第16話 ジャンプ

『安心しなさい。別に邪魔しにきたわけじゃないんだから。むしろ助けに来たのよ。前に言ったでしょ融合体----あなたに戦うための手段をあげるって』


 ぐわん、と再び視界が揺れる。

 腹の底が持ち上がってくるような浮遊感。どうやら『霜の巨人』の口撃を間一髪飛び退いて避けたらしい。引金の苦しげな声が聞こえる。彼女もそろそろ限界のようだ。考えて見れば彼女の能力は、スナイパーのようなどちらかといえば後方支援に向いたもの。だからこんなふうに前線に出て戦うことは珍しい----もとい慣れないことなのだろう。

 無理をさせてしまっている。予断は許されない。


「勿体ぶらなくていい! 手段があるならさっさとよこせ!」


『へえ。すごい気迫ね。融合体。その感情の発露をあの尋問の時に見たかったものだけど。ま、いいわ。要望に応えてあげる。……でも一つ、問題があってね』


「?」


『件の「手段」。なかなかの精密機械なの。だからできればと言うか絶対手渡ししたいの。でもこれ以上ヘリの高度は下げられないし』


 嗜虐的な笑みを浮かべる唯一。

 舌打ちする引金。


 嫌な予感がする。考えたくないけど考えれば容易に考えつくような最悪のビジョンが脳裏をよぎる。

 俺を抱えている引金の腕が力んでいるのがわかる。


「だからこっちから来いってことで---------しょっ!」


 彼女は投げた。

 何を?

 俺を。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!⁉︎」


 先ほどまでとは比べ物にならないほどの浮遊感。いや、もはや不快感。

 しかしその胃の内容物を全て吐き出してしまいたくなるような感覚も長くは続かない。すぐに終着点が訪れる。


 眼前に黒塗りの機体が現れ、あわや衝突するというところで。


「百点よ。融合体」


 俺の体は宙に固定されていた。十中八九唯一の能力-----重力操作によるものだろう。しかし自分が触れていないものまで能力の範囲が及ぶとは。全く底が知れない。

 俺のその様をしばらく恍惚とした表情で眺めていた唯一だったが、やがて気を取り直したのか、軍服のポケットを弄り始めた。

 取り出されたのは小さな結晶。一切光を反射していない手のひらサイズのそれは、見つめていると吸い込まれそうになる。


「まさかこれで戦うんじゃないですよね?」


「そのまさかよ……と言いたいところだけど、違う。『おそらく』ね。これはあくまでベースに過ぎない。どう戦うかは、最終的にあなたが決めるの」


「それはどういう」


「それを持って念じなさい。あなたが今しなければならないこと。その望みを。希望を。きつと『あいつ』は応えてくれる。叶えてくれる」


 そう言って結晶を差し出す唯一。その話はいまいち要領を得ない。やってみなければわからないと言うことなのか。それともただ単に口下手なのか。どちらにせよやってみなければ始まらないと言うことは確実だった。



 結晶を握り、念じる。



 俺の願い。望み。希望。それは。


 怪獣の力を使えるようになること-----俺の中の怪獣と、対話すること。

 そして彼女を-------。










「願いは聞き受けた。僕の名前は荒貝無二あらがいむに! むにむにって呼んでもいいぜ? 冬枝夏樹くん」


 そこにいたのは全裸の少女。

 白銀の髪に冷たい光を湛え、人形じみた顔を精一杯歪めて俺を迎え入れた。

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