アイドル去ってまたアイドル
「え?」
「だって、今猫宮を治療してくれたじゃないか。もし真白がそのバッグを持っていなかったら、処置が遅れて後の試合に出られなくなるかもしれなかったんだ。おかげで助かった。改めて礼を言わせてくれ」
言いながら、俺は頭を下げた。感謝してるのは紛れもなく本音だ。
「ちょっ、やめてよ。保険の先生だってすぐ戻ってくるかもしれないんだし、むしろ私出しゃばったかなくらいに思ってるんだから」
「それはもしもの話だろ。俺は今感謝しているから、お礼を言ってるんだ。先のことなんて、今は関係ない」
「あ、ぅ……」
そう、先のことは今はいいのだ。
それを真面目に考えてしまうと、俺には幼馴染たちに監禁されてしまう未来が待ち構えていることになるのだから。
確定している今こそがなにより大事なのである。
「ふぅん……」
「なんだよ、猫宮。俺、変なことでも言ったか?」
「ううん。たまにはまともなことも言えるんだなーって感心してた。クズなのに、アンタにもちゃんとした人間の部分が残ってたんだね」
「なにおう」
なんて失礼なこと言いやがる。
俺ほど真っ当で自分に正直に生きている人間なんてそうはいないというのに。
「お前、そんなに辛辣なことばっか言ってたら間違いなく友達なくすからな。あと彼氏出来るのも遅れるぞ」
「生憎、クズ原よりよっぽど人望あるから問題ないし。あと、ウチはまだ誰かと付き合う予定ないので問題ないから。少なくとも、アンタが更生するまではね」
「こっちは親切心で忠告してやってるっつーのに、ああ言えばこう言うやつだなお前は……」
ついため息をついてしまう。
手当が終わったらすぐこれとか、やっぱり猫宮は俺に手厳しいままのようだ。
これ以上話を続けると、また面倒なことになりそうだし、一旦仕切り直すとしますかね。
「さて、元気になったならもう戻ろうぜ。あいつらも心配しているかもしれないからな」
「あ、うん……あの、真白さん、本当にありがとうございます。助かりました」
「ううん、いいんだよ。たまきちゃん。試合、頑張ってね」
「はい!」
保険医が戻るまで待つという真白を残し、俺たちは保健室を後にした。
これで空気が変わることを期待したいところだな。
「…………手、優しかったな。なのに、どうして……」
だからまぁ、当然と言うべきか。
俺たちが去った後、ひとりで自分の髪を触る真白の呟きを、俺は知ることはなかった。
♢♢♢
「アリサたち勝ってるかな……負けてないよね……?」
「そこは大丈夫だろ。最後に出る時黒いオーラが吹き上がってたし、むしろ俺は相手チームのほうが心配だな……」
体育館への道を猫宮と戻る。
勝敗に関しては特に心配していない。
事前に取っていたデータでも有利だったはずだし、何よりあいつらがそう簡単に負けるとは思えないからな。
そんなことを考えていると、ポケットに入れていたスマホが震える。
取り出してみると、アリサから連絡が入っていた。画面には「勝ったから」という一言が表示されている。
「お、あいつら勝ったらしいぞ」
「ウチにも連絡がきた。はぁ、良かったぁ……」
安堵の息を吐く猫宮。思っていたより責任を感じていたのかもしれない。
怪我をしたのは猫宮のせいというわけでもないし、ここはもう少しフォローしておいたほうがいいか。
「なぁ猫宮……」
「センパイ、ちょっといいですかぁ」
声をかけかけた時だった。横から割り込むように、俺の方が誰かに話しかけられたのだ。
「誰だ? 俺は今ちょっと話が……って、げっ」
「あは。すみませんけど、それはキャンセルでお願いします。出来ればルリの方を優先してもらいたいなーって」
千客万来。今日はつくづくアイドルと縁がある日らしい。ニッコリと笑みを浮かべるルリがそこにいた。
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