第11話:出陣式

「美味しいです!」

「……」


 俺の作った料理を一口食べて、サーシャが感嘆の声を漏らした。

 その横で、ジニーがもくもくと食べ進めている。

 いや、雌のゴブリンもいるから、立場上身の回りの世話を任せてもいいとは思うけど。

 いまいち、その一歩が踏み出せない。

 人間のようにとはいかない。

 だから、基本的に自分のことは自分でしている。

 物が無いから散らかることもないし。


 冒険者一行だが、ビーストという名前のグループらしい。

 ビーストねぇ……ガツガツと食事を進める様子を見て、思わず納得。

 確かに、食べるてる姿は野獣っぽい。


「違いますよ?」


 グレンが、違うそうじゃないと言いたげな顔をしている。

 違わない! そうだ! と思ったが。


 ここにいる冒険者たちだが。

 まずリーダーは、ギイと呼ばれるレンジャーの男性。

 ガードが重戦士。

 グレンが剣士と。

 ゲイルが回復術師。

 他にこの3人が野郎だ。


 サーシャが弓術師。

 ジニーが魔法使いと。

 でこの2人が女性。

 なかなかバランス良さそうなチームだが、この2人をめぐって恋の争いとかが起こってたら。


「ないですよ? そもそもサーシャはガードの妹ですし。グレンとゲイルは結婚してますよ」


 そうか……

 ニヨニヨと眺めていたら、ギイが教えてくれた。

 てか妻がいるのに、捕虜になって数日帰れないとなると奥さんも心配してるだろうに。

 もう少し、上手くやれなかったものか。


「というか、なんでここのゴブリンはこんなに綺麗好きなんですか?」

「ん? 俺が綺麗好きだから」


 グレンの質問に簡単に答える。

 グレンもゴブリンと手合わせをするようになってから、角が取れたというか。

 当初と比べて、随分と丸くなった印象。

 良い変化だと思いたい。


 ちなみに俺が作る料理はジャッキーさんに頼んで仕入れてもらった材料と調味料を使っているからか、普通に美味しい料理だ。

 ここでしか食べられない料理ともいえるが。

 ゴブリンに味が分かるとも思わなかったから、食べさせてないだけだけど。


「てか、本当に美味しいです! ゴブリン料理なんですか?」

「違うけど? まだまだいっぱいあるから、おかわりどんどんしてね」


 ちなみに今日の晩御飯は、ビーフシチューとシーザーサラダと白身魚のバターソテー。

 米が受け入れられるか分からなかったので、シマザキのロイヤルバターロールを2個ずつ皿に乗せて出している。


「このパンやばっ! 柔らかくて、ほんのり甘くて……このパンだけでも、食っていけますよ」


 どっちの意味だろう?

 おかずがなくてもってことかな? それとも生計がってことかな?


「てか、ゴブリンの集落でナプキン常備とか……それにこの白い薄い布みたいなのも意味が分からないです」


 この世界で紙といったら、羊皮紙やパピルスみたいなのかな?

 植物紙とかないのかな?

 ティッシュに、えらく感動しているけど。


「汚れを拭いて捨てるだけにしては、品質が良すぎますよ」


 なんでもかんでも感動してくれるのは嬉しいが、あっちで仕入れたものであって作った物じゃないからな。

 転売でも利ザヤは結構ありそうだけど。


「サトウさんは、ゴブリンロードとお伺いしたのですが本当ですか?」

「まあ、そうかもしれない」

「なんかフワッとしてますね」

「いや、俺からしたらお前らの方がフワッとしてるけど? この状況で、なんの疑念も持たずに俺の家で飯食ってるところとか」

「私たちの家が完成したらそちらで食べますし、最初の夜はお礼にこちらから食事に招待しますよ」


 俺の言葉にジニーが何か言ってるが。

 違うそうじゃない。


「ゴブリンの巣で、普通だったらどうやって逃げ出すか考えたり。あとは、いつ殺されるか分からないって、怯えたりとか?」

「いつでも殺せるのに、殺されてないってことはまだ大丈夫かなと」


 俺の疑問に、グレンが普通に答えてるけど。

 というか、俺と普通に会話してる時点でおかしいと思うんだけど。


「それにサトウさんは、見た目だけなら俺たちと変わらないですしね」

「この巣の様子も、田舎の集落と町を融合させたような感じで。人の町と大差ないというか……」

「ゴブリン達もやけに綺麗好きだし、なにより見た目が俺たちの知ってるそれと違うというか」

「かっこよく見えるのとか、可愛く見えるのがいるから……」

「子供たちは、本当に可愛いですよ!」


 それでいいのか、冒険者達よ。

 そんなに簡単に馴染めるなら、そっち側でも魔物との共存の道を模索してくれないかな?

 ちなみにこいつら、これでD級冒険者チームらしいが。


「ふう、お腹いっぱいです。お風呂先にいただきますね」

「毎日、すみません」


 ちなみにお風呂は女性陣、次に俺、最後が男性陣だ。

 別に若い女性の入った後のお風呂に入りたいわけじゃない。

 この汗苦しい野郎どもの入ったあとに、入りたくないだけだ。

 そして、女性の前に入るのも、ちょっと気が引けたからこの順番になったんだ。

 ちなみに初日は女性陣の入った後の湯船のお湯が汚れすぎてて、全部入れ替えたけど。

 男性陣があがった後は、もっとひどかった。

 次の日は風呂に入る前に身体を洗うことを、徹底して教えておいた。


「良いお湯でした。それでは失礼します」

「おやすみなさい」


 そして、当然のように俺の家を拡張して作った部屋で寝るのね。

 本当に、怖くないのかな?


「この巣の中でならここが一番安全ですよ、扉にわけわかんない鍵までついてますし」

 

 まあ、一応マスターキーは俺が持ってるけど。

 サーシャはあか抜けない感じの16歳の純朴そうな少女。

 ジニーはボーイッシュな感じの、20歳の明るい女性だ。

 まあ冒険者だからか分からないけど、2人ともすっぴんでうん……

 眉毛の手入れとかもしてなければ、産毛やムダ毛の手入れも……この世界だと普通なのかな?

 それは嫌だな。

 絶対腋毛とかすね毛とか生えてるだろうし。

 ゴブリンはツルツル過ぎるけど。

 うーん、ゴブリンのルールってことにして、ムダ毛の処理だけはやらせようか?

 でも間違いが起こって眉毛や髪の毛まで剃ったりしたら、嫌だし。

 とりあえず女性陣の身だしなみについてはデリケートな問題なので、毎日のように解決策の出ないこの一人問答を繰り返している。


***

「険しい道のりになるかもしれないが、お前たちならこの試練をきっと乗り越えてくれると信じている」


 次の日の早朝、俺は集落の外壁の門で3組のゴブリン達を見送る。

 興味があったのかゲイルとグレンとガードも横にいる。


「ロードのご期待に、必ず応えられるよう死力を尽くします」

「死ぬことだけは許さんからな。成長した姿を見せてくれるのを、待っているぞ」

「勿体ないお言葉、心より感謝いたします」


 団体を代表して、ゴブマルと最後の挨拶を交わす。

 この3組のうち、2組が向かうのはダンジョンだ。

 一組5名からなるこのチームだが、全員がゴブリンⅧまで進化した個体だ。

 そして、それ以降の成長が全く見られないことから、より強敵を求めて旅に出すことにした。

 聞けばこの森にダンジョンがあるらしく、2組にはゴブリンⅩとなって次の進化を遂げるまで戻ってこないように言っている。

 ダンジョン攻略組のリーダーはゴブマルと、ゴブエモン。

 振り分け的にはアタッカー2、タンク1、バッファー1、ヒーラー1だ。

 残る一組を率いるのはゴブゾウ。

 こっちは余りものでの編成だから、アタッカー1、ヒーラー4だ。

 なんでこんなにヒーラーが多いのかというと、まあ何かあった時のためと優先的に回復役よりのステータス配分のゴブリンを作ったからだ。

 一応、攻撃魔法やある程度は戦える力も与えている。

 大丈夫だと思いたい。

 ゴブゾウチームが向かうのは、森の外の世界。

 よりよい狩場を探しつつ、野生の強敵探し。

 頑張ってもらいたい。


 ちなみに進化したら、何があっても途中で切り上げて帰って来いとは伝えてある。

 それに、俺の権限でいつでもこいつらの様子は確認できる。

 さらにいえば、都度都度ステータス強化も。

 それでもちょっと心配する程度には情は湧いている。

 ただ、びっくりしたのは、こいつらが外に出るというのに寂しくなるという感情は全く湧かなかった。

 まだ壁があるのか、俺が薄情なのか。


 横を見たら、ゲイル達の頬がひくついている。

 こいつらの方が、寂しさを感じたりしてるのかな?

 一緒に訓練した仲だったりするし。


「ゴブリンが修行の旅とか……」

「ここ、やっぱり普通じゃない」

「ロードがいるだけで、こんなにも規律が生まれるのか」


 ああ、顔が引き攣っていたのか。

 この表情は……ドン引きの表情だな。

 てか、なんでこいつら仲間面して見送りに来たんだ?

 そろそろ、帰りたいとか思わないのかな?


「いや、サトウさんの料理が美味しすぎて、逆に嫁をこっちに呼びたいくらいです」

「激しく分かる」


 グレンとゲイルがそんな会話を、小声でしていたが丸聞こえだ。

 お前らはゴブリンの心配じゃなくて、自分と嫁の心配をしろ。

 浮気されてないといいな!


「なんですか?」

「えっと、何かありましたか?」


 浮気されてないといいな!


 考えてることはちっちゃいけど、知ってるか?

 俺って、ゴブリンロードなんだぜ?


「ゴブリン達が心配なんですね」

「大丈夫ですよ! きっと立派に進化して戻ってきますよ」


 くそ! 余裕があっていいな、既婚者共め。

 その余裕は、まだ結婚してそんなに経ってないんだろうってことにして、自分を慰める。

 今は羨ましいけど……きっと、将来は……


 あとな、ゴブリンが進化して帰ってくるってのは、余計に人にとって脅威になるってことだぞ?

 分かってる?


「楽しみですね」

「ええ、彼らの成長が」

 

 絶対に分かってないよね?

 こいつらが特別お人好しでいろいろなネジが緩んだ連中なのか、この世界の人間のデフォなのかは分からない。

 でもこんな緩いネジの人間性のやつばかりなら、確かに安易な考えで魔物を絶滅させたり終わりの無い環境破壊したりするってのも納得できるかも。

 

 

 

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