彼女がいつも上から目線で俺を馬鹿にしてくるので、嫌気がさしてデート中に【死んだふり】をしてみたら阿鼻叫喚

杜田夕都

彼女の前で死んだふり【短編】

 夏希なつき遅いなぁ。

 誘ってきたのは夏希の方なのに……。


 炎天下の中、駅前で経ちっぱなし。

 頭がボーっとする。

 デートの集合時間からはや1時間が経過しようとしていた。


 夏希は清楚な黒髪ロングの美少女で、クラスでも特別目立っていた。

 そんな彼女に一目惚れして、勢いで告白してしまったのが運の尽き。

 始めこそ、清楚なイメージ通りの振る舞いだったのだが、だんだんと崩れ始め、今では平気でデートに1時間以上遅れてくる始末。


「おはようー!」


 一切悪びれる様子もなく、夏希様がお見えになった。

 今日の夏希のコーデは、黒のミニスカに白のトップス。トップスの胸元には黒いリボンがついている。清楚万歳。


「おはよう。やっときた」

「なんか言った?」


 夏希が俺を睨みつける。

 この際だからはっきり言おう。


「さすがにこうも毎回、1時間以上遅刻するのはどうかと思う」

「私はおしゃれとお化粧に時間がかかるんだからしょうがないの。あんたが私よりも先に来るのは当然のことでしょ?」


 高圧的な態度が癇に障る。顔だけは可愛いんだけどなぁ……。


「喉渇いたー。飲み物買ってきてー」

「はいはい」


 高校でも外でも俺はこうしてパシられている。反論するとさっきみたいなことを言われる。

 

 今日は、夏希の要望でショッピングモールを巡る。まぁ、デートと言うか荷物持ち。俺たちのデートはいつもこんな感じ。


 付き合って3ヶ月になるけれど、キスもまだしてない。

 


 一軒目の店は雑貨屋。夏希は小一時間真剣な眼差しで小物を選んだ。俺のことはガン無視。

 俺の右手が紙袋で塞がった。


 二軒目は洋服屋。夏希がキャミワンピやオーバーオールを試着した。

 いや、本当に可愛い。正直、これを見るために黙って荷物持ちをしていると言っても過言ではない。

 俺の左手も塞がった。


 お昼は二人でケバブを食べた。夏希は食事中ずっとスマホをいじっていた。

 頭が痛い。


「食事中はスマホ控えたら?」

「うるさい。静かにして」

「…………」


 午後は三軒目の化粧品店。さらに右手に袋が増えた。

 

 四軒目が外にあるらしくまた歩かされる。

 荷物が多すぎて、そろそろ足腰の限界だ。まっすぐ歩けない。


「ちょっと休憩してもいい?」


「時間がないからダメ」


 遅刻したのはどこの誰だ。


「限界なんだよ。お願い」


 少しは俺の頼みを聞いてほしい。


「そんなんで音をあげるなんて! ホント使えない! 生きてる意味あんの? 荷物持ちしかできないんだから黙ってついてきてよ!」


 堪忍袋の緒が切れた。


 3ヶ月付き合ったけれど、夏希の中身は好きになれなかった。


 このまま別れを切り出そうと思ったが、せっかくだから最後に仕返ししてやる。


「う゛っ」


 俺は袋を落とし、胸を抑える。


「ぐるしいっ」


「えっ? ちょっと大丈夫?」


 我ながら迫真の演技だった。珍しく夏希が心配の声を掛けてきた。

 俺はそのまま地面に倒れてうずくまる。


「え? え? へ?」


 わかりやすく動揺している。夏希はその場で意味もなく足踏みする。


「ねぇ。ねぇってば!」


 夏希が必死になって俺を揺する。俺は返事をしない。


「ね゛え゛、お゛き゛て゛よ゛お゛!!!」


 夏希は泣き出してしまった。これは傑作だ。


れん! 蓮って゛ば! へ゛ん゛し゛、し゛て゛よ゛お゛お゛お゛!!」


 うわ、名前を呼ばれるなんていつ以来だ? もう少し様子を見よう。


「あ゛あ゛あ゛っ。あ゛あ゛っ。わ゛た゛し゛の゛せ゛い゛た゛」


 なんか唸っとる。


「わ゛た゛し゛か゛、い゛き゛て゛る゛い゛み゛な゛い゛、な゛ん゛て゛、い゛っ゛ た゛か゛ら゛!」


 あーそういう解釈になるのか。わろた(死語)。


「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛! こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛!」


 あの! 夏希が! 謝罪してる!

 このまま壊れちゃうんじゃないか?


「わ゛、わ゛た゛し゛も゛、い゛っ゛し゛ょ゛に゛し゛ぬ゛!」


 いや、諦めるなよ。生きろ、そなたは美しい。


「と゛、と゛う゛し゛よ゛。う゛っ。え゛ー と゛、え゛ー と゛。お゛え゛っ」


 号泣しすぎてちょっと吐きそうになってるのおもろ。

 パニックになった夏希は己を落ち着かせようと複数回、深呼吸する。


「せ゛っ゛た゛い゛、ぜったいたす゛け゛る!」


 ん? 次は何をするんだ?


「だ、だれかーーーー!!!!! きてくださいーーー!!! 彼氏が倒れましたあああ!!」


 え。


 夏希の叫び声に応じて通行人が二人駆けつけてきた。


 あ、やばい。大事になりそう。


「あっあなたは救急車を呼んでください゛。あなたはAEDを探してくださいっ!」

「はっ、はい!」「わかりました!」


 夏希は二人にめちゃめちゃ的確な指示を出す。


 流石にまずい。もう起きよう。


 俺は、声を出そうとしたが、あれ、声が出ない。

 どうやら俺は、熱中症になっていたらしい。そういえば夏希の分の飲み物しか買ってない。


「すぐ救急車が来るから! もう少しだからね! 大丈夫だからね!」


 夏希が俺のことをすっごい励ましてくれる。


 頑張って反応を返そうとしたが、それよりも先に夏希が心臓マッサージを始めた。


「う゛っ、う゛っ、う゛っ、う゛っ」


 待って、意識ある時の心臓マッサージってこんなに苦しいの?


 (※夏希の手順は間違っています。必ず胸と腹部の動きをみて、普段通りの息がないことを確認してから胸骨圧迫を行いましょう! : 日本医師会 救急蘇生法より引用)

 

 夏希が二本指で俺の顎を持ち上げた後、鼻を摘ままれた。

 次の瞬間、俺の口が塞がる。

 夏希は一切ためらうことなく俺に人工呼吸を行った。

 

 やばい、夏希との初キスがこんな形で。


 思いっきり肺に空気が送られてきた。


「げほっっっっ」


 俺が咽せた。

 

「ぷはっ。蓮!! よかった意識が戻った!」


 いや、意識はあったよ。


「ごめん……」

「謝らないで! 悪いのは連れ回した私なんだから!」


 自覚あったんかい。


 夏希は涙を流しながら、涼しい場所で俺を横向きに寝かせ、上側の手を顔の下に入れ、回復体位を取らせた。


 夏希は救急車がくるまで、俺から片時も離れなかった。

 夏希の思わぬ一面を知ることができた。



 それから俺は、救急車で病院へ運ばれ、普通に熱中症と診断された。


 俺が点滴をしている間、夏希はずっと手を握ってくれている。


「ごめんなさい」


 あの傲慢な夏希が目に涙を浮かべて謝罪を始めた。


「今までこんなに優しくしてくれた人がいなかったからって、蓮の優しさに甘えすぎてたみたい……」


 甘え? ん? あれ甘えか? 下僕じゃね?


「自分のわがままばっかりで、蓮の気持ちを蔑ろにして無理させちゃった……」


 あの夏希が……。


「これからは蓮をもっと大切にするから……」


 俺はベッドから体を起こす。


「夏希、ありがとう。実はさっき、夏希に別れを切り出そうと思ったんだ」

「え……。そんな、捨てないで……いやだ」


 夏希が俺に縋り付いてきた。こんなに子犬のように気弱な夏希は初めてだ。


「捨てないから、最後まで聞いて」

「うん」


 夏希は上目遣いで俺の一挙一動を見逃さんとしている。


「それで、これまでの仕返しで倒れたフリをしようとして、本当に倒れちゃったわけだけど、夏希が救命処置をしてくれて、これまで知らなかった一面を知ることができた。俺はまだ夏希のことを全部知ったわけじゃないのに、人を気遣えない奴なんだって勝手に決めつけてた」


「だから俺の方こそ、ごめん」


 夏希は首を横に振る。


「だから今回のことはこれでチャラにして、今後はもう少しだけ優しくしてくれたら嬉しい」


「うん。わかった。ありがとう蓮」


「大好き」


 夏希はそう言って、手を強く握り直して微笑み、俺の口にキスをした。


 そ、そこまで優しくしろとは言ってない。

 体が熱で蒸発しそうだった。


 そしてなぜか、人工呼吸を迷いなくやってのけたはずの夏希の顔も、真っ赤に染まっていたのであった。


 


 あれから色々と変化が起きた。


 まず、夏希は俺に高圧的な態度を一切取らなくなった。性格が変わりすぎて心配になるレベル。


 SNSで連絡しても1週間放置とかざらだったのに、今は夜中に送っても15秒以内に既読がつく。


 毎朝の登校時、夏希が家まで迎えにくるようになった。毎日お手製の弁当まで作ってきてくれる。前は俺をパシって売店に行かせていたあの夏希がだ。


 バレンタインの時なんか、学校に手作りのデッカいワンホールのハート型ケーキを持ってきた。一周回って怖かった。


 当然、デートに遅刻することもなくなった。

 今日のように俺が余裕を持って集合時刻の15分前に到着しても、先に待っている。


「おはよう夏希。待った?」


「蓮! おはよう! うんうん全然待ってないよ! あっ飲み物いる? お茶あるよ?」


「ありがとう」


 これも以前では考えられないことだ。

 もはや別人の域だろ……。逆に良くない方向に行っている気がしなくもない。


「蓮、体調は大丈夫? 頭痛くない? めまいは? 昨日はよく眠れた? 手足は痺れてない?」

「全部、大丈夫だよ」


「本当の本当に?」

「うん」


 あの日のことがよっぽどのトラウマになってしまったようだ。


「じゃあ、行こっか! 午前中は私が行きたい洋服屋。午後は蓮が行きたがってたカラオケ!」


「また荷物持ち?」


「荷物はいいから……手を繋いでほしい……」


 夏希は顔を赤らめながら答えた。

 夏希の今日のコーデは、ブラウンのTシャツとあの日買った黒のキャミワンピース。夏希の全てが可愛い。清楚万歳!


 俺と夏希は恋人繋ぎで歩みだした。




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以上、熱中症予防小説でした!


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彼女がいつも上から目線で俺を馬鹿にしてくるので、嫌気がさしてデート中に【死んだふり】をしてみたら阿鼻叫喚 杜田夕都 @shoyu53

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