アンジャッシュかな?
「クズマくん? どうかしたの?」
何も言わなくなかったことを不安に思ったのか、尋ねてくるハルカゼさんだったが、どうかしたかもなにもない。
言いたいことは山ほどあったが、まずは現状について話すべきだろう。伝わるかどうかは分からないが、とにかく良くない状況であることだけは確かだ。
「えっとですねハルカゼさん。大変言いにくいことなんですが……そいつ、明らかにハルカゼさんのことも狙ってると思いますよ」
「へ? わ、私!? なんで!?」
「だってハルカゼさんってチョロ……あまり男性経験なさそうですし。ついでに言い含めて金づるにでもしようとか考えてもおかしくないんじゃないかなーと」
警戒していた相手なのに、ちょっと話したらあっさり気を許して連絡先を交換してくれるとか、向こうからすればカモがネギを背負って来たようなもんだ。
狙わない理由を探す方がむしろ難しいと言える。
「そ、そんな……私なんか狙ってもいいことなんてないのに……」
「とにかく、向こうから連絡きたら気を付けたほうがいいと思います。警戒するに越したことはないんで」
言いながら、そういや俺も今日真白と連絡先を交換していたことを思い出す。
ついでだし、ちょっと連絡しとくかな。ハルカゼさんとの会話を続けながら、俺はこっそりスマホを取り出し操作する。
今度幼馴染たちのことで二人きりで会って話をしたいとでも言っておけば、間違いなく食いついてくるだろう。
それくらいの手応えを、俺はあのポンコツ気味な『ダメンズ』のリーダーから感じていたのだ。
(今日は話せてよかったです。雪菜たちについて色々聞きたいことがあるので、今度二人で食事にでも行きましょう、っと)
無難な内容を打ち込み送信する。そのうち返信が来るだろうから、その時はハルカゼさんとの話は一旦打ち切らないとな……そう思った次の瞬間、
「あ!? き、来たよクズマくん!? 話したそばから、ホントに彼から連絡来ちゃった!?」
「え、マジっすか!?」
なんという偶然。まさかタイミングが被るとは。
ハルカゼさんは驚いていたが、俺も同じくらい驚いているに違いない。
「ちなみに、なんて書いてます?」
「えっと……今度あの子たちのことで話がしたいので、二人きりで会いたいです、だって」
うわ、送信した内容まで俺とほぼ同じじゃねーか。明らかに手馴れてやがる。
俺ほどとはいかなくても、どうやら向こうも相当のやり手らしい。
「クズマくんの言う通りだった……やっぱりあの人、私を騙そうとしてたんだ。信じたかったのに、ひどいよ……」
「ハルカゼさん……」
「やっぱり噂の通りだったんだ。あの子たちのこともきっと……なんて人なの……」
ハルカゼさんは怒っていた。口調からも、その男に対する憤りが伝わってくる。
「なんて言えばいいのか分かりませんけど、その……俺は、俺だけは。いつだってハルカゼさんの味方ですから」
慰めになるかは分からない。だけど、そう声をかけずにはいられなかった。
ただ働きは大嫌いだが、さすがに世話になってる人の危機を見過ごせるほど、俺だって非道な人間じゃあない。
「クズマくん……ありがとう」
「何かあったら、頼って下さい。前も言いましたが、出来るだけ力にはなるんで」
「そう言ってくれるだけで、私には十分だよ。君は、あの人とは全然違うね。誠実で優しくて……」
「そんなことはないですよ。俺なんて全然……」
「謙遜なんてしなくてもいいよ。少なくとも、私はそう思ってるから」
少しはにかみながら、呟くように話すハルカゼさん。
裏切られて辛いはずなのに、気丈に振る舞えるのは素直に凄いと思う。
「いつか、クズマくんに会ってみたいなぁ」
「会ったら幻滅するかもしれませんよ?」
「しないよ、絶対。クズマくんがどんな人であったとしても、私は君のことを……」
最後のほうは声が小さくて、よく聞き取れなかった。
聞き直そうかと思ったが、その前にハルカゼさんが口を開く。
「ねぇクズマくん。この問題が解決したら……私と、会ってくれないかな?」
「オフ会ってことですか?」
「そうなるかな。出来れば二人きりで会いたいの……駄目かな?」
駄目かと言われても、別に断る理由はない。
「別にいいですけど。その時はハルカゼさんをガッカリさせないようにしますね。俺はイケメンなんで多分大丈夫ですけども」
「ふふ。そこはもうちょっと自分を卑下するとこじゃないかな? でもクズマくんらしいか。私も、君をガッカリさせないように精一杯頑張るからね」
そう言って、ハルカゼさんはクスリと笑うのだった。
♢♢♢
「ふぁ~あ」
案の定というべきか、次の日は朝から既に眠かった。
ハルカゼさんと話を詰めていたから当然ではあるのだが、とにかく眠い。
えっちらおっちらふらつきながら、なんとか学校までたどり着いたのは良かったが、そのことで気が緩んだのか一層強い眠気が襲ってくる。
「さっさと教室に行って寝ちまおう……」
こういう時は逆らわず、さっさと眠りについたほうがいい。
三大欲求に勝とうというほうがおこがましいのだ。
一時間目はユキちゃんの授業だし、眠ったところで文句は言うまい。
「ん? あれは……」
そう決めて下駄箱で靴を履き替えていると、見覚えのある姿を見かけた。
名前のように真っ白な髪をした、後ろ姿でも美少女と分かる三年生。真白である。
気付くが早いか、俺の身体はすぐに動きを見せた。急いで靴を履いて後を追う。
「おはようございます、真白さん」
そして背後から挨拶する。
こういうちょっとした日々の積み重ねが信用を生み出すのだ。
ルリは最初から好感度がMAXに近かったが、昨日話した感じでは真白はあそこまでの変人ではなさそうだった。
なら地道に細かく好感度を稼いでいかないとな。
そう考えての行動。しかし……。
「…………」
「あの、真白さん?」
何故か真白は振り向かなかった。それどころか、こちらに一瞥すらくれようとしない。
名前で呼びかけてるし、気付いているはず。なのに、無視している? 何故?
しばし立ち尽くしてしまうが、こちらがぼうっとしているうちに、真白は俺からどんどん距離を離していく。
「ちょ、ちょっと待てって!」
なにかあったのかと思い、慌てて真白の肩を掴んだのだが、
「触らないで」
パッと払いのけられる。それは春風真白からの、明確な拒絶だった。
「あ……」
「ごめんね。私、一応アイドルだから。今度、私の方から連絡するよ。その時は……色々話してもらうから」
どこか軽蔑を含んだ目で俺を一瞥すると、その場を去って行く真白。
これ以上話しかけるなと、言葉以上にその背中が雄弁に語っており、俺は追いかけることも出来なかった。
「……あっれぇー」
なんでだ? まるでさっぱりわからない。
さっきまでの眠気はどこへやら。昨日とは真逆の真白の態度に何の心当たりもない俺は、何故こうなったのかとしばし首を傾げ続けるのだった。
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