第2話

ポケットの中に手を入れると死人に手を握られることがある。


それは子供の頃からずっとで、俺の生まれた家では特別なことではなかった。

ただし、どちらかと言うと俺は出来損ない。

俺の生まれた家は名家だった。

代々医師の家系で、患者は政財界の大物ばかり……それも重病に侵されていたり大怪我をしたりして死の淵にいる、そういう患者ばかりを診ていた。

なぜって?

当主には力があったから。異様の力が。

当主は〈死んだ〉患者を前にして、ポケットに手を入れる。すると、過たずその患者に手を握られるそうだ。

(ちなみに俺は、誰に、いつ、手を握られるか分からない。)

そしてその手を掴んだら、ポケットから引っ張り出す。

すると?

ポケットから出した手は特に何も握ってはいない。

当主は手を、握ったような形のまま外に出すだけ。

そして?

そして死んだ筈の人間は生き返る。

ほんの僅かな間だが。

かくして死人は蘇り、為すべきことを為す。

遺言書を作るとか、大金の在りかを側近に明かすとか、後継者を指名するとか。

だから生家は途轍もない名家だったのだ。

唸るほど金を持っていたし、ありとあらゆる権力に顔が利いた。

ただ、残念ながら俺には半端な能力しか発現しなかった。

俺は死人の手をポケットから引っ張り出すことが出来ない。手の持ち主が誰かも分からない。

唐突に俺の手を掴んで必死に握ってくる手を感じるだけ。

引っ張って出してやろうと思っても、どうしてもそれは出来ない。

やがて死人は諦めたように、俺の手にメッセージを書く。

名前とか。それと、「息子を助けて」とかのメッセージ。

それで人を助けられることはある。

だとしても。

俺って奴は、誰かが死んでからじゃないと何も分からないんだ。


俺は長男だったが、家を継ぐことはもちろん無かった。

継いだのは完全な能力を持つ弟。

弟は不肖の兄を何かと助けてはくれる。

あと、この能力で何度か協力したせいで、俺は警察にだけは顔が利く。

たいした根拠もなしに一般人の家に突入してくれる位に。


弟に劣等感を持ってるかって?

別に。

不完全な能力を持つ者が生まれることは珍しいことではなかったから。

俺の能力の形は祖母に似ていたのだそうだ。

俺が生まれた時既に祖母は生きていなかったが、祖母もまた数奇な人生を送ったらしい。

祖母も矢張り警察に知り合いが多かったとか。

あの家には、そういう者も生まれると決まっているのかもしれない。

もちろん俺も数奇な人生を送っている。

今、既に子供の手を引いている。

俺の子供ではない子だ。

数奇な、

とても数奇な、


いい人生だ。


だって、俺は子供を助けられる人間なのだから。



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