第8話 剣柄
「お前にやられたこの腕と刀は数日程度で元に戻ると、奴が言っていた。一時的にこの世界からの認識阻害を受けているとかなんとか…。私は浅学故何のことやらさっぱりだが、お前ならわかるんだろ?」
さっぱりわからなかった。
俺と剣柄は向かい合うようにして座っている。社長には席を外してもらっているので、この部屋の中は完全に二人っきりという状態だ。
剣柄の言葉に関してはとりあえず「ああまあ……」とお茶を濁しておくことにしよう。
「…しかし、お前も災難だった、ということなのか。人間が怪獣に変異する。聞くだに恐ろしい話だ。とりあえず、いきなり斬りかかったことについては謝罪しておこう……すまない」
いきなり頭を下げる剣柄。正直謝って済む話ではないと思ったが、それ以上のことをしてもらおうという気にもならなかった。仕返しというか、それに見合うだけの仕打ちを、彼女はもうすでに受けている。頭を上げるよう促してから、今度はこちらから話を振ってみる。
「そういえば剣柄。なんであの時俺の居場所がわかったんだ? 引金の後をつけたとか?」
「ふむ。いや、全くそんなことはない。偶然廃墟周辺を散歩していて----その時に『ぴん』と来たのだ。あそこに怪獣がいる、とな」
「は?」
「私のちょっとした特技なのだ。怪獣の位置方向を読み取れるというのはな。怪獣狩りとしてやっていける重要な要素でもある」
「それは-----」
それはかなり凄いことなのではないか? いや、間違いなく凄いことだ。怪獣の位置把握は怪滅局ですら大雑把にしか分からないという。それも専用のレーダーで微弱な反応を読み取ってようやくわかるレベル。それを彼女は生身で、感覚として捉えているというのだ。これを超常といわずして、なにを通常と言おう。
「お前、本当に人間か?」
「なんだ。疑っているのか? ならば見せてやろう。その証拠。私の生身を」
そう言って半端に羽織ったジャケットを脱ぎ出す剣柄。生身ってまさかそういうこと⁉︎
「ちょ、ストップストップ! わかった、信じる。お前は正真正銘人間だ。それ以外の何者でもない」
「……ふむ。そうか。ならば良いんだが」
再びジャケットを半端に羽織る剣柄。少し残念そうなのはなんでなんだろう。
……彼女の新たな性癖----もとい一面が見れたところで、風呂場の方からドライヤーの音がし始めた。どうやら引金が入浴を終えたらしい。
剣柄が立ち上がる。
「では、そろそろお暇させていただくとしよう。今奴と鉢合わせて勝てると思えるほど自惚れてはいない。『家族』も待っているしな」
事務所の玄関前。
外はもちろん真っ暗。
時刻はもう日を跨ごうとしている。
剣柄は最後に振り返って、言った。
「ではさらばだ半怪獣。お前がその道を踏み外すことがあれば、真っ先に私がその首をはねよう。あの最強よりも誰よりも早く。お前の命を刈り取ろう。それが私の、お前を殺し損なった私の責任だ」
言い終えると彼女はその黒い背中を、宵の中へと溶かしていった。
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