こいつ、自分が好きすぎる……
六月が近づきつつある日のとある朝。
二年D組の教室はざわついていた。といっても、そのこと自体はさほど珍しいことじゃない。
元々D組には『ディメンション・スターズ』、通称『ダメンズ』と呼ばれる人気アイドルグループのメンバーが二人も在籍していることもあり、彼女たちのファンがとりわけ多いクラスである。
そのためか、クラスでは男子生徒を中心に常に『ダメンズ』が話題にあがっており、話のネタも尽きることがない。
女子は女子でそんな男子たちをどこか冷めた目で見ながらも、自分たちのクラスに芸能人がいることにどこか優越感を抱いているフシがあり、やはり『ダメンズ』について話していることが多いようだ。
そのことは俺としても嬉しいことだし、何も言うつもりもないのだが、今日彼らの間で挙げられている話題は、いつもとは少し違ったものだった。
「なぁ、今日って確か、球技大会の種目決めがあるんだっけ」
「あと大会委員も決めるんだってさ。面倒だよなぁ。雪菜ちゃんたちにいいとこ見せたさはあるけど、正直だるいぜ」
「ま、去年みたく適当なとこでさっさと負けようぜ。友達が視聴覚室で『ダメンズ』のライブ上映会やる企画立ててるからさ」
「マジで!? いいねぇ。俺もそれに参加するわ! 楽しみが出来たな!」
…………うん。見事なまでにやる気がないっすね、これは。
(なんとなく察してはいたけど、ここまでとはなぁ)
六月の初めに行われる球技大会。
その種目と大会委員を朝のHRで決めることになっているのだが、クラスメイト達からはやる気の欠片すら感じることが出来ない。
誰も彼もが遅くきた五月病にかかったかのようにだるそうにしている。これはユキちゃんが嘆くのも納得だ。
「こいつらをやる気にさせないと駄目とか、骨が折れそうだな……」
一応手を考えていないわけではないのだが、クラスのダメっぷりを目の当たりにして思わずため息をついていると、
「ねぇカズくんカズくん」
「ん?」
不意にちょいちょいと、横から腕をつつかれる。
なんだろうと横を向くと、一人の女子が俺のことを心配そうな目で見つめているではないか。
「なんだ雪菜。俺の顔になにか付いているのか?」
その女の子、小鳥遊雪菜に俺は事もなげに声をかけた。
雪菜は俺の幼馴染であり、今更取り繕うような相手でもない。
俺の問いかけに雪菜は「ううん」と小さく首を振ると、
「ただ、さっきからなにか考え事してるみたいで気になったの。もしかしてお腹とか痛かったりする? それなら私、保健室まで着いてくよ? 大丈夫?」
「え、俺そんなしんどそうに見えたの?」
「うん」
頷く雪菜。
無論俺はどこも痛くなどないのだが、どうやら暗い顔をしていたことで雪菜は不安に思ってしまったようだ。
「大丈夫だって。俺がこう見えて風邪一つ引いたことがない健康優良児だってことは知ってるだろ? ただちょっとテンション下がってただけだよ」
「そうなの? それなら……」
「良くはないわよ。それ、どうせ遅くまでゲームしてたからって理由でしょ?」
ギィっという音とともに、今度は前の席の女子が俺へと振り返りながら、呆れた顔を向けてくる。
俺のもう一人の幼馴染である月城アリサだ。日本人ではあり得ない銀の色を帯びた髪がふわりと揺れるが、視線はまっすぐ俺を捉えて離さない。
心配性なところのある雪菜と違い、アリサのほうは傍から体調の心配などしていなかったようである。
「なんだよアリサ。俺の言ってることを疑ってるのか?」
「そりゃそうでしょ。アンタのこれまでの行動を自分の胸に手を当ててじっくり考えてみなさい」
「む……」
若干辛辣な物言いにむっとくるものはあったが、とりあえずアリサに言われた通り、俺は自分の胸に手を当ててみた。
シャツ越しにドクドクと脈打つ心臓の鼓動がかすかに伝わってくるが、ただそれだけである。
(特に思い当たることは何もないが、それはそれとして、俺は今生きているんだな)
あぁ、生きてるって素晴らしい。
俺はこの世に産まれ落ちた瞬間から勝ち組になることを神に約束された男ではあるが、こうして生を実感できると自然と感謝の念が湧いてくるな。
例えば周りのクラスメイト達なんて、学校を卒業すればそのうち嫌でも社会に出て働かなければいけなくなるという生き地獄を体感することになるが、俺にはそんな心配は無用だ。
二人の幼馴染が生涯養ってくれることは既に確定しているし、最近は雪菜とアリサ以外にも俺を養ってくれると言ってくれる女の子たちがチラホラと現れている。
これを神に愛されている以外になんと言えばいいんだ?
そう、俺こそは勝ち組の体現者。謂わば約束された勝利のニートなのである。
「俺ってなんて罪な男なんだろう……」
ごめんな、皆。働かなくていい男に生まれてしまって、ほんとごめん。
思わず心の中で詫びをいれてしまうあたり、俺ってば人間すらも出来ているんだから困ったもんだ。
欠点というものが見つからない。まさに完璧超人と言っても差し支えないだろう。自分で自分が怖くなりそうだ……。
「ねぇ雪菜。和真が完全に自分の世界に入っているんだけど、あれ放っておいていいのかしら?」
「いいんじゃないかな。元気そうで安心したよ。自分大好きなカズくんも可愛いよね」
「さすがにあたしでもその感想は出ないわよ……雪菜って、いろんな意味で強いわよね」
「そう? 私はカズくんが幸せならそれでいいからかなあ」
幼馴染ふたりの会話が聞こえてきている気がするが、それは今は気にならない。
ただ、俺は自分の内面と向き合い自分自身の素晴らしさを確かめることに夢中なのだ。
「ハァ、ハァ。ハァ、ハァ」
そう、目を瞑ればこんなに激しい息遣いも鮮明に感じ取れ……ん? 息遣い?
「尊い……尊すぎですわ。『ダメンズ』お二人の生会話……ファンなら感涙し鼻血を垂れ流すこと間違いなしのアイドルトークを、こんなに間近で聴けるなんて……!」
「…………」
違和感を感じふと目を開けて横を見ると、そこには不審者がいた。
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