なにもないからそんな目で見ないで……

三下との話し合いは決裂こそしたものの、その後の大会は特に問題なく進行していた。

 俺のクラスはいずれも二回戦まで突破していた。試合進行の早いところは三回戦も勝っており、サッカーも至って順調だ。

男女ともに高いモチベーションを維持しており、負ける要素は今のところほぼないと言っていいだろう。

 俺たちの理想通りの展開となっている。だが、予想外の出来事というものは得てしてこういう時に起こるものだ。


「アリサ、危ないっ!」


「っつ!」


 トラブルが起こったのは、三回戦の女子バスケの試合中だった。

 アリサたちが有利に進めていたが、そのことに焦った相手チームの選手がやや強引なディフェンスに走り、バランスを崩したのだ。

 アリサの身体に接触しそうになり、それに気付いた猫宮が咄嗟にアリサを庇う。

その結果、相手選手と猫宮の身体が重なり、倒れ込んだ。


「ストップ! 試合一時中断!」


ホイッスルのけたたましい音が体育館に木霊する。

 すぐに審判が駆け寄ってきてふたりの様子を確認しようとするが、その前にゆっくりと起き上がる猫宮たち。


「たまき、大丈夫!?」


「あ、アリサ。うん、大丈夫。倒れたのは足からだったし……」


 話し方もしっかりしている。どうやら最悪の事態は避けられたようだ。皆も同じ気持ちだったようで、体育館に安堵する空気が流れる。

猫宮も審判に大丈夫だと告げ、試合を再開するために立ち上がりかけたのだが、


「痛っ……」


猫宮の口から小さな声が漏れる。顔を少し歪め、足首のあたりをさすっている。どうやら痛がっているようだ。


「たまき、もしかして足ひねった?」


「そうかも。立てないってほどじゃないし、そこまで痛みは強くないから動けるとは思うけど……」


「いや、そんな無理する場面じゃないでしょ。まだ決勝というわけでもないんだし」


「そうだよ。ここは私たちに任せて、保健室で手当てを受けたほうがいいんじゃないかな」


 猫宮は試合に出ようとしていたが、雪菜たちの説得にすぐに折れたようだ。

 夏純と交代し、コートの外に出てくる猫宮に俺は近づいた。


「大丈夫か、猫宮」


「あ、クズ原。うん、歩けるし一応……」


「それは良かった、と言っていいかは分からんが、動けるならそこまでひどくはなさそうか」


「まぁね。保健室に行って手当てしてもらえば多分後の試合にも出られると思う」


「ひとりで行けるか? 辛いって言うなら手を貸すが」


 いくら歩けると言っても、怪我をした直後なら痛みも強いだろう。

 猫宮は貴重な戦力だし、ここで変に怪我の悪化はして欲しくない。


「いい。そりゃひとりじゃキツイけど、他の友達に手を借りるし……」


「永見や委員長のことを言っているなら、そりゃ無理だぞ。あいつらも試合中だからな」


 親指で別コートを指すと、そこではうちのクラスの女子がバレーの試合をしている最中だった。

 結構な白熱ぶりを見せており、長い時間互いのコートの上をボールが行き交うラリーが続いていた。

 時たま「ブランドバッグのため!」とか「海外旅行ぅぅぅぅ!」みたいな欲望ダダ洩れの叫びが聞こえてくるが、それを置いておいてもお互い一歩も譲っていない。

決着にはどうやらまだ先のようで、終わるには時間がかかりそうに見える。


「待つのもいいが、出来れば急いだほうがいいだろ。手当てなんてさっさとしたほうがいいに決まってるからな。意地張った結果、チームに迷惑をかけるほうが良くないと俺は思うぜ」


「むぅ。クズ原のくせに正論を……クズのくせに……」


「今はクズは関係ないだろクズは。そもそも俺だって、ちゃんとお前のことを心配しているんだぞ」


 なんだかんだここまで猫宮には世話になっているからな。

 ここで関係ないし頑張れよなんて去るほど、俺は情がない人間ではない。

 むしろ博愛精神に溢れた素晴らしい人間とさえ言える。

 おそらく人類ランキングの上位にさえ食い込むことが出来るだろう。


「ふふふ、怪我をしたクラスメイトに優しい言葉をかけられる……やっぱり最高だな、俺って……」 


「いや、自分で言ってるやつが最高なはずないし。唐突に自惚れられると反応に困るからやめて欲しいんだけど」


 ジト目で見てくる猫宮だったが、言葉にはそれほど棘がない。

 怪我で弱っているからだろうか?

 いや、ここ最近は案外当たりも弱かったし……なんて首をひねっていると、


「ほら、いくよ。クズ原」


「ほえ?」


 唐突に猫宮に手を掴まれた。

 それがあまりに予想外すぎて、思わず変な声が出てしまう。


「なに、その萌え声。アンタがそんな言い方しても全然可愛くないしやめてくんない?」


「それは自覚があるから言わんでいい。てか、なんで俺の手を掴んでんだよ」


「クズ原が保健室に連れていってくれるって言ったんじゃん。自分の世界に入られても困るから変な目で見られる前にウチが連れ戻してあげたの。感謝してよね」


 プイッと目を背ける猫宮だったが、感謝ねぇ。

 なんだか妙な気配を感じ、おそるおそるコートへと視線を向ける。


「ひょえっ!」


 するとそこにはヤンデレがいた。

 いや、正しくは幼馴染以上病み未満の未確認生命アイドルがいたというべきだろうか。

 雪菜とアリサが黒いまなざしでこっちを見ている。

特にアリサの眼光が鋭く、「アタシの友達に手を出したらどうなるか、分かってるよね?」とハッキリ訴えかけてきている。

「い、行こう猫宮! 一刻も早くここを離れるんだ! 今すぐに!」

 俺はすぐさまふたりから目をそらすと、猫宮に肩を貸し、大急ぎでその場を離れた。

 ここに留まっていたら俺は試合を終えたあいつらに強制拉致を食らってしまう。

 そんなのは絶対に許容できん!


「……そんなに急がなくてもいいのに」


 猫宮の呟きは、俺の耳に届くことはなかった。

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