容赦ないなこいつら……

 ここ最近、俺の周りは色々と騒がしいことが立て続けに起こっている。

 雪菜とアリサ以外の『ディメンション・スターズ!』メンバーとの立て続けの邂逅。

 ユキちゃんとの契約に加え、ルリとの約束までしてしまったこともあり、やることが大分増えている。

 働きたくない俺にとっては甚だ遺憾なことではあるが、それ自体は別にいい。

 俺にとって大事なのは、将来働かずに済む生活を手に入れることにある。

 高校生である今は多少の苦労には目を瞑り、未来へ向けた選択肢を広げることを優先するべきだ。

 そんなことを考えていると、 気付けば間近にサッカーボールが迫っていた。


「おっと、あぶね」


 軽く胸でトラップして勢いを殺し、足元に落とす。


「んでシュートっと」


 間髪入れずに蹴り込むと、ボールはそのまま相手ゴールに吸い込まれる。

 一応キーパーもいたが、突っ立ったまま反応すらしていない。

 俺のシュートが鋭かったからと言いたいところだが、あれは単にやる気の問題だろうな。

 確かに学校の授業で怪我をするのも馬鹿らしいし、そこまで頑張る必要もないから気持ちは分かる。


「クズ原、ナイッシュー!」


「無駄な運動神経、流石だぜ! いいぞー、クズ原!」


 褒めてるのか貶してるのか分からない微妙な声掛けに手を振り返し、俺は軽く辺りを見回した。


(C組は特にやる気ナシ、か。こりゃ本番も警戒する必要はなさそうだな)


 現在俺たちは体育の授業中、それも二年C組との合同体育である。

 球技大会前の練習も兼ねており、男子たちはグラウンドでサッカー、女子は体育館でバレーボールとバスケといった、主に本番を想定した競技が行われている。

 とはいえ、大半の生徒から本番さながらの意気込みなどは感じられない。

 大抵がダラダラとボールを追っかけるだけで、まともにサッカーをする気がないのは明らかだ。


「ま、やる気がないなら別にいいんだけどな」

 

 当日の組み合わせ次第ではあるが、その分こっちが楽を出来る可能性が上がるわけだ。

 文句を言うつもりは全くない。


「いやー、しかし球技大会とかだるいよな」


「ははは。だな、俺たちもやる気全くないよ。勝つ気なんて一切ないし、全試合一回戦負けが目標なんだ」


「それはそれですごいな。その割にスローガンがやたら物騒だったけど。『見敵必殺』だっけ?」


「ははは。それじゃんけんで負けた葛原が勝手に決めたんだよ。深い意味なんてないから、お前らのクラスは気にしなくていいぞ」


「あと気になったんだけど、なんでお前ら包帯まみれなの? キーパーやってる後藤なんて青あざまみれじゃん」


「ははは。実は俺たち転んじゃってさ。何の問題もないから、お前らのクラスは気にしなくていいぞ」


「お、おう……お前らのクラスの目がほぼ全員キマッてるのが凄く気になるけど、そういうなら気にしないでおくよ……」


 フィールドのあちこちで会話が交わされているのが聞こえてくるが、どいつも適当に流しているようだ。

 事前に情報は流さないよう言いつけているから、そこら辺の心配は特にしていない。

 漏らしたやつには写真を渡さないと通達しておけば、『ダメンズ』大好きなやつらの統制は簡単にとれるから楽なもんだ。

 逆に俺たちがやる気がないことを見せることで、相手からの印象を操作することが狙いだった。

 女子のほうは一之瀬に監視を任せているし、男子以上にそこらへんはシビアだろうから問題はないだろう。


(とはいえ、ちょっと気になると言えば気になるか)


 別に疑ってるわけじゃない。単純にどんな感じでプレイしているのかという純粋な興味が湧いたのだ。

 都合よく試合が終わり、休憩に入ったことで俺はグラウンドを離れ、ひとり体育館へと向かう。

 女子が何の試合をやっているかは分かっていないが、近づくにつれなにが起きているのかをすぐに察する。

 なにせ体育館の入り口付近には、既に多くの男子生徒の姿があったからだ。

 その表情は喜色にまみれており、誰がコートに立っているのかはそれだけで分かるというものだ。


「ちょいと失礼」


 男子の群れをかき分けるように前に進むと、彼らは一瞬むっとした顔をするも、俺だと分かればあっさりと道を譲ってくれた。

 そうしてあっという間に先頭へとたどり着き、俺はコートへ目を向ける。


「アリサちゃん、パス!」


「ナイス、雪菜! それっと!」


 ナイスタイミングというべきか、そこには雪菜からのパスを受け取り、宙を飛んで華麗にシュートを決めるアリサの姿があった。

 アリサの手を離れたバスケットボールが弧を描き、ゴールへ吸い込まれていく。


「やったね、アリサちゃん」


「うん。久しぶりだったけど、まだまだ鈍っていないみたい」


 雪菜とハイタッチを交わしながら、嬉しそうな表情を浮かべるアリサ。

 元々運動神経は抜群な二人だが、アイドルとして日頃からレッスンをしていることもあるのだろう。動きのキレが明らかに違った。


「ナイス、アリサ! 調子いいじゃん」


「かと言って、調子に乗りすぎては駄目ですよ。言っておきますが、シュートを決めてる回数はわたしのほうが多いので。バスケでアイドルがメイドに勝てるとは思わないことです」


 笑みを浮かべるたまきと、何故か敵愾心を燃やしているらしい一之瀬。

 この二人もバスケのメンバーだ。


「コヒュー……コヒュー……さ、流石ですわアリサ様。それでこそ我が最推しの一人。その眩しすぎる後ろ姿と、ジャンプした際に若干見えた腰回りの肌、この目にしっかり焼き付けましてよ……コヒュー」


 そして最後にコートの後方で今にも死にそうな表情を浮かべている伊集院。

 彼女たちが、球技大会における女子バスケのメンバーである。

 クラスでも特に運動神経に自信のあるやつを選んだつもりだが、約一名について触れるまい。

 スポンサー枠というか特別枠というか。とにかくどうしても『ダメンズ』と同じコートに立って優勝に貢献したいというお嬢様の要望を聞いた結果である。


「あの、大丈夫? 伊集院さん。顔真っ青だよ」


「やっぱり一人でフルコートを守るなんて無茶じゃない? ハーフコートでも結構しんどいのに走り回ってるし、それだと絶対持たないわよ」


 死の淵一歩手前にいる金髪お嬢様に、雪菜とアリサが心配そうに声をかけた。

 如何にストーカー染みた執念を持った変人ファンとはいえ、同じコートに立っている以上、流石に気にかけざるを得なかったのだろう。

 雪菜たちに話しかけられた伊集院はにへらと気味の悪い笑みを浮かべると、


「ふ、ふへへへ。お、推しの女神二人がわたくしのことを心配してくださっている……これは夢? ああ、ヴァルハラはここにあったのですね……」


「全然問題ないし大丈夫だと言っています。わたくしのことは気にせずガンガンいこうぜとのことです。望み通り、お嬢様を使い潰して勝利の栄光を掴みましょう」


 相変わらずの無表情で伊集院の言葉を翻訳する一之瀬だったが、その翻訳は大分ミスってると思う。

 主の魂がどこかに飛んでるのをいいことに、好き勝手なことを言ってる辺り、やはり一之瀬は相当フリーダムなメイドさんだ。敵には回したくないものである。

 

「あの、ボク交代しよっか? 一応本番でも控えだし、伊集院さんをあまり無理させても良くないよ」


 そんな中、おずおずと手を挙げているのは、ボクっ娘ギャルの夏純紫苑だった。

 金目当てにVtuberをやってること以外は結構常識人なやつのため、おそらく伊集院のことを心配して……。


「ここで潰れられて球技大会の日に使い物にならなくなれても困るし。全部終わった後ならどうなっても別にいいけど、その前に払うものを払ってもらってやることもやってもらわないとね。チャンネル登録数一万人は増やしてもらわないといけないからさ」


 いや、違った。夏純は夏純でシビアだった。

 金に眩んだ目をしてやがる。思い返せばコイツも大概ロクでもないやつだし、残当っちゃ残当ではあるのだが。


「そうですね、では交代で。ぶっちゃけわたしたち四人で点を取れるので五人目はおまけみたいなものですし、普段は夏純様が入ってもらって強敵と当たった時はお嬢様を投入して潰れ役になってもらいましょう。お嬢様なら多少時間を置けば復活しますし、この戦略で決勝まではいけるかと」


「OK。それでいこう! 優勝のためには尊い犠牲は必要だよね!」


「ウチが言うのもなんだけど、それは楽しそうに話すことじゃないと思う」


 割と鬼畜な戦法を提案する一之瀬と、それに嬉々として同意する夏純。

 俺は猫宮の意見のほうに同意しておこう。


「……ま、こっちは問題なさそうだしいいか」


 勝てるというなら、別にとやかく言うつもりはない。

 伊集院が三途の川を渡らないことを、心の中で祈っておくことにしよう。

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