ほんと口は上手いなこいつ……
「やるぞ! 俺はやってやるぞぉっ! MVPになってやらぁっ!!!」
「大会で終わってもいい。だから、ありったけを……」
「あ、もしもし母さん? うん、俺球技大会の日まで学校休むよ。修行しなくちゃいけなくなったんだ。え、なに言ってんだって? うるせぇ! こっちは人生かかってんだよ!!」
うんうん、やる気があって大変よろしい。
クラスの男たちの目は爛々とした怪しい光を帯びており、勝利という名の血に飢えた肉食獣へと早変わりしていた。
さっきまでの草食系ドルオタ男子とは大違いだ。戦う男ってのはこうじゃないとなあ。うん、いいことだ。
「うわあ……ボクドンビッキ。男子ってやっぱり馬鹿だね……現金こそが正義なのに」
「あはー。やっぱこのクラスって終わってるねー。クズ原くん以外もダメ人間ばっかりだー」
「偏差値が足りていないわね。私くらいに七十もないから、欲望なんかに負けるのよ。私は学習能力も高いから、あんなふうにはならないわ。ええ決して」
一方、女子は冷めていた。
まぁそりゃそうだろう。誰もかれもが伊集院のように『ダメンズ』命の女の子ばかりじゃないからな。
密かにやる気を燃やしている女子も中にはいるようだが、大半は男子のノリについていく気がない生徒ばかりだ。
(フッ……まあこんなのは想定の内だけどな)
当然、こうなることは読めていた。
『ダメンズ』は女性アイドルだし、いくらちょっとえっちな写真をエサにしようが限界がある。
だが、その写真が貰えるのはあくまで優勝あるいはMVPを取ったらの話だ。そうでなければ、参加賞のネコミミメイドのみで終わる。
それで良しとするやつだって中にはいるだろう。
個人の力には限界があるからな。周りのやつにやる気がなければ優勝に届かない可能性だって高い。
(だけど、お前は違うよな。伊集院?)
お宝写真発言以降、沈黙を保ち続けるお嬢様へと目を向ける。
下を向いて俯く伊集院が今、なにを考えているか、俺には手に取るように分かった。
「ま、男子はあんなノリだけど。ボクたちは適当にやるのが一番……」
「――――百万」
だからそう。ぽつりと呟いた言葉にだって、驚きはしない。
「参加賞のネコミミメイド写真を百万。優勝した際に手に入る写真は一千万。MVPの商品には小切手を渡しましょう。わたくしが全て買い取ります。お金に糸目をつけるつもりはございません」
「え……? ひゃ、百万?」
「い、伊集院さん。私たちは、お金なんかじゃ釣られ……」
「黒磯」
女子が言い終わるより先に、指をパチンと弾く伊集院。
するとすぐさま黒服の大男が教室へと現れる。両手には厚みのある冊子を大量に抱えており、無言で女子生徒たちの机へとそれを一冊ずつ置いていった。
「終わりました、お嬢様」
「ご苦労、黒磯。あとは下がってよろしくてよ」
伊集院の言葉に深々と礼をすると、すぐさま立ち去っていく黒服。
いつかのように、風のような素早さだった。残った生徒たちには困惑が残されたが、それはそれというやつだろう。
「あの、伊集院さん。これは……」
「我が伊集院財閥で販売している商品のカタログですわ。皆様はあまり手に取る機会もないかもしれませんが、海外旅行からブランド品。自家用車等、あらゆる商品を取りそろえているつもりです。どうぞご吟味ください……クラスが優勝した暁には、その中の商品を各自一点。無料で進呈致しますわ」
伊集院が言い終えた途端、ざわつく女子たち。
反応は様々だが、その喧騒は先ほどの男子たちの熱狂に勝るとも劣らない。
「随分大盤振る舞いするじゃないか。本気だな伊集院……でも、まだこれだけじゃないんだろう?」
「当然ですわね。わたくしは伊集院家の後継者、伊集院麗華。目指すからには勝利を確実なものにします。最新の練習施設も用意致しますし、戦略から分析、各種目のトレーナーといった、精鋭を集めたプロチームも結成致しますわ。『ダメンズ』のコスプレ写真には、その価値がありまくりますからね。フフフフ」
「ふむ、流石だ。だが、他にもまだあるよな? 例えば打ち上げ場所はどうする? 優勝は当然のことだが、『ダメンズ』も参加するというのにファミレスでやろうとなんて、まさか言い出さないよなァ?」
ここまででも十分ではあるが、最後の一手を俺は打つ。
伊集院のプライドを刺激し、更なる言質を引き出すためだ。
お客にドンペリを頼むホストの気分になりながら伊集院を煽ると、やつはすぐに俺の期待に応えてくれた。
「フッ……当然。打ち上げは盛大に行いますわ。我が伊集院財閥が誇る豪華客船による、一泊二日のナイトクルージング。船内には劇場やプール、遊技場等全て取りそろえております。優勝の記念の花火も打ち上げますし、盛大にお祝いいたしますわ! 夢のようなひと時を過ごせること、伊集院の名に賭けて誓いましょう!」
『おおおおおおおおおおおおお!!!!!』
伊集院の提案に、クラスのボルテージはうなぎ登りだ。
女子も含めて目の輝きがもはや尋常ではないレベルに至っている。
優勝の二文字しか、もはや彼らの目には映っていない。そのことに満足しながら、俺は雪菜とアリサに話しかける。
「と、いうわけだ二人とも。これでもう分かってくれたよな?」
「え、と……」
「どういうこと……? アタシたちのコスプレ写真が報酬に使われたってことくらいしか分かんないんだけど」
言われた通り事の推移を見守ってくれていた二人は俺の言葉にキョトンとしていた。
どうやらまだ呑み込めていないようだ。
「つまり、これはお前たちに捧げるプレゼントだってことだよ。日頃俺のために頑張ってくれている二人に、何かを恩返しをしたいと常々思っていたんだ」
勿論これは噓である。
いや、感謝の気持ちがないわけではないんだよ?
それはそれとして、お金を受け取るのは幼馴染として正当な権利だと思ってるし、伊集院の提案が俺にとってめちゃくちゃ都合が良かったので、全力で乗っかるというだけの話だ。
「カズくん……!」
「和真……!」
「俺の力でこのクラスを必ず優勝へと導く。そして、二人に豪華客船のナイトクルージングをプレゼントするよ。夏には少し早いけどプール施設もあるようだから、ナイトプールっていうのもいいかもな。俺からのプレゼント、受け取ってくれるか?」
「「うん、勿論!! ありがとう、カズくん(和真)!!!」」
「フフフ、いいのさ。お礼なんて。俺は当然のことをしただけなんだからな」
ふぃー、上手くいったぜ。
満面の笑みを浮かべる二人を見ながら、俺もまた微笑むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます