第3話 面影

 医院を営む私の養家は、戦時中でもいくらか裕福で食べ物に困るというようなこともなく、千代はすくすくと成長していきました。昭和二十年八月十五日、千代が三才になって間もなく第二次世界大戦は終戦の時を迎え、アメリカ軍に占領された日本は巷をアメリカ兵が行き来するようになりました。


 あなたの死を今だ信じられなかった私はフィリピンへと探しに行くことを心密かに計画しました。その第一基盤を作るべく、アメリカ兵の家で女中として働くことにしたのです。後ろ髪をひかれるように千代への思いを断ち切り、私は黙ってそっと養家を後にしました。千代のためにもあなたを必ず探し出し、正々堂々と会いに行こうと心に決めていたのです。


 養家の養父母はかんかんに怒り、勘当同然となりました。あなたが生きていると願う気持ちなど全く理解を示してはくれなかったのです。もちろん、こんな計画は上手くいくわけはありませんでした。今まで医者の養女として世間知らずでわがまま放題に育ってきた私は、奉公先でも女中としてただひたすら働くことで精一杯で、毎日があっという間に過ぎていきました。


 やがて疲れ果てた私はいとまを貰って養家に帰り、養父母に手を突いて謝りました。私の惨めな風貌に同情したのか、養父母は仕方がないといった眼差しで私を見つめ、養家に戻ることを許しました。私は養家の医院で薬剤師として家業を手伝いながら、千代と一緒にあなたの帰りを待つことにしました。


 久しぶりに顔を合わせた千代は私を哀しそうにじっと見つめ、「お母さん、おかえりなさい」と蚊の鳴くような声で呟きました。そのとき六才だった千代の瞳はあなたにそっくりでした。私はまるであなたに責められたようでドキっとしたことをよく憶えています。


 千代の中にあなたがしっかり宿っていることに私はやっと気付いたのでした。千代と一緒に暮らすことであなたを感じ、そして待ち続ける勇気を持つことができたのです。日に日に成長していく千代の存在は心の中でどんどん大きな位置を占めるようになり、一緒に暮らせなかった間の母子の絆を私達は少しずつ取り戻していきました。


 千代は無口で身体も弱く、少し陰気な影を漂わせた少女でしたが、私にとってはいつもうつむきかげんの千代の瞳に宿るあなたの面影が、まるで自分だけを見つめてくれているような気がして心地よく、千代の心中に潜む影さえも清楚で控えめな清純さとして映りました。

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