第19話 何も無い僕へ

 話は済んだようだね。では今から錬成を始めよう。ああ、錬成といっても鉄を鍛えるところから始めるわけじゃないから安心してくれ。必要なのは君のイメージだけだ。君の想像力だけだよ。それに合わせて僕が武器を作ってあげよう。怪獣の力を効率よく出力できる武器を。さあ、想像して。救済、破壊、冤罪、体裁、制裁、解体、退廃。その奔流。いいね。いい感じだ。混沌として-----僕はそれを形作る。こおろこおろとかき混ぜて、というわけにはいかないし、光あれ、というわけにもいかないけれどね。それでも僕なりに混沌を明かす術は心得ているつもりさ。-----俯瞰してみよ。何者にも縛られず繋がらず関わらず。完全な第三者。神の視点で「ソレ」を見ろ。さすれば-----。


 


「最後に一つ、聞かせてくれ」


「なんだい?」


「お前は一体、何者なんだ?」


「お前じゃなくてむにむにって呼べよな----まあ今回ばかりは見逃してあげよう。で、僕が何者かって? 哲学的なことには明るく無いからな、悪いけどそう言う類の答えを求めていたとしたら君を失望させることになってしまうだろう。ではそうだな、一応の答えをあげようか。君が望むものかはわからないけどね。僕の名前は荒貝無二。『俯瞰主義』-----〈システム〉の荒貝無二。ほぼ世界最強の、ほぼ唯一の親友さ。

 では行け、少年。堂々と世界に突きつけてやれ。無答白紙の解答用紙を」









 ------目を覚ます。

 視界の先にはヘリコプターの腹。

 俺は、落下していた。真っ逆さまに。

 でも、不思議と頭は冴えている。

 右手の中にあの結晶の感覚はなく、代わりにずっしりとした冷たい----金属質な感覚がある。


「------------------------------------------------------」


 そういえば怪獣の真上にいたんだっけ。

 大口を開けて俺を待ち構えている怪獣。その恐竜じみた鋭利な歯は今や真っ赤に染まり、壮絶な血臭を放っている。


「…………ふう」


 一つ息を吐いて。

 二つの腕で右手に握られていた「それ」を持つ。

 「それ」は人がイメージする武器の象徴。破壊の象徴。略奪の象徴。殺意の象徴。死の象徴。

 即ち、剣。それも2メートル近くある大剣。

 その刃は鋭利とは程遠く、何やらゴツゴツした結晶の破片のようなものがついている。

 体が軋む。

 心が歪む。

 それでも。

 使い方は知っていた。

 使う理由は決まっていた。





 その日、九十三地区に1ヶ月ぶりの雨が降った。

 もっともそれは空から降り注ぐ自然の循環の一工程ではなく、地上から噴き上げられた殺戮の一工程ではあったのだが。

 喰らわれた人の内臓や骨がばら撒かれる。

 九十三地区の子どもたちはしかし、誰一人として悲鳴を上げなかった。

 いくらあらゆる修羅場を潜り抜けてきた彼らだとは言っても、その光景は阿鼻叫喚の地獄絵図そのものであったはずだ。

 そう、彼らはただ見惚れていたのだ。

 血の雨が生み出した、残酷なほど綺麗な虹に。

 



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