第18話 名前の無い君から

 気がつくと、俺は森の中にいた。

 あたりにはみたこともないような木が茂っている。俺自身が木に関して別段詳しいわけではないと言うこともあるだろうが、素人目に見てもこの光景が日本で見られるものとは思えない。


「レバノンスギ。君が暮らす国ではみられない品種のものだ。私にとっては半ばアイデンティティのようなものでね----ゆえにここが私の心象風景となったのだろう」


 声がした。情感に欠けた、機械のような声だった。

 声の主は見当たらない。しかし、それが何者であるかはわかる。


「あなたがコード一-----俺と融合した怪獣なのか?」


「そうだよ。私が君の半身だ。名前はそうだな……エンキドゥとでも呼んでくれ。私は名乗れるほどの名を持ち合わせてはいない。『物語』の舞台装置にすぎないからね。多くの怪獣がそうであるように。……要件はわかっている。私の力が必要なんだろう?」


 首肯する。


「怪獣の行動目的は人類の殲滅。人間の行動目的が『生きる』と言うことであるように、私たちの行動はすべて人類に害をなす結果に帰結するように設計されている。だから怪獣は基本的に怪獣を殺せない。私の力を使えるようになるためには、その力の指向性を歪める必要がある。そしてそのために必要な道具は、あの少女が用意してくれているようだ。君はそれを使え。無理やり世界の法則に抗うんだ。相応の痛みは覚悟しておくんだな」


 あっさりしていた。上手くいきすぎていた。だから疑ってみたくなった。


「……あなたはそれでいいのか、エンキドゥ。あなたは人を憎んでいるんじゃないのか。もしそうだとしたら、思ってることとやってることがあべこべだ。整合性が取れてない。あなたの目的は、なんなんだ?」


「……目的、か。そうだね。端から見ればそう見えるかもしれないが……実のところ私は人をそこまで恨んでいるわけではない。半神の王も、神造人間も、今はもう恨んでいない。こうして顕現できた要因の多くは人々の畏怖の感情だろう。むしろ私が憎んでいるのは世界だ。私たちをマクガフィンとして簡単に切り捨てるこの世界だ。数多の物語を蔑ろにするこの世界だ。

 私の目的は、世界を壊すこと。

 君が想う主観のみに限られた狭窄した世界ではなく、人に限らず、怪人に限らず、この地にある世界が育んだ全てを壊すこと。……いずれは本体に戻る。それまでは君の周りの小さな世界を守る手助けくらいはしてあげよう。元々は消える定めだったものを救ってもらったといえなくもないしな」


「わかった。心置きなく使わせて貰う」


「……慄かないのか?」


「別に。あなたは俺の質問に答えた。その回答はそれに沿うものだった。それだけのことだろ? その結果力が使えるなら、なんでもいい」


 風が吹き抜ける。

 木々がざわめき出す。

 鳥たちが騒ぎ出す。

 微笑の気配がした。


「そうか。君は似ているな。この名の持ち主に----怪獣になり得たがしかし、それでも人を愛した彼に。……君の変化を楽しみに、その矮小な世界を守れることをせいぜい願ってみるよ」

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