エピローグ 年上のお姉さんはダメですか?

――ねぇ、クズマくん。相談に乗ってもらってもいいかな?


そのメッセージが送られてきたのは、夏純関連のいざこざに一段落着き、ユキちゃんに頼まれごとをした日の夜のこと。

いつものように気晴らしのためゲームを起動すると、ハルカゼさんからのメッセージが届いていたのだ。

丁度彼女もログインしていたため、俺たちはそのまま落ち合い、いつものようにチャットアプリを起動した。


「こんばんは、ハルカゼさん」


「こんばんは、クズマくん。急にごめんね?」


「いえ、大丈夫です。相談したいことがあるんですよね? それって、この前悩んでいたことに関係してるんですか?」


 気になったことを聞いてみると、「うん」と小さく頷くハルカゼさん。


「あのね、実は私、リアルだとちょっとしたお仕事をしてたりするの。仲間は癖の強い子も多いけど、結構楽しくやれてるんだ」


「へぇ、それはなによりですが、ハルカゼさんは確か高三でしたよね? 仕事というと、やっぱりアルバイトですか?」


 パッと思い付いたのはコンビニやファミレス等の接客業だが、ちょっとハルカゼさんのイメージからは似つかわしくない。

 綺麗な声を活かして声優なんかをやってるほうが合っている気がする。


「ちょっと違うけど……まぁ、似たようなものだと思ってもらえたらいいかな。とにかくそのお仕事先で、よく一緒にいる子たちがいるんだけど……最近、その子たちについて、良くない噂を耳にしたの」


「噂、ですか」


「そう。その子たちが、ある男の子にお金を貢いでる。そんな噂が、最近私の耳に入ってくるようになったんだ」


「貢がせてる!? 高校生の女の子にですか!?」


「それも、ふたり同時に」


「ふたりぃっ!?」


ハルカゼさんの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

 俺以外にも女の子に貢がせてるやつがいるとは。

しかもひとりでもあれなのに、ふたりからだと!?

 俺は四人の女の子から貢がれてるが、それは俺だから許されることであり、他のやつなら相当にやべーやつでしかない。 

そいつの倫理観どうなってんだ? 


「クズマくんは、こんな男の子をどう思う?」


「いや、どう思うもなにも、最悪ですよそいつ! やってることはとんでもなく最低なクズ野郎じゃないですか!」


 俺のように幼馴染たちがアイドルをやっているわけでもないのに、必死にアルバイトをして稼いだ金を貢がせるなどと……断じて許されるはずがない。

 そんなことが許されるのは、運命の神に愛されたこの俺だけだ。


「良かった、やっぱり男の子の目から見ても、そう思うんだね」


「そりゃあまぁ。というかハルカゼさん。そいつ、絶対なんとかしたほうがいいですよ。せめてハルカゼさんから女の子たちに注意したほうがいいんじゃないです?」


「そうしたいのはやまやまなんだけど、あくまで噂で聞いただけだし、私が直接見たわけでもなくて……」


「本人たちに直接確認するのは気が引ける。だけど噂は気になるからどうしたものかと悩んでる。そんな感じですか?」


「うぅ……」


「ビンゴみたいですね」


どうやら予想は当たったらしい。 

 それはいいんだが、問題はこの後はどうするべきかだ。

噂だというなら証拠もないだろうし、下手に踏み込んだ結果、関係がギクシャクする可能性だってある。

 少しの間悩んだ後、俺はゆっくり口を開く。


「そんなに気になるなら、本人に直接聞けばいいんじゃないですか」


「え、でもあの子たちには……」


「いえ、女の子たちじゃなく、貢がせてるっていう男の方です」


「えぇっ!? そっち!?」


途端、大声で驚くハルカゼさん。


「ちょ、ちょっと待って! それはさすがにハードル高いよ!?」


「仕事仲間に聞けないというなら、男に会って貢がせるのを辞めるよう説得するしかないですよ。それが一番確実ですし」


 無茶は承知の上だが、他に方法はないのもまた事実だ。


「無理無理無理! 私、男の子とふたりきりで話したことなんてないもん!」


「え、そうなんです? それは意外な……」


「握手とか写真撮影なら経験あるけど!」


「いや、なんでそっちはあるんですか」


 思わずツッコミを入れてしまう。

話すよりも握手や写真撮影のほうがよっぽどハードル高いと思うんだが。

 ハルカゼさんって、実は案外天然なのか?


「てか、今こうして俺と話してるじゃないですか。俺だって一応男ですよ」


「クズマくんはいいの! キミは私にとって弟みたいな存在なんだから! 別枠!」


「あ、そ、そうなんですか」


「そうなの!」


 ハッキリ言い切られると返す言葉もないが、俺は男扱いされてないってことなのか……?

聞きたいことは色々あったが、それを聞いていたら話が明後日の方向に行きそうな予感が凄くする。


「まぁそれならそれでいいんですが……とにかく、このまま何もしないでいると、ずっと悩み続けることになりますよ。ハルカゼさんはそれでいいんですか?」

とりあえず話を進めるべく、ハルカゼさんに問いかける。


「それは……良くないけど」


「なら、少しだけ勇気を出してみましょうよ。相談に乗った手前、俺も出来る限り相談に乗りますから」


 辛抱強く説得を続けると、やがてハルカゼさんは折れてくれた。


「うぅ、分かったよ……でも、相談には絶対乗ってもらうからね」


「分かってますって」


 もっとも、今後も俺が彼女の相談に乗るという条件付きではあるが。

 とはいえ、それくらいならお安い御用だ。

 元々そのつもりだったし、アドバイスなら懐が痛むわけでもない。

善行を積むことによって俺の人間ランクが上昇するのだから、総合的にはむしろプラスと言えるだろう。

何事もポジティブに考えられるのが、俺のいいところなのだ。


「はぁ。ステージの上なら、いくらでも勇気を出せるのにぃ……」


「ハルカゼさん、さっきからステージとか写真撮影とか、なんかアイドルみたいなこと言ってますね」


憂鬱そうにため息をつくハルカゼさんを元気付けてあげようと、少し話題を変えてみることにしたのだが……。


「うぇっ!?」


「あれ、なんですかその反応。ちょっとオーバーですよ……あ、ハルカゼさんって実はネットゲーマーは仮の姿で、リアルでは本当にアイドルだったりして……」


「そ、そそそそそんなことないよ! 私なんて、ただの引きこもり気味のゲームオタクだから! ああいうキラキラした世界には縁なんてない人間なの!」


「え、あの、別に本気で言ってるわけじゃないんで、そこまで真に受けなくても……」


「私がこんなふうだからあんな愛称付けられちゃうんだー! 掲示板でも『悪くはないんだけど他の三人に食われ気味』とか『自己主張が薄いよね、ただしおっぱいは除く』みたいな微妙な扱われ方だし! 私一応リーダーなのに! 唯一のお姉さんキャラなのにぃっ!」


「あのー、ハルカゼさん? 俺の話聞いてます?」


「いや、うん。私だってちゃんと分かってるよ? リーダーなのに皆をまとめきれてないし、一番後輩の子には微妙に舐められてる気もするし。でも、肝心なことは聞けないヘタレだから仕方ないよね。最後の締めだけやって仕事してる感は出してるけど、盛り上げるようなことはできてない、後輩任せのダメ人間……それが私。フ、フフフ……」


 なんだろう。暗いオーラを感じる。ストレスが溜まっているのかな?


「あ、あのー。本当に大丈夫ですか……?」


「大丈夫だよ。自分のダメさを再確認してるだけだから……あ、ごめん。ちょっと泣きそうかも。少し話に付き合ってもらっていい?」


 ……こう言われて、断れるやつがいるんだろうか、別の意味で。

 この後、延々とネガティブな愚痴を呟き続けるハルカゼさんに付き合い続け、仕事に対する嫌悪感が倍増しになった俺は、より一層働かない決意を固めるのだった。

 

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