おさドル二巻発売記念特別SS とある日のバニーガール

「カズくん、これどう? 似合う?」


「おお、似合ってる! 実に素晴らしいぞ、雪菜!」

 

 それはとある日のこと。俺の家に雪菜がいきなりやってきた。

 そのこと自体は別に珍しいことじゃない。一人暮らしの俺を心配して、アリサと一緒に料理を作ってくれたり家事をしてくれることはよくあることだからだ。

 アイドルをしながら面倒を見てくれていることには素直に感謝している。これでヤンデレでなければもっといいんだが……まぁこればっかりは言っても仕方ないだろう。

 それよりも、もっと重要な光景が今は目の前に広がっているのだから。


「やっぱり雪菜は黒のバニー衣装が良く似合うな……」


「えへへー」


 うんうんと頷く俺と、嬉しそうに頬を緩ませる雪菜。

 そう、今俺の前にいる雪菜は、バニーガールとなっているのだ。

 黒のバニースーツに身を包み、白のウサミミにネクタイ。お尻のしっぽと、誰が見ても立派なバニーさんだ。

 それを現役アイドルが着ているというのだから、魅力も桁違いというものである。

 ぶっちゃけ幼馴染として長年接してきた俺の目からしても今の雪菜は非常に眼福ものだ。

 しかもわざわざ自分で買ってきてくれたとか、幼馴染冥利に尽きるというものである。


「俺に見せるために買ってくれたとか、雪菜はホント俺のことが好きなんだな」


「当然だよ。カズくんのためなら、私どんな衣装だって見せちゃうよ!」


「ほほう!」


 それは嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 ならちょっとえっちな衣装もOKってことでは? いや、バニー衣装も十二分にえっちではあるんだが。

 人の欲望は無限大なので、つい色々考えてしまうのも仕方ないことだ。俺だって健全極まる男子高校生だしな。普通にそういうことに興味はある。


「な、なんならこの下だって見せても……」


「いや、それはいい」


 恥ずかしそうに衣装に手をかけかけた雪菜に、俺はストップをかけた。

 その先はダメだ。いろんな意味でダメなのだ。


「えー、カズくんってそういうのに興味ないの?」


「いや、ある。あるにはあるんだが、とにかくダメだ」


 なんていうか、見たくないわけでは断じてないのだが、見たら最後というか。

 俺にとってのバッドエンドに直行する気配がプンプンする。


「別に私はいいよ? カズくんになら、私の全部を見せたって……」


「今はその気持ちだけ受け取らせてもらう。ほら、そういうのってまだ俺達には早いと思うし……」


 言っててなんだが、このセリフは明らかに男女が逆だ。

 男の俺が言うセリフでは断じてない。


「えー。私はいつでもOKなのにー」


「アイドルがそういうこというんじゃない。だいたい、今はアリサだっていないだろ? 抜け駆けはよくないんじゃないかなって、俺は思うな」


「カズくん、普通に最低のこと言ってるってわかってる? それ、女の子の前で言う言葉じゃ絶対ないよ」


 うん、それは自分でもなんとなく分かる。

 だが仕方ないんだ。この場の最適解とは引き延ばすことなのだ。俺だって命が、そして自由が惜しい。そのためなら、俺は最低な男を演じる覚悟がある。


「いやだってほら。俺にとってはアリサも同じくらい大事な幼馴染だからさ。ふたりとも大切だから、優劣なんてつけられないんだよ。だからさ、ここはひとつ穏便に……」


「分かった。じゃあ今からアリサちゃん呼ぶね」


「え」


 思わず固まる俺に対し、どこから取り出したのかスマホを手に取った雪菜が素早く操作し、耳に当てる。

 

「もしもし、アリサちゃん?」


『雪菜? どうしたの?』


「うん、今暇? 私今カズくんの家にいるんだけど、アリサちゃんが来ればね……」


「ちょっと待ったあああああああああああああああ!!!!」


 俺は全力でダッシュした。

 これはまずい。止めなければ、俺の貞操の危険が危ない。


「その電話をやめ、おわっ!」


「きゃっ!」


 雪菜のスマホに手を伸ばしたのだが、俺はここでひとつやらかした。

 勢いをつけすぎて、そのまま雪菜にぶつかってしまったのだ。

 態勢を崩した俺たちはそのままふたりで崩れ落ちるように倒れ込みかけたのだが、


(あっぶねぇっ)


 咄嗟に雪菜を引き寄せ、かばうように身体の位置を入れ替える。

 アイドルをやっている雪菜に怪我なんてさせるわけにはいかない。雪菜の下敷きになるように抱きかかえ終えた直後、俺は背中ごと床にぶつかる。

 「ぐぇっ!」というヒキガエルのような声が肺から漏れたが、それくらいなら安い代償というものだった。


「カ、カズくん! 大丈夫!」


「お、おう。問題ない。それより、雪菜こそ無事か?」


 心配そうに俺の顔を覗き込んでくる雪菜。

 その瞳は若干潤んでおり、俺のことを心から心配してくれているのがありありと伝わってくる。


「うん。カズくんが守ってくれたから……」


「いや、もとはといえば俺が悪いから。痛い思いさせそうになってごめんな。雪菜。怖かったろ?」


 その顔に傷ひとつないことを確認し、俺は思わず安堵した。どうやら上手くいったようだ。


「ううん。カズくんなら守ってくれるって信じてたから」


「そっか……」


 そのまま雪菜の髪を撫でる。少し気持ちよさそうに目を細める幼馴染を見て、これは大丈夫そうだなと内心安堵しかけたのだが。


『ちょっと、雪菜。いったいどうしたの? なにかあったの!?』


「あ」


 ヤバ、アリサと電話がつながっていたんだっけ。すぐに切らせ……。


「あ、大丈夫だよアリサちゃん。ちょっとカズくんに押し倒されただけだから」


『え』


「ちょっ、おまあああああああああああ!!!!」


 ようとしたのに。電話に向かい、雪菜がとんでもないことを言い放った。


『は、え。ちょ、ちょっとどういう……』


「今は私が上になっているんだけど、カズくんすごく優しくて……ん、いいよ。カズくん。私(の髪)にもっと触って……」


「せ、雪菜!? そんなこと言っちゃまず、いやアリサ。ごか……」


『和真。そこにいるの? 今すぐそっちに行くから。待ってなさい』


 短く言葉を区切りながら電話は切られた。

 残ったのは静寂と、嬉しそうに甘えてくる雪菜。そして絶望の表情を浮かべる俺のみである。


「カズくん♪ 大好きー♪」


(終わったわ、俺の人生……)


 ぎゅーっと抱き着いてくる雪菜を横目に、俺はただ虚無の顔で天井を見上げるのだった。



 なお、なんとか土下座でアリサを説得し、アリサのバニーガール姿を再度拝むことになったのは、また別の話である。

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