第6話 諦め

 私は時を見計い気分転換にとフィリピン旅行を申し出ました。もう、あれから二十年以上が過ぎていて誰も私があなたを探しにいくために申し出ているとは思いもしませんでした。誰の咎めも受けずに私は旅行を決行しました。ずっとずっと秘めていたあなたへの思いで私の胸は溢れ返り、当日までろくに眠れないまま出発の日を迎えました。


 出発の当日、はじめての海外旅行に私の心は踊り、若返ったような気分に包まれていました。しかし、当初の思惑は外れ、旅行はツアーにのったものだったため、楽しかったものの予定に添った行程をこなしていく観光旅行そのもので、私は旅行の間にあなたを探すという目的を果たすことはできませんでした。フィリピンの地はあなたを探す伝手もなく、楽しい観光地にすぎませんでした。私はそれでもあなたと同じ年格好のあなたによく似た面影をもった人などを見かけると、ふとそれはあなたではないかと微笑みかけたくなるような虚しい心境に襲われたりもしました。そして旅行は傍目には楽しく、心の中では虚しく終わってしまったのでした。


 フィリピン旅行から帰った私は、やっとあなたを探すことを諦めました。生きているにしろ亡くなっているにしろもう、探すことに何の意味も見い出せなくなったのです。生きていたとしてもあなたは私のことなどとうに忘れてしまっているに違いないのですから……。あなたの娘の千代も見捨て、私の元へは戻ってこなかったのですから……。


 私のリウマチという病は主人が生きていた頃はそれでもまだ症状はそれほど深刻ではなかったのですが、主人が亡くなってからというものどんどんその症状が悪くなっていきました。フィリピン旅行で失意に沈んだことも病状を悪化させたかもしれません。私は常に痛みに悩まされながら、杖をついて足を引き摺りながらしか歩けないようになりました。そしてそんな姿になってしまったことも私の諦めの思いを増幅させていきました。


 もう、自分の力だけで立っていることさえできないのですから……。病の床に伏せるようになり、私の容姿は哀しみを纏うように太りはじめました。こんな容姿ではあなたに逢う資格などないと哀しい気持ちに暮れる毎日でした。養父母も高齢になり急な病に倒れ、追いかけるようにして亡くなりました。八重と深雪はぞれぞれ保母と看護婦を目指し進学し、適齢期になる頃には嫁いでいきました。深雪が言語障害があっても美しい娘に育ってくれたのはせめてもの救いでした。


 でも当然ながら私はひとり医院を閉じた養家に取り残されました。足が悪かったため家政婦を雇っていたのですが、その家政婦がまるで泥棒にように家の中の大切なものを持ち去っていくような錯覚に悩まされるようになりました。ひとりぼっちの限界に絶えきれなくなった私はついに千代を呼んだのです。千代は一週間ほどいてくれましたが、子供達のことでも何かとあるから千代の家に来ないかという話しを持ちかけてきました。

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