暗闇の記憶
「あなた、大丈夫?」
昨晩の深夜。暗闇の中、なかなか眠れず苦しんでいる私に、妻の声が遠くに聞こえた。答える余裕はない。妻はスマホでどこかに電話をかけようとしているようだった。
「……あの、救急車お願いします、コロナ感染しているんですが、呼吸がおかしいんです、はい。お願いします!」
気づけばどこかの病院で、知らない人がまわりでかちゃかちゃやっていた。妻の声が遠くに聞こえる
「挿管? しないとだめですか?」
「はい、呼吸器に繋がないとご主人は命が危ない状態です」
「だって……そんなことしたら」
「奥さんも看護師ならお分かりでしょうが、挿管中は深い鎮静をかけます。意識はなくなり、喋ることもできません」
「もしそのまま助からなかったら——?」
「これが最後のご主人の意識になります」
(なんだ……そ……れは……。いやそんなはずはない、だってさっき私は……)
2階の吹き抜けから娘の果穂に手を振ったじゃないか。いや、ちょっとまて、あれは……
『今ね、おとうちゃんが……』
『お父さん? そんなわけないでしょ、だって……』
私はてっきり『だって』に続く言葉は『隔離中なんだから外に出てくるはずないでしょ』だと思ったが、そうではなく、『だって、お父さんは……もうこの世にいないんだから』だったのか?
私の足元の何かがぐにゃりと崩れ始めた。
うわー、と叫んでもその声は届かない、暗闇の渦に足元から吸い込まれていき、そのまま私の存在自体も消えていってしまったのだ。
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