調子に乗るから……

「え、今か? 悪いけど来る前にガチャに全額使ったから今は手持ちが……」


「いえ、大丈夫です。お金はいりません。むしろ後で差し上げます。ですが今は……どうか、わたしの頭を撫でてくれませんでしょうか。お願いいたします」


 どこか恥ずかしそうに話す一之瀬だったが、心なしか多少顔が赤らんでいるように見える。

 いつもは無表情でなにを考えているのかよく分からないところがあるやつだが、今は純粋に自分がして欲しいことを俺に頼んでいると、そう感じた。


「そんなことでいいのか?」


「ええ。その、以前雪菜様とアリサ様がご主人様に撫でて貰っているのを見ましたので……」


「ああ、羨ましいと思ったのか。一之瀬って、意外と初心なところがあるんだな」


 得心がいった。確かに転校当初に、一之瀬の前でふたりの頭を撫でていたことがあったな。

 あの時から自分も同じことをしてもらいたかったというのなら、結構可愛いところがあるじゃないか。


「……ご主人様、貴方がクズであることはよく存じておりますが、そこまで言わなくていいです」


「おっと、悪かったな。ホラ、撫でてやるから許せって。な?」

 

 怒らせてしまったのか、プイと目を背ける一之瀬の頭を俺は撫でた。

 事前に運動してたから、少しは湿っぽくなってるかと思ってたがそうでもなく、思いのほかサラサラしている。

 

「おー、触り心地がいいな一之瀬の髪。ちょっとあったかくて気持ちいいぞ」


「ん……それは、雪菜様やアリサ様よりもですか?」


「そいつはノーコメントだな。比較されるのは嫌いなんだろ?」


「そうでした……ただ、クズなご主人様なら『一之瀬のほうがいいぞ』くらいは言ってくれても良かったのですけどね」


「ほう、言うじゃないか。主人に無礼なことを言うメイドには、こうだ!」


 気持ちよさそうに目を細めながら失礼なことを言ってくる一之瀬に少しイタズラ心が湧いてきた俺は、唐突に彼女のことを抱きしめた。

 

「えっ、きゃっ! ご、ご主人様? なにを……?」


「ふっふっふっ。どうだ、いつも俺をクズだなんだと言ってくるが、実際に自分がクズな行為をやられた気分は。これに懲りたら、俺のことをクズだの言わずにしっかり敬うように……」


 一之瀬の小さな体を抱きしめながら、半ば冗談で脅しをかけたその時、


「く、クズっち。何してるの……?」


「へ?」


 クルリと後ろを向くと、震える手で俺を指さしている夏純の姿があるのではないか。


「珍しくクズっちが来ているっていうから見に来たのに、なんで一之瀬さんのことを抱きしめてるの? も、もしかしてふたりってそういう……」


「え。いや、そのちが」


「そうです、夏純様。わたしとご主人様は運命で結ばれた生涯の主従ですので。ご主人様から求められた以上、断る選択肢なんてわたしにはありません、ええありませんとも」


「ちょっ。おまー!」


 夏純に見られている真っ最中だというのに、ギュッと抱きしめ返してくる一之瀬。

 柔らかい感触が伝わってくるのを嬉しくないとは言わないが、今はまずい。なんでご主人様である俺の方が追い詰められなくてはいけないのか。


「や、やっぱりそうなんだ……」


「ご、誤解だ夏純! これは違うんだ!」


「見損なったよクズっち。クズっちは誠実……だとは微塵も思ってなかったけど。それでも女性関係は真っ当……じゃないね、幼馴染ふたりに貢がせてるし。あれ、よく考えたら最初からクズであること知ってるから見損なう要素ないなこれ……逆に凄いまであるぞ……」


「おいちょっと待て。さり気なく失礼じゃないかそれは」


 ブツブツ呟き始めた夏純に思わずツッコむ。

 いや本当に失礼だろ。俺は誰よりも誠実かつ真っ当に生きている男だというのに。


「紫苑ちゃーん、クズ原くんいたー?」


「いたとしてもどうせクズな行為をしているに決まっているわ。偏差値七十ある私には全て分かっているのよ」


「ウチはただ紫苑を探しに来ただけだからね。別にクズ原がなにをしようとウチにはどうでもいいし」


「うはー、誰も聞いてないのになんか言ってるー。ツンデレ乙―」


 そうこうしているうちに、他の女子の声が聞こえてくる。

 夏純の友人である久方、永見、そして猫宮だ。おそらく夏純と俺のことを探しにきたのだろうが、今はバッドタイミングにも程がある。


「離れろ一之瀬! 俺の、俺の人生が終わる! 終わってしまうー!」


「いいではないですかご主人様。見せつけてあげましょう。それに人生が終わっても問題ありません。わたしが生涯仕え、ご主人様を支えますので」


「今物理的に支えんでいいから! 俺は終わりたくないの! 自立して一生遊んで暮らしたいんだ! 監禁は嫌だー!」


 将来の存亡を賭けた俺と一之瀬の攻防。

 なんとか引き剝がそうとする俺であったが、一之瀬の力が存外強い。


「くそっ、離れろ畜生!」


「嫌どす。絶対嫌どすですたい」


「なんで京都弁なんだよ!? あと色々混ざってるじゃねーか! ふざけんなよこらっ!」


「見苦しい、見苦しいよクズっち。それでこそクズっちだけど、なんていうかこうして傍から見てるとクソダサいね……」


「うるせー! いいから見てないで助けろ夏純! こっちは将来かかってんだよ!」


「将来? あ、そっか。これ見つかったらクズっちまずいもんね……あれ、これってボクが有利な立場じゃない? この前は失敗したけど、今度こそクズっちに言うことを聞いてもらうチャンスなんじゃ……」


「おいこらやめろ!? 余計なことを考え着くな! 今脅されても答えられるほど余裕ねーよ! こっちはとっくにキャパオーバーなんだぞ!?」


 抱き着かれたり脅され一歩手前だったり、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 先日の真白とは大違いなそれに苦戦を強いられた結果――タイムリミットはあっけなく訪れた。

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