第10話:冒険者達

「クッ、殺せ」

「よしきた、行くぞ!」

「わー! 嘘だ嘘! 今のなし」

「なんだ、つまらん」


 捕虜にしたガードという名の重戦士が殺せとか言い出したので、のっかってみた。

 駆け引きとか面倒くさいから、こいつが持ってたハルバードを掴んで刃の部分を一度首に当てて、思いっきり振りかぶっただけで取り消されたけど。

 といってもまあ、殺すつもりはないんだけどね。

 完全に人の姿してるから、俺には無理だな。

 見えないところで、ゴブリンにやらせるなら出来るかも。

 でもそのゴブリンとギクシャクしそうだ。

 俺が一方的に。

 人を殺したゴブリンとか……ちょっと、嫌だな。

 そういう生き物かもしれないけど。


 ちなみに、冒険者との取引だけど。

 落としどころが無かった。

 どうあっても、こいつらは逃がしたら冒険者ギルドとやらに駆け込むだろう。

 かといって、こいつらが町に戻らなかったらまた誰か来るかもしれない。

 本当は殺して狼かなんかの餌にして、残った死体が見つかりすいところに置けば……ゴブリンじゃなくて、他の魔物の仕業と思ってもらえるかもしれないのかもしれないが。

 なんか色々と考えるのが面倒くさくなったので、感情の抜け落ちた顔でジッと冒険者共の顔を順に眺めてみる。


「なに?」

「ちょっ、怖い怖い」

「さっきまで笑ってたのに、いきなりの無表情やめて」


 そのままどうしたもんかと6人の顔を順番に見渡したら、全員が怯えてた。

 本当にどうしたもんか。


***

「ギイさん! こっちです」

「はいはい」

「じゃあ、これをお願いしますね」

「分かりました、ゴブエさん」


 メスのゴブリンに呼ばれたレンジャーの男が、駆け足で近づいていく。

 刃物を持たせるのはどうかと思ったが、短いナイフだし。

 メスゴブリンのところには、大きな鹿が。

 それを剣士のグレンとレンジャーのギイが、手際よく解体していく。

 剣や弓は取り上げたから、手にあるのは本当に使い勝手のいい短いナイフだけ。

 そして集まったゴブリンが、一生懸命その手順を覚えている。


「へえ、解体ってこうやるんだ。手際いいな」

「いえいえ、冒険者やってると食料は現地調達なんてざらですから」

「いやいや、大したもんだよ」


 俺が声を掛けると、ギイが照れくさそうに後頭を掻く。

 グレンは不満そうだが。

 なんだかんだで結局、こいつらは緩い捕虜として滞在させることに。

 ゴブリン達とも、打ち解け始めている。

 まあ、うちのゴブリン達は見てくれはいいからなー。

  

 子供のゴブリン達が、たどたどしく人の言葉で話しかけただけで女性陣はすぐに陥落したし。

 何がなんでも魔物殺すマンだと思ってたけど、そうじゃないみたいで安心。


「いや、亜人種か魔物か微妙なラインの生物と考えることにしただけです」


 とは、サーシャという女性の言。

 いや膝の上に雌の子ゴブリンを乗せて言われてもなー。


「それに、この子たちいい匂いがしますし」


 あっ、分かる?

 消臭魔法で臭いを消しただけじゃあれだから、ボディソープで身体を洗うように徹底させてるからね。

 ジャッキーさんに買ってきてもらった、匂いが持続するタイプ。

 身体に巻いてる布も、洗剤と柔軟剤で洗わせてるし。

 だいたいからして他のゴブリンの巣と違ってここは清潔に保たれていて嫌な臭いがせず、なによりもゴブリン自体も臭くないどころか良い匂いがするので、彼らも気にすることなく寝泊まりできるのは良いことだと思う。

 やっぱり俺のしたことは、間違いじゃなかったなー。


「ゲイルさーん」


 離れた場所で別の冒険者が、ゴブリンに呼ばれている。

 そっちに、視線を移すと明るい色のローブ姿の男性がゴブリンに小走りで駆け寄っていた。

 そして何やら会話が……


「はいはい、分かりましたよ」

 

 なるほど建築現場で、ゲイルと呼ばれた男性が魔法でゴブリンを強化しているのが分かる。

 そのゴブリンのステータスに、筋力強化って出てるから。

 服装的にはクレリックになるのかとも思ったけど、聞いてないから知らない。

 ちなみに彼と一緒にいるのは、肉体派ゴブリンだが。

 このおっさんもなかなかに、ガタイがいい。

 役割はバッファーっぽいけど。

 結構暑苦しい集団だ。


 そして彼自身もゴブリン共と協力して、色々な建材を組み合わせて建築作業。

 目的は彼らの、家を作るため。

 だから、冒険者も協力的。


「サーシャさんと、ジニーさんは特にできることがないのですが?」

「とはいっても、ただ飯はなぁ……今は、何をやらせてるんだ?」

「野草を切ったり、火の番をしたり?」

「もっとこう、生産的なことはできないのか?」

「家事もそこまで得意じゃないみたいですし……私との生産活動ならできるかと」

「ははは、面白いこというな?」


 笑えない冗談だ。

 軽く睨みつけると、ジソチが慌てた様子で平伏する。


「申し訳ありません」

「まあ、良い」


 とりあえず、魔法使いのジニーと弓術師のサーシャは雑用係か。

 水も魔法で出せるから、水汲みとかも必要ないし。

 洗浄魔法が使えるから、皿洗いや洗濯も……

 この世界、生活魔法を極めたら家事問題での夫婦喧嘩は無さそうだなー。

 素敵な世界だ。

 などとどうでも良いことも含めつつ、あれこれ考えながら集落を散策。

 

「なかなかどうして……」

「はっ!」

「くっ、やばっ!」


 離れたところで、剣戟の音と人の声がする。

 俺の家の裏手にある広場で、猪の大まかな部分の解体を終えたグレンがゴブリンと手合わせをしていた。

 一対一で。

 なかなか良い勝負。

 横ではガードが、他のゴブリンと手合わせ中。


「ちょっ、グレン! 一対一でこれって……」

「ああ、普通にやってたら俺たち全滅だった可能性が」


 うーん、普通にやってても全滅だろうけど、そもそも普通にやるつもりもない。

 楽にどうにかできるなら、楽にどうにかする。

 もうどうしようもなかったら、ひたすら投石と魔法攻撃しつつ周囲を土魔法で陥没させて、逃げ道を封じたあとで上から巨大な岩を魔法で作って落とすわ。


「だから、俺たちのことを内緒にするって約束して、そのまま帰ればよかったんだよ。ていうか、馬鹿なの? 余計なこと言わずに、そのまま帰って報告すればまだマシな未来だったかもしれないのに」

「いや、普通に見逃してもらえるなんて思わないでしょう! ゴブリン相手に」


 2人に声を掛けると、相手をしていたゴブリンが手を止めて俺に頭を下げる。

 グレンとガードも、やっと一息つけるとばかりに木剣を落ろしてしゃがみこんでいる。


「えっ? 普通に無傷でどうこうできる相手に、そんな嘘ついても意味ないのだが?」

「まさか、俺たち6人を被害0で返り討ちにできるようなゴブリンがいるとか、思いもしなかったんですよ! そんなこと、ギルドで報告しても信じてもらえないですよ」


 俺の言葉にグレンが即座に反論してきたが、ガードはなんでか凹んでいる。

 なんでだろう?


「俺たちって、ゴブリンにそんな風に思われる程度だったのか……」


 ああ、俺の発言のせいね。

 事実だから、よく嚙み締めてたらいいと思うよ。


 ありのままを伝えても信じてもらえないなら、そのまま逃がしても良かったか。

 とは思わない。 

 それでも念のために、調査に誰か来るだろうし。

 こいつらが、仲間を集めてくるかもしれない。


「大規模な巣があって、武装したゴブリンがいるっていう報告ですよ。俺たちじゃ手も足も出ませーんなんて、そんな情けないこと報告するわけないって、いってー!」


 なんか俺のことを小ばかにした感じで、溜息を吐きながらのたまっていたのでとりあえず頭を軽く殴っといた。

 痛がり方が、大げさだな。

 涙目でこっちを見るな。

 そこまでのリアクションなら、漫画みたいなたんこぶでも作ってくれたら面白いのに。


「グレン……」


 本気で痛がるグレンの横でガードが呆れたように、首を振っていた。

 まあいい。

 とりあえず、こいつら……

 本当にどうしよう。

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