていた。

 髪の毛もセットしてもらってたが、髪の毛の無いゴブリンの分際でなかなか手際が良い。

 それもそうか。

 ファッション・コスメ関係の本を買ってきてもらって渡しているからな。

 数字の1~10までは教えてあるから、写真と数字で手順はなんとなく理解できるみたいだし。

 知性を上げまくったおかげで、平仮名はともかく簡単な漢字なら読めるものも出てきた。

 てか、ゴブリンでもメスはメスか……そういったことに興味があるのだなと言ったら苦笑いされた。


「確かにオスの気を引くためにあれこれしてましたが、一番はロードが望まれたからですよ? 私たちは見るに堪えないくらい醜い存在ですから……ですから、ロードの気分を害さないように一生懸命勉強しました」


 ……人に近い美少女風ゴブリンが、嬉しそうに胸を張って教えてくれたが心が痛い。

 醜くて辛いから器量あげまくりましたとジャッキーさんに言った時の、こいつらの顔を思い出した。

 つっても最初は本当に気持ち悪い、しわくちゃの緑色の毛のない猿だったから。

 仕方ないだろう。


 だから、ジャッキーさんに追加で大量の化粧品やら香水やらをファッション雑誌と国語辞典、漢字辞典と一緒に仕入れてもらった。

 一部のメスゴブリン達がすごい速さで日本語を覚え、化粧の技術を身に着けていった。

 執念がすごい。

 そして軽率なことは言わないようにしようと、学習。

 ゴブリンだってメスは乙女なんだな。

 違うらしい……そういったロマンチックなものではなく、ただ単に俺が気分よく過ごすためだけに頑張っていると……ごめん。

 本当に、ごめんなさい。

 そこまでしなくていいよ……とは、今更言えない雰囲気なので凄く綺麗になったととりあえず褒めてごまかしだ。


 そこかしこにいる日本のファッション誌で勉強して着飾ったゴブリン達をみて、ジニーとサーシャが惨めな気持ちになったのは仕方ないことだと思う。

 

 ちなみに、この集落で一番身だしなみがだらしないのは、グレンだな。

 ゲイルはなんだかんだで、キチっとしている。

 下手したら、女性陣よりもそういった部分に気を使って良そうだった。

 もしかしたら、良いとこの出なのかもしれない。

 ギイとガードも頓着はしてない感じだったが、男臭いというか男らしいというか。

 グレンは……うん、だらしない。

 服が汚れたら裏返して着ればいいなんて言ってるが、前日の汗を吸ったうえで一日たってさらに汗臭くなった面を外側に向けるとか。

 歩く公害だぞ?

 周りの迷惑を考えろ。


***

「ロード、ちょっと斜め上から私を見ていただけますか? もうちょい、右上の角度から」


 いきなりメスゴブリンに捕まえられて、そんなことを言われた。

 しゃがみこんだゴブリンに言われるがままに、立ち位置や顔の位置を変えて見てみる。

 おおっ!

 これは凄い!

 あの有名女優さんにソックリだ!

 正面から話しかけられた顔も、確かに可愛かったが。

 この角度で見ると、似てる似てる。

 しかもちょっと、唇を突き出すのがコツなのか。

 メイクだけじゃなく顔まで寄せていったらちょっと面白い物まねみたいになってるけど、確かにクオリティは高いぞ!


「この女性のなりきりメイクできてましたか?」

「できてたできてた。凄い凄い!」


 思わず心からの笑みで、手を叩いてはしゃいでしまった。


「ロードに喜んでいただけて、頑張った甲斐がありました」


 メスゴブリンが満面の笑みで頷いている。

 肌も何層もファンデーションを塗ったんだろうな。 

 美白まで表現されてる。

 もともと肌のきめ細かさは、器量を伸ばしていくうちに改善されていってたし。

 胸元からは緑色だけど……でも、凄い技術だと思う。

 

「あれ、ゴブリンだよな?」

「ゴブリンって」

「ま……負けてる」


 離れたところでこっちを変な顔で見ていたグレンとギイが首を傾げ、サーシャが膝から崩れ落ちてた。


「だめだ……この集落に来て、頭がおかしくなってるのかもしれない。なんかあれ見てたら、ゴブリンもありかもとかって思ってしまった」

「ギイ、ここのゴブリンがおかしいだけだから、気にするな」


 いや、それよりもそっちのうちひしがれてる女性を……あっ、うちのメスゴブリン達が回収していった。


***

「こ……このポーズがいいみたいです」


 20分後、ゴブリンに手を引かれて戻ってきたサーシャが、俺の目の前で首を少し傾げて頬の下を手の甲で隠してポーズをとっていた。


「これは、あの歌手だな! あれだろ」

「そうです! どうです? 私たち、かなり上達したと思いませんか?」


 欧米の女性アーティストそっくりになったサーシャを見て、俺が名前をあげるとゴブリン達が手を叩いて喜んでいた。

 本当に凄いな。

 少し離れて薄目で見たら、もう完全に本物だな。


 ……全然、戦闘と関係ない技術ばっかり磨いているみたいだけど、ジャッキーさんにまた呆れられたりして。

 でも、楽しいからいいけどね。


「な……なんでしょうこれ」

「おお! ハリウッドじゃん」


 女優だけじゃなかった。

 ゲイルが超有名ハリウッドスターになって、俺の前に立たされてた。

 髪型がメインで、微妙に薄くメイクを施されている程度。

 素材が良かった例だな。


「うわっ、ゲイルってかっこよかったんだ」

「ミラが惚れ直しそうなクオリティ」


 ゲイルの奥さんはミラっていうのか。

 たぶん一生会うこともないし、どうでも良い情報だな。

 ほんと、どうでもいい。

 ほんと……はあ。

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