第5話 別れ
千代は大学進学の際、私達の希望の地元の国立大学の医学部と千代自身の希望の東京の私立女子大の家政学部を受験して、結局、東京の私立の女子大に合格し、進学することになりました。千代は気を遣いすぎる性格らしく、はじめは女子寮に入れて寮生活をさせたのですが、身体を壊したため東京の知り合いの家に下宿させることになりました。やがて大学四年生になった頃、その下宿先から見合い相手を紹介され、私達は千代にはもちろん、後継ぎになってくれるようなお医者さんとの話をもっていきたかったのですが、下宿先の顔を立てるつもりで心中は渋々顔で見合いをさせたのでした。
ところが千代はどこが気に入ったのか、その青年と結婚すると言い出したのです。千代とは十才も年上の真面目なのとおひとよしなのだけがとりえのような朴訥とした青年でした。東京で一流の部類に入る国立大学は卒業し財閥グループの企業に務めていましたが、高校で教頭を務めていた父親を早くに亡くして苦学生だったせいか、エリートサラリーマンといった風情もありませんでした。しかし、千代はこちらの反対には少しも聞く耳をもたず、大学卒業とともその青年と結婚して家を出てしまいました。
後に千代に聞いたところ、後継ぎは当時の父親の実の娘である妹たちに譲りたかったというのも理由のひとつにあったそうですが、結局、そんな千代の計らいは空しい気遣いに過ぎませんでした……。
千代が家を出てすぐに主人は胃潰瘍で病に倒れました。しかも病は胃潰瘍だけでは済まず、いつしか主人の身体は癌に犯されていったのです。当時の医療技術ではどうすることもできず、病床の床で私に何度も「すまない」と呟きながら、主人は息を引き取りました。八重が十二才、深雪が十才の時のことでした。懸命に看病した私は過労のせいか涙も出ませんでした。頼りにしていた主人の命を奪った神は私に静かに微笑んだのだと思いました。……お前の運命はあなたを求めることにあるのだと……。心のどこかで私はなおあなたを探していたのです。そして今の私は誰からの咎めもうけずにあなたを探しに行ける立場になっていました。
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