4人目の『ダメンズ』……ですよね?

 球技大会実行委員になることが決まってから、早一週間が過ぎた。

 といっても、別に俺の生活そのものが大きく変わったわけじゃない。

 会議が毎日あるわけじゃないし、面倒なことは猫宮が率先してやってくれるからな。

 曰く、「クズ原は信用出来ないから大事なことは任せられない」らしいが、こっちとしては大助かりだ。

 面倒事が嫌いな俺の性分からすれば、ひとりで仕事をこなしてくれる猫宮は実に有難い存在である。

 そんなわけで、俺は普通の学生生活を今日も満喫出来ているというわけなのだが、


「……またか」


 人に見られている気配を感じ、背後を振り返る。

 そこには誰も姿も見えない廊下が続いている。だが、そんなはずがないことを俺は知っていた。

 なんせここしばらく、ずっとこんなことを繰り返しているのだから。


「誰だか知らないが、付け回すなんて趣味の悪いやつもいたもんだ」


 男なんてストーカーして、何が楽しいんだか。たまに視線を感じない日もあるっちゃあるが、そのことがかえって不気味だ。

 どうせすぐやめるだろうと思って放置していたが、全くやめる気配がない。

 

「面倒だけど、仕方ないな」


 このままだと埒が明かないし、少々古典的だが罠にかけてみるとしよう。

 そう思い、多少早足で廊下を歩くと、俺の変化を察知したのか、背後の気配も動きを見せた。

 コツコツと足音を立てる俺とは反対に、ほぼ無音ではあったが確かにつけてきているのを感じる。

 つかず離れずの位置関係を調整しながら、俺は廊下の角を曲がった。

 そこで停止し、しばし待つ。やがて気配が近づいてきたところで、俺は角から飛び出した。


「ほい、つっかまえたっと」


「えっ、きゃっ!?」


 完全に油断していたのだろう。そいつは俺の行動に反応することが出来なかったようだ。

 逃がさないよう、腕を掴む。


「この前から俺を付け回していたのはお前か? 何の用だ。ストーカーされるのも面倒だし、目的があるならさっさと言ってもらえると助かるんだが」


 掴んだ腕の細さ。そして視界に入った制服を押し上げる大きな胸と黒のスカート。

 どうやらストーカーは女子であるらしい。ますます物好きだなと思いながら、俺はストーカーの顔へと目を向ける。


「ひ、ひぇぇぇぇ」


「ん?」


 怯えて情けない声をあげるその女子に、俺はなんとなく見覚えがあった。

 人目を惹く特徴的な白い髪。顔立ちは非常に整っており、アイドルをやっている幼馴染たちに勝るとも劣らない。

 胸の大きさは、アリサ以上じゃないだろうか。正面から見るとめちゃくちゃデカい。超デカい。

 

「や、やややややめてください。わ、私、お金なんて持ってるけど持ってないんですぅ!」


 だがそれよりも、そいつはまずテンパっていた。

 菫色の瞳をぐるぐると渦巻かせているさまはいつかの夏純を彷彿とさせるが、挙動不審の度合いではこちらのほうが明らかに上だ。

 とんでもない美少女なのに男慣れ……というか、そもそも人に慣れている感じがあまりしない。


「えっと、お前は……」


「私は怪しい者じゃないです! 全然! どこにでもいるモブですから! ただの暗い陰キャ女子ですから! だから離して! スキャンダルになったら私の立場がますますなくなっちゃうからああああああ!!!」


 すごい抵抗を見せる女子だったが、悲しいかな。その力はひどく弱かった。

 本人的には間違いなく必死なのだろうけど、腕一本で余裕で掴んでいられるくらいにはパワーがない。か弱い生き物というワードがしっくりくる貧弱さである。


「あの、ちょっといいか? 聞きたいことがあるんだけど」


「私にはないです! あるけど今この瞬間になくなりました! ゴメン、クズマくん! お姉さんはやっぱりむぅりぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


「いや、そんなに騒がなくても。別に取って食おうというわけじゃないし……」


「やっぱり私も食い物にするつもりなんだ! やめて! 私おっぱいが大きいだけなんです! それ以外は取り柄も特にない三人に比べて地味な駄目人間だから! あ、でもやっぱりあの子たちに手を出すのはやめて! 私はどうなっても良くないけど、とにかくやめてくださいお願いしますぅぅぅぅ!!!」


「…………ええっと」


 なんだろう、この人。

 やたら騒がしいが、俺のことを犯罪者かなにかだと思っているんじゃないだろうか。

 

「あのさ、俺は君をどうこうしようとか……」


 考えていないと続けようとして、ふと気付く。


(こいつ、制服のリボンが青だ。てことは、三年生か?)


 うちの学校はリボンの色で学年分けがされている。

 一年は緑、二年は赤、三年は青といった具合だが、このストーカーのリボンの色は三年生。つまり俺より年上であることを示している。

 加えてこの真っ白な髪に大きな胸。そして見覚えのあるアイドル並の容姿と、ここまでくればヒントにしてもあまりに揃いすぎているというものだ。


「お前、もしかしてマシロか? 『ダメンズ』の春風真白だよな?」


「…………!」


 俺の問いかけに、全身をビクリと震わせる真白。掴んでいる腕からも彼女が動揺していることがハッキリと伝わってくる。

 どうやらというかやはりというか。俺をストーカーしていた女は、どうやら真白で間違いないらしい。


「あの真白が、なんで俺のことを付け回すなんてことを……」


「ご、誤解なの!」


「え、誤解?」


 この状況で、誤解もなにもあるか?


「わ、私はアイドルの春風真白なんかじゃないの! えっと……そう、私はただの通りすがりのどこにでもいる陰キャJK。ハルカーゼ・マーシロだから!!」


 疑問符を浮かべる俺に、推定春風真白は妙なポーズを決めながら否定してくるのだった。


「えー……」


 いや、無理があるだろ、それは。

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