やっぱコイツ最低のクズだわ!

 それぞれチアガールの衣装に身を包み、こちらを(というか主に俺をだが)応援してくれている。


「セ、セツナちゃんたちが、応援してくれている!?」


「『ダメンズ』の三人が、俺たちを……!」


「どっちのチームも応援してくれるとか女神かな?」


 周りも当然このサプライズにざわついている。

 無論困惑よりも喜びの反応の方が大きい。グラウンドの内外に関わらず、皆が『ダメンズ』に注目している。


「うちのクラスもセツナセンパイたちのクラスも、ルリは応援してますよー! ラブアンドカワイイの精神で、正々堂々戦ってくださいねー!」


「ル、ルリ様……そんな、本当に……」


 だが、誰よりも動揺しているのは恐らく三下だろう。

 雪菜たちと並ぶ姿を見て、ショックを受けているのは明らかだ。


「どうだ。分かったか、ルリの本心が。アイツは、ファン同士で争うことなんて望んでいないんだ」


「先輩……僕は、僕は、間違って……」


「それ以上言うな。お前は確かに間違った……だが、まだやり直すことは出来る。何故なら、お前はルリへの想いで決勝までこれるほどのファンなんだから。その気持ちを、『ダメンズ』そのものに向けるんだ。お前なら、きっと出来るはずだ」


 俺は三下の肩に手を置いた。そして、真っすぐに見据える。


「ファン同士で争うなんてあってはならない。本当に『ダメンズ』のファンであるというのなら、手を取り合い、仲良くするべきなんだ」


「葛原先輩……!」


 憑き物が落ちたような純真な眼で俺を見てくる三下。

 先ほどまであった闘争心が、すっかり掻き消えているのが分かる。

 それは一年B組の他の面々も同様で、もはや優勝を賭けて争うという雰囲気は微塵もない。


「さあ、試合を開始しよう。もう勝敗なんて拘る必要はないんだ。推しのアイドルたちが応援してくれているなかで正々堂々、爽やかにな」


「「「はい! 分かりました、葛原先輩!」」」


 俺が笑顔でそう言うと、三下をはじめとした後輩たちが、実にいい笑顔で答えてくれた。

 俺はそんな可愛い一年生たちに背を向けると、試合を始めるべく自分のチームメイトたちのいる陣地へ戻る。



「優勝したら、あのチアガール写真も追加な」



 小さくボソリと呟くと、チームメイトたちはギラリと目を光らせた。


「巫女服、シスターに加えて、チアガール衣装だと……」


「負けられねぇ。負けるわけにはいかねぇ。死んでも勝つ……!」


「それ以前に、推しが応援してくれてる前で負けられるかよ。意地があんだよ、男の子にはなぁっ!」


 悪鬼のような形相に加え、燃えるようなオーラまで放っている。つい先ほどまで死にそうな顔をしていたのが嘘のようだ。

消えかけのロウソクが一番明るいというが、まさにそれだな。やつらはこの試合で完全燃焼し、優勝の礎になってくれることだろう。

推しのアイドルの前で輝けるのだから、きっと本望であるに違いない。


「あの、葛原先輩」


「ん、どうした三下?」


「先輩以外の人たちが、爽やかさの欠片もない顔をしてこっちを見てくるんですけど。勝ち負けは関係ないんですよね?」


「ああ、ないぞ。ほんとだぞ」


「死んでも勝つとか、負けられないとか言ってるんですけど」


「それはきっと空耳だろう。細かいことは気にするな。ほら、審判もボーっとしてないで、早く試合を開始してくれよ。これで終わりなんだからさ、な?」


「あ、はい。じゃあ、試合始めまーす」


 不安そうな顔をする三下を宥めつつ、審判を急かすとすぐに試合が開始される。


「「「チアガールのために死ねえええええええええええええええええええええええ!!!」」」


「えええ!? ちょおおおおおおお!?」


「嘘つきー! どこが正々堂々ぎゃああああああああああああああ!!!」


 数分もしないうちに、フィールドのそこかしこで上がる悲鳴。まさに阿鼻叫喚の嵐である。


「ふっ、試合前に牙を抜かれるとは、なんて愚かな……」


 アイドルを目にして毒気を抜かれた兎ちゃんが、コスプレ写真に飢えた死にかけのライオンの群れに勝てる道理なんざない。


「騙したなクズはらあああああああああああああああ!!?? 思いっ切り勝ち負けにこだわってるじゃないかふざけるなよおおおおおおおおおおおおお!!!」


「それはそれ。これはこれだ。騙されるほうが悪い。ほい、シュートっと」


 悪質なスライディングを食らって吹っ飛ばされ、地面を転がる三下を尻目に、、相手ゴールにシュートを叩き込む。


「キャー! カズくんカッコイイ!」


「和真、もっと頑張って、アタシにいいとこ見せなさい! そうしたら、もっとお金あげるから!」


「おにーさん、いいですよー! その調子です! ドンドンゴール奪っちゃってくださーい!」


 アイドルたちからの声援が実に心地いい。

 幼馴染たちからの好意と、男連中からの嫉妬をヒシヒシと感じるぜ。


「ふふふ、やはり俺は持っている男。役者が違うとはこのことだな」


 アイドルの視線を独り占めするなんて、そこらのモブ男子では決して出来まい。


「くっそおおおおおおおお!」


「おっとあぶね」


 再度ゴール前に飛んできたボールをトラップするも、やけくそになりながら突っ込んでくる三下に気付き、咄嗟に交わす。

 イケメンだったその顔は、今は怒りで大いに歪んでいた。


「僕の、僕のルリ女王様に踏まれる夢を踏みにじりやがってええええええ!!!」


「だから駄目だっつーんだよ」


 踏まれて満足する程度の夢に、一生かけて養って貰いたいという現実を見据えた俺のプランが負けてたまるか。


「アイドルを女王様扱いなんてせずに、貢いで貰うくらいにならないと、俺に勝てるわけないだろうが」


「うるさい! 僕はドMだ! 踏まれたくてなにが悪い!?」


「あっそ。じゃあ俺の踏み台になってくれ。あと、キーパー。ルリのコスプレ写真も撮るつもりだから、シュートを止めないでくれるならくれてやるぞ?」


「ホントですか!?」


「あ、こらキーパー!?」


 俺の誘いにあっさり引っかかるキーパー。驚愕した三下も、その足を止める。

 当然、その隙を俺が逃すはずもない。


「言ってるだろ、役者が違うってさ」


勝つと決めたからには絶対に勝つ。

働かなくていい未来のため、そして監禁されずに済む未来をこの手に掴むためならば、どんな手でも使う男。それがこの俺、葛原和真だ。


「次からは踏まれる誘いじゃなく、金をくれる相談をしに来てくれ。そうしたら、ちょっとは話を聞いてやるよ」


悔しがってるだろう後輩を背に、文字通り決勝点となるシュートをゴールに叩き込むのだった。

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