ポンコツだこの人……

 春風真白。『ダメンズ』のリーダーとして癖の強い三人をまとめ、ステージの上では常に笑顔を絶やさない優しいお姉さん的ポジション。

 だがプライベートではクールで寡黙。独りでいることを好む孤高の女神……なんてことを聞いていたのだが、今俺の目の前にいるこの真白はなんなんだろう。


「私は影の薄いただのJK……空気のような存在……アイドルなどでは決してない、孤独な存在……あ、言っててなんか涙出そうになってきちゃった。辛い……現実って厳しいね、あはは……」


「…………」


 なんていうか、痛い。

 暗いというか儚いというか、悪い意味で直視し難い痛々しさがこいつにはある。

 出来ればあまり関わりたくないタイプであると俺の本能が訴えているが、そういうわけにはいかないのが悩みどころだ。


「うぅ……じ、じゃあ、そういうことだから。さようなら」


「ちょっと待て」


「あごべっ!」


目を伏せて考え込む俺を尻目に、さり気なく(全然さり気なくではないが)去って行こうとする真白だったが、そんなことでこの俺を誤魔化せるはずもない。

腕を引っ張って引き留めるのだが、その際真白はとてもアイドルとは思えない声をあげていた。


「なにするのっ!? 脱臼しちゃうから! アイドルは繊細なんだからね!」


「あ、ごめん」


 まさかそこまで貧弱だとは思わなかった。雪菜やアリサなら俺一人くらい引きずって監禁しようとしてくるから……。

 

「てか、アイドルって言ってるんじゃん。思い切り自白してるけど、それはいいんすか?」


「……あ」


 指摘すると、Oの字に大きく口を開ける真白。

 やっちまったって顔をしてるが、こっちは正体をとっくに見破ってたから今更すぎる。


「んで、改めて聞きますけど。アイドルが俺に何の用です? 少なくとも、付け回されるようなことをした覚えはないんですけど」


「い、いやだから私は、真白なんかじゃ」


「それはもういいんで。堂々巡りとか時間の無駄ですし、さっさと話してください。それとも、雪菜たちをこの場に呼んだほうが話がしやすいですか?」


 悪あがきをしようと試みる真白の眼前に、俺はスマホを掲げて見せた。

 これまでの行動を振り返ってみるに、おそらく真白は自分のしていることを雪菜たちに話してないし、知られたくもないだろうと踏んでのことだ。

 しばしの間、スマホと俺の顔を交互に見た後、やがて真白は視線を虚空へと向けた。


「……はい、そうです。私は春風真白。『ダメンズ』のリーダーやってます。だから二人には言わないでぇ……」


どうやらついに観念したようだ。その目には光がなく、ちょっと涙が浮かんでいた。

 

「よし、じゃあ真白さん。なんで俺のことをストーカーしていたんですか? ここ最近俺のことをずっと付け回していたのは貴方ですよね?」


「はい、そうです。私がストーカーしてました……理由はその、言えません……」


「じゃあ雪菜に」


「葛原くんが雪菜ちゃんとアリサちゃんにお金を貢がせているという噂を聞いたからですぅ。アイドルが男の子にお金を貢いでるとか、スキャンダル待ったなしだし、何より私の数少ない友達が騙されているようなら見て見ぬフリも出来なくてぇ……」


「……あの、ついでに聞くんですけど、学校では孤高の女神扱いされてるみたいじゃないですか。明らかにそういうキャラしてませんけど、なんかあったんです?」


「女神? あはは……それ、単にクラスの人たちに話しかけるタイミングなくしただけだから。ほら、仕事で忙しいのもあって、自己紹介の機会とかもなくしちゃってね? 知ってるかな、クラスに馴染むのって、最初が肝心なんだよ。それに失敗した私はぼっちになるしかなくて、そうしたら変なキャラ付けされちゃったの。今どき女神扱いとか流行んないし、クラスでそんなことを言われてると恥ずかしいから本読んで無表情を装っていたらその扱いがより強固になっていったっていうかぁ……つらい、本当につらいよ……うぇぇ……」


 ぐすぐすと白状を続ける真白。しかしこの人、大分チョロいというか、とにかく弱いな……。

 聞き出しているこっちがこれでいいのかと不安になってくるくらい、簡単に口を割っていくんだが。

 

「ごめん、クズマくん。せっかく相談乗ってくれたのに、私には無理だったよ……こんなことなら、もっとたくさん話しておけばよかったなぁ。あぁ、きっと私もこれからこの人に好き放題されちゃうんだぁ……」


「あの、ちょっといいですか」


 レ〇プ目でブツブツと独り言を呟いている真白に、俺は声をかけた。

 途端、ギョロリと動いた眼球が俺を捉える。その目はいつぞやのヤンデレ化した雪菜とアリサを彷彿とさせ、若干ビビってしまったのはここだけの秘密だ。

 

「なに? お金? それとも身体が目当てなの? 言っておくけど、私にはもう心に決めた人がいるから君の思い通りには……」


「別にそんなことを要求なんてしませんよ。俺はただ、もう付け回すようなことはやめてほしいと言いたいだけです。そうしてくれたらこの件は俺の胸に仕舞っておきますし、誰にも公言するつもりはありません」


 そう言い切る。もとよりそのつもりだったからだ。

 俺はただストーカーをされているのが嫌だっただけだし、それをやめさせることが目的だった。

 相手によっては説得するのが面倒かもと思っていただけに、真白のように社会的に明確な立場のあるやつで助かったまである。

 

「ほ、ほんと? 本当に、二人には言わないでいてくれるの?」


「ええ。話したところで俺にメリットもありませんしね。そもそも誤解しているようですが、俺は別に幼馴染たちに貢がせてなんていませんし、至って潔白かつ健全な人間なんです。真白さんをどうこうしようだなんて一切考えていませんから、どうか安心してください」


 自分が人畜無害であることをアピールするべく、俺は真白に笑顔を向ける。

 嘘は言ってない。貢がせているのではなく貢いでもらっているのだし、他人に金を恵んでやるくらいには聖人のごとき清らかさを持った高潔な人物であることは疑いようがない事実。

つまりこの俺に落ち度や悪い部分なんて一ミリとてないのである。こんな完璧な人間、他にいるか?

 俺の完璧な爽やかスマイルを見て、真白も一瞬ぽけっと表情を浮かべていたが、やがてぶんぶんと頭を振ると、俺の顔から眼をそらした。


「あ、ありがとう……」


「いえ、いいんですよ。それより、少しお話しませんか? こうして知り合いになれたのも何かの縁ですし、いつか真白さんに雪菜たちについて聞いてみたいと思っていたんですよね」


 俺の言葉におずおずながらコクリと頷く真白。それを見て、俺は安堵する。

これで真白ともなれそうだと。


(ククク……こんな絶好のチャンス逃がすかよ。ここまで会話した限り、どうやら真白は大分チョロそうだからなァ。悪いが、俺の輝かしい未来のために協力してもらうぜぇ)


 美少女は好きだ。だがそれよりも、俺は俺自身がもっともっと大好きなのである。

 

「それじゃあ改めて自己紹介をしましょう。俺は葛原和真。雪菜とアリサの幼馴染をやってます。これからどうかよろしくお願いしますね、真白さん」


 そう言って、俺は手を差し出したのだった。

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