第6話 鬼路
「怪獣狩りに『スクール』の欠陥兵器に----コード一と人間の融合体。面倒ごとのオンパレードじゃない」
ベッドの上に足を組んで座り、俺たちを見下ろす女性。
薄く差し込んだ光が、豪奢なブロンドヘアーを時折り照らす。漆黒の軍服が怪しく光る。
軽薄な調子で一人ぼやく彼女を前に、俺たちは指一本動かすことすらできない。まるで地面に縫い付けられているかのような感覚。重い。
うつ伏せの姿勢のまま、喋ることすら出来ない。
「……ぐ、ぎ」
苦しげな声と共に、剣柄が不可視の力に抗おうとする。その努力は膝を立てるまでに至ったが、しかし。
「-----------⁉︎」
重さを増され、呆気なく体勢は瓦解する。
ビキビキと、空間が軋む音がする。今にも床が抜けそうだ。
「あんまり抵抗しないでよ。潰しちゃいそうだから。…なんてね。安心して。私はどこかの誰かさんと違って潰すか潰さないか、生かすか殺すかのギリギリのところで制御出来るから。これでも、表向きに活動してる怪人としては最強なんだし。ほぼ、せかいさいきょー」
「………『廃人』。第九位。……無常力、
うめくような声で引金が言う。その言葉に、「唯一」と呼ばれた女性は嘆息する。
「『廃人』、か。それ普通に蔑称だから。本人達の前であんまり言わないほうがいいよ。次口にしたら、このまま潰す」
言葉にも宿る「重み」。間違いない。
彼女の異能は----重力操作。
「ま、兎にも角にも。本命は君ね」
俺の重力拘束が解かれる。急に体が軽くなるその妙な浮遊感に、脳の処理が追いつかない。
「試しに五回」
そういうと唯一はポケットからコインを取り出し、放った。
その行動の意味は理解できない。しかし相手に俺の理解を待つ義理などあるはずもなく。
脳天に割れるような痛みが走る。
いや、実際割れたのだろう。俺の眼前には自分の脳漿が盛大にぶちまけられている。コインに重力をかけ、その重みでさながら弾丸のような威力を生み出したのだ。そしてそれが、俺の脳天を貫通した。
普通なら致命傷。でもまだ俺は生きている。
頭を貫く穴は、すでに塞がっている。
「なるほど。まだ人の形が残ってたから脳天やれば死ぬかもと思ったけど。もうそんな人間味、残ってないか」
彼女は立ち上がると、びくびくと筋肉を痙攣させる俺の首根っこを掴み、言う。
「じゃあ怪獣の殺し方で、あと四回♡」
一回目。圧殺。体は原型を留めず、肉片と血液だけになったが、すぐに再生した。何事もなかったように。まるでそうなると決まっていたかのように。
二回目。脳以外の重要臓器を順番に潰していく。ここからだんだん趣味の領域に入っているような気がする。臓器は潰されても数秒後には再生し、それをまた潰されると言うのを十数回繰り返した。
三回目。全身の骨を一本ずつ砕いていく。器用なもので、周辺の臓器や血管は損壊させず、ただ骨だけが折れていく。もう叫ぶことは無くなった。いたみにこころが追いつかない。
四回目。全身の皮を剥がれた。
彼女の目は恍惚としていた。
「………ふう。あともう五回、追加してもいい?」
俺は迷わず首を横に振る。彼女は「えー」と拗ねるようなそぶりを見せる。普段なら可愛いと思えるのかもしれないその仕草も、自分の血に塗れた姿でやられては興醒めする一方だ。
「あなたがなぜ怪人として怪滅局で働いていけるのか、疑問」
「かもね。でもあんな審査あってないようなものよ。結局望まれてるのは強さ。扱いやすさ。どれだけその精神が歪んでいようと、自分たちにとって有用なら喜んで採用する。そこに理想めいた正義はない。まだ社会に幻想を抱きたい年頃なのね。欠陥品ちゃん」
「…………っ」
引金がなす術なく押し黙る。それをつまらなそうに一瞥して、唯一は言葉を続ける。
「診断結果。君の体は確かに怪獣に近いものになっている。ただまあ身体組織は人間のままだから、怪獣の能力を取り入れた人間。どちらかといえば私たちに近い存在になってるっぽい。原因はずばり、怪獣との融合。それもおそらくコード一との。何か心当たりはない?」
心当たり……。あの竜以外に出会った怪獣っぽいやつ-------。
あ。
「なんかこう、白くてもこもこしたやつに会って、そいつと一緒に爆発に巻き込まれたんです」
「……ビンゴ。多分それね。その白いもこもこはコード一-------人類を最も憎んだ世界で一番最初に確認された怪獣。その分身体よ。強すぎて先人たちが死力を尽くしても殺しきれなかった正真正銘の化け物。今はバミューダ海域の奥底に封印してるんだけど、その影響力、存在力までは消せないみたい。時折こうして外界に干渉してくるの」
言ってることの半分は理解不能だが、とりあえず俺の体は今怪獣化してしまっている、らしい。ぶっ飛びすぎていてどう反応すればいいのか分からない。
「イメージ的にはスワンプマンが近いかもね。君の体は欠陥品ちゃんの攻撃で一度バラバラに分解されて、そこで同じく分解されていたコード一の分身体と混ざって、その再生力に巻き込まれる形で体が再構成された。なんで人間側によったのかはわかんないけど」
「……全然分かりませんけど。それで、結局俺はこれからどうすればいいんですか?」
聞いてみる。怪獣になってしまっていたとして、これから俺はどうすべきなのか。詳しいことはとりあえず後回しでいい。まずは選択肢の確認だ。
唯一は待ってましたとばかりに口唇を歪める。
「うんうん。ごもっともで至極真っ当な質問ね。君の体は今、意識は人間体は怪獣という大変都合のいい状況にある。まだまだ不明な点は多いけど、ま、力の抑え方さえ学べば今まで通りの生活はできるでしょう。君が本当に私たちに仇を成さない善良な人類の味方だと証明できれば、ね」
「……つまり」
「ええそう。実にありがちでありふれた展開よ。君はその有用性と善性を示すために、怪獣と戦いなさい。安心して。戦う手段はちゃんと用意してあげるから。じゃ、よろしく」
そう言ってその手を差し出してくる唯一。
俺はその手を取った。
何を安心すればいいのかは全くわからない。俺がその手を取った理由は、彼女に逆らえば殺されるからという、ただそれだけのこと。
そこに俺の意志はない。
しかし、不満もない。
あの日から俺に、中身はない。
でもこの時確かに。
俺は人間を辞めた。
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