第15話 ホップ•ステップ

 とりあえず近くにあった塵の山に登り怪獣の様子を確認する。


「あれが、『霜の巨人』……」


 数キロ先にいるにもかかわらず、その巨体の存在感が薄れることはない。その「巨人」はもはや二足歩行を諦めていた。いやおそらくその身体の構造上、できないと言った方が正しいのだろう。

 一言で言えばそれは異常に発達した「口」だった。より多くのものを喰らい、飲み込むためだけに発達したのであろうブラックホールのようなそれは、人も街も、あらゆるものを侵食していく。四足歩行で。まさに獣の如く。


「『霜の巨人』-----ヨトゥン。北欧神話に出てくる巨人の一人で、異名は大喰らい。北欧神話自体スケールが大きい神話なだけにすごい迫力だね……やばいね」


「やばいね」


 冷静に解説している場合ではない。


「うわあああああああああああどうしよ。マジでどうしよう、こんなの聞いてないよ。

 ……あの『廃人』、今度あったら消し炭にしてやる……!」


 戦闘時は冷静な引金も今回ばかりは取り乱している。頭を抱えて奇声を発し始めたかと思えば、今度は笑い出した。こっちもやばい。


 というか。


「引金さんの能力はつかえないの?」


「この前使った時に街が半壊したから発動制限かかっちゃった。だから暫くは使えない」


「……………」


 万事休す。

 なす術がないまま、しかし怪獣はこちらに向かってまっすぐに突貫してくる。まるで俺たちを喰らうためだけに現れたかのように。

 他の者には目もくれず。


「--------------------------------------」


  咆哮。

 怪獣との距離数百メートル。

 もうそろそろ走馬灯が見えてもおかしくないくらいの距離だ。


「…………っつ」


 引金が俺をグイッと引き寄せ、脇に抱える。


「え?」


「逃げるよ、冬枝くん」


 言うが早いが彼女は全力で駆け出した。

 俺を-----五十キロ近くはある-----を抱えて。

 流石は怪人。人間とはスケールが違う。

 にしても。


「もうちょっとマシな運び方なかったの⁉︎」


「そんなこと気にしてる暇なかったの!」

 

 乱立する塵の山を、その人智を超えた脚力で持ってして飛び越えていく引金。その度に振動で脳をシェイクされ、正常な視界を保てない。酔ってきた。


「さすがに『あいつ』も無策じゃないはず…そろそろ助けが来ると思う。それまでは耐えて」


「あ、ああ。お、っけー」


 息も絶え絶えに返事をする。

 そうは答えたものの、もうすでに限界が近い。意識が、飛ぶ……。





『なかなかいい格好してるじゃない。欠陥製品。目も当てられない無様さ。私は好きよ』


 突然空から降ってきたその聞き覚えのある声に、引金の足が止まる。

 ぐるぐる回る視界の中で宙を仰ぐ。

 そのにあったのは黒塗りのヘリコプター。そしてそのドア付近には、誰かが立っている。


「唯一………!」


 引金がまるで呪詛を吐いているかのような口振りで呟く。

 豪奢な金髪に漆黒の軍服。いつでも誰かを睥睨しているその昏い双眸。

 正しくそれは、ほぼ世界最強の怪人•唯一だった。

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