今、なんでもするって言ったよね?

「ぐすっ、ひぐっ、えっぐ……」


「それでどうしたのユキちゃん。助けてっていきなり言われたけど、俺にどうして欲しいのさ」


 室内に担任教師のぐずる声だけが響いている。

 今俺達がいる場所は、学校の進路相談室だ。突然廊下でユキちゃんに掴まり、そのまま泣かれてしまったために、外聞の悪さを気にして急いで駆け込んだのがここだった。

 二年生に上がったばかりということもあり、これまで入ったことがない部屋ではあったが、まさかこんな形でお世話になるとは……人生というのは、つくづく分からないものである。


「あ、あのね。ひどいのよあのハゲ教頭。私のことをいじめるの。貴方はクラスを全然まとめることが出来ていませんねとか、うちのクラスがやたら騒がしいと他のクラスからクレームが来ているんですがとか、色々言ってくるのよぅっ!」


 そんなわけで仕方なくユキちゃんの話に耳を傾けていたのだが、彼女の口から出てくるのは俺からすればしょうもない愚痴ばかり。

 ぶっちゃけ聞いていても俺には何の得もない。むしろげんなりするばかりで、働きたくないという意欲を高めるだけでしかなかった。

 そもそも生徒にこんなことを言われても困るという気持ちがふつふつと湧きあがってくる。


「こんなのパワハラよっ! 教育委員会に訴えれば確実に勝てるわ! 葛原くんもそう思うでしょ!?」


「うん、そうだね。じゃあ訴えればいいんじゃない? 教頭クビに出来るしスッキリするじゃん」


「そんなこと出来るわけないでしょ!? 私、まだ教師になったばかりなのよっ!? そんなことしたら周りの先生達から白い目で見られて居場所がなくなっちゃうじゃない! 今でさえちょっと敬遠されつつあるのに、これ以上孤立したら先生耐えられないわよぅ!」


 適当に肯定してあげてもこれである。

 今のユキちゃんはとにかく感情を吐き出したいだけのようだ。

 気持ちは分からないでもないが、聞かされているこっちとしてははた迷惑極まりない。

 

「はぁ。とりあえずユキちゃんが追い詰められているのは分かったよ」


 このままではキリがないと判断し、さっさと話を切り上げにかかるのだが、ユキちゃんは空気を読んでくれなかった。

 俺の反応に何を見出したのかは不明だが、グイっと身を乗り出してくる。


「分かってくれた!? じゃあ協力してくれるわよね!?」


「協力ぅ? 何を?」


「勿論、教頭をギャフンと言わせる協力よ! うちのクラスは問題児ばかりだけど、特に伊集院さんは話を聞いてくれないもの。葛原くんなら彼女をなんとか出来るでしょうし、他の生徒だって君には一目置いてるものっ! 先生にその力を貸して欲しいのっ! お願い!」

 

 言いながら頭を下げてくるユキちゃんだったが、そのお願いとやらは俺にとってめちゃくちゃ聞きたくない部類のものだった。


「ええ……マジで? 俺がぁ? クラスをまとめろってこと?」


 特に伊集院の名前を耳にした途端、自分でも露骨にテンションが下がったのが分かる。

 ただでさえ面倒事はゴメンだと思っているのに、相手が面倒の権化のような伊集院相手では猶更だ。


「お願い葛原くんっ! 君だけが頼りなのっ! うちのクラスはやれば出来るってことを見せつけたいのっ!」


 んなこと言われても、ぶっちゃけ嫌だ。めちゃくちゃ嫌だ。

 なんでこの俺がそんなことせにゃならんのだ。無理。やりたくないことは、俺は絶対したくない。はい決定。


「悪いけどユキちゃん、力になるのは無理……」


 丁重に断りを入れるべく、半ばうんざりしながら口を開き、

 


「お願いを聞いてくれたら、先生は君の言うことなんでも聞くからぁっ!」



 その言葉を聞いた途端、俺の身体は静止した。

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