第5話 塵外

 俺の懊悩をよそに、戦闘は再開される。

 剣柄は縮地で横に飛び、そこにあった木製の椅子を片手でぶん投げる。

 紙のような軽やかさで飛来するそれ。

 引金は一瞬で椅子に飛び乗り、それを踏みつけて超加速。再び両者の距離が縮まる。

 剣柄は居合い抜きの構えでそれを迎え撃つと見せかけて、刀を思いっきり投擲した。


「な」


 引金は未だ空中。

 体勢を変えることは、できない。

 思いっきり体を捻ったことで何とか直撃は免れたが、刃は引金の右肩を深く切り裂く。

 最悪ただ刀を失うだけと言う結果もあり得たハイリスクハイリターンの大技。それはかくして功を奏し、怪人に初撃を与えるに至った。


 失墜する引金。

 剣柄がそれを見逃すはずもなく。

 

 着地の体勢を取る隙も与えず地面に叩きつけると、懐から取り出した小刀を引金の首筋に突きつけた。


「ここまで、か。なかなか楽しめた」


「………っ」


 絶体絶命のピンチ。

 その小刀が引金の白い首を掻き切る。

 命を刈り取る。

 -----ことは無かった。


「やはりあの程度では死なないか。怪獣」


 俺が、止めたからだ。

 溢れる血もそのままに。俺はその刀身を握りしめる。



 驚いた。

 他の誰でもない、自分自身に。

 確かに動こうとは思った。止めようとは思った。しかし間に合うとは思わなかった。


 次の瞬間。

 剣柄は握っていた小刀を離し、呻いている引金を蹴り飛ばす。そして両足を踏み締め、袴の中からもう一本獲物を取り出した。


 確実に首を狙う一閃。

 俺はそれを片手で『受け止めた』。


「は?」


 刀は俺に触れた部分から塵になって消えていく。

 それに伴って、剣柄の右腕も消えていく。

 塵化は二の腕まで進み、その断面には骨肉ではなくぽっかりと、孔のようなものが広がっていた。

 動揺を隠せないまま、それでも何とか後ろに飛び退く剣柄。

 左手で先ほど引金に向けて飛ばした刀を回収し、構える。その額には脂汗がにじみ、歯をかたく食いしばっているのがわかる。


「………なんだ、これ」


 一体何なんだこれは。

 触れただけで、ただ触れただけで人を、いとも簡単に欠損させた。ありえない。


ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない。


 こんなの、人じゃない。



「あー。これ、考えてた中でも一番最悪のケースかも」


 不意に声がした。

 それは最後の乱入者にして最悪の蹂躙者。

 曰く、ほぼ世界最強の怪人。

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