あまり他の子ばかり見ちゃ……ダメだよ?

「つまらない常識になんか縛られるな。それはお前の可能性を狭めるだけだ」


「そ、そう、なのかな……?」


「そうだ、そうに決まってる。俺が言ってるんだから間違いない」


 俺の力強い説得を受け、ようやく風向きが変わってきたようだ。

夏純の瞳に迷いが生まれているのが分かる。実にいい兆候だ。


「ねぇ。あれって洗脳なんじゃ……」


「しっ! 言っちゃダメ! クズ原に目をつけられるわよ!」


 なにやら近くで失礼なことを言ってるやつらがいるようだが、失敬な。

俺は一銭も入らないのに、わざわざこんなことをしたんだぞ。

善意からやっていることなんだから、むしろ褒め称えてもらいたいくらいである。俺、偉い。


「ここまでのことだって、全て夏純のためにやったことだ。謂わばこれは俺なりの、夏純への愛のムチなんだよ」


「あ、あいっ!?」


 ん? 反応するのそこ?

 俺としては違う部分に反応して欲しかったんだが……。ま、いっか。話進められそうだし。


「そう。愛。愛のムチだ。夏純のために振るったの。OK?」


「そ、そうなんだ。そうだったんだ。それって、クズ原くんは実はボクのことを、あ、愛してたり……」


 なにやら顔を赤くして口ごもる夏純。

 いきなり様子がおかしくなってるし、やっぱりなんか勘違いしている気がする。


(とはいえ、ここまで来て話が拗れても面倒だしなぁ)


 あまり時間をかけても余計ややこしくなりそうだったので、俺はとりあえず頷いてみることにした。


「ああ、夏純の思っている通りだ」


「! や、やっぱり! そうだったんだね!」


「うん、そうなんだ」


「つまりボクが一生遊んで暮らせるくらい稼いだら、クズ原くん……ううん、クズっちも、嬉しい。そういうことなんだね!」


「全部夏純の考えてる通りだぞ」


「やっぱり!」


 なにがやっぱりなんだろう。

 よく分からないが、流れに身を任せるようにひたすら肯定し続けてみたのだが、なんかドンドンボルテージが上がっていく様子を見せる夏純。


「なら、ボクはやるよ! やってやる! ボクとクズっちの未来のために!」


「おう、頑張れ! 期待してるぞ!」


 クズっちってなに? なんでいきなりそうなるの?

 そう聞きたくなる自分をグッと押さえ込み、俺は夏純の後押しに徹することにした。

 前のめりになっている今の夏純に、余計なツッコミは野暮というもの。

 こういう時、余計な茶々をいれて冷静になられても逆に困る。

 

「紫苑、アンタって子は……」


 なにやら約一名頭を抱えている女子がいたが、とにもかくにも、やる気になってるのはいいことだ。


「えっと……とりあえず夏純さんに良い事があったみたいだし、とりあえず皆で拍手しておきましょ。これで終わりってことで。ね、いいわよね!?」


 いつの間にか空気と化してたユキちゃんが前に出る。

さっさとこの場を丸く収めたい意図が見え透いていたが、そのことを否定する生徒はいなかった。


「えっと、おめでとー」


「まぁ、頑張って?」


「ボクはやるぞ! 生まれ変わるんだ! お金を稼いで、養ってあげるんだ! やってやる!」


「うんうん、美しい友情だなぁ」


 友人たちに拍手されながら盛り上がる夏純を横目で見ながら、俺は一足先に視聴覚室を後にした。

その行動に深い意味はなく、ただ単に借りていたパソコンを元の場所に戻すためだったのだが――。



「お疲れ様、カズくん」



「………………ほぇ?」


「どうしたの? 気の抜けた声出しちゃって?」


 廊下に静かに響く、クスクスと小さな笑い声。壁にもたれかかるように、この場にいないはずの幼馴染がそこにいた。


「え。せ、雪菜、さん? なんで? 今日はお仕事だったんじゃ?」


「人助けしたんだね。偉いね、カズくん。素敵だったよ、私、ますますカズくんのこと好きになっちゃった」


 俺の言葉を無視するように近づいてくる雪菜。

あの場にはいなかったはずなのに、まるでさっきまでのことを見ていたかのように語る幼馴染に、俺は思わず固まってしまう。


「でも、あまり他の女の子に構ってちゃダメだよ。カズくんは私のカズくんなんだから。今回のことアリサちゃんには黙っててあげるけど、その代わり……」


 動けないままでいる俺の顔に、雪菜はゆっくりと手を当てると、そのままつま先で背伸びをして、


「貸し一つ、だね……」


 そんなことを耳元で囁いてくる。


「ひぇっ……」


「あんまり他の子のこと、見ちゃダメだよ?」


そして離れると、満面の笑みで言ってくる幼馴染に、俺は何とも言えない恐怖を抱き、ぎこちない笑顔を向けるのだった。


…………俺、本当に監禁されないルートはあるんだろうか。



◇◇◇



 ちなみに後日。


「ボクみたいなダメ天使に今日もお金を恵んでくださり、本当にありがとうございます! 下界の皆様のご好意のおかげで今日も生きていけることに感謝感激雨あられ! もうボクの目には皆さんが神にしか見えません! これからもよろしくお願いしますね、えっへへへ!」


 画面の向こうには土下座をしながら媚びた笑みを浮かべる、ひとりの天使の姿があった。

 コメント欄には『ここまで人ってプライド捨てられるものなんだな……』『逆に潔くて好き』『募金して感謝されると思えばまぁいいかな』等、呆れや同情が混じりながらも好意的な書き込みが多く、再生数自体も確実に向上している。

 そのことに深く満足しながら、俺は小さく頷いた。


「うんうん、よくやってるじゃないか。さすが俺だ」


 心を入れ替え、夏純はかつての輝きを取り戻すことに成功した。

 いや、むしろ輝きが増したというべきだろう。

 多くのリスナーに囲まれ、楽しそうに配信する動画も好きだが、こうしてひたすらリスナーの気持ちをよくさせることに特化した動画だって確実に需要はあるのだ。


「そ、それじゃあお金を恵んでくれた皆様にだけ特別に、いつもの配信やっちゃおうかな。皆さんのお金で出来ているボクの身体、今日も見ていってくれると嬉しいなぁ」


『お、待ってました!』


『脱―げ! 脱―げ!』


『今日はどこまで挑戦するの?』


「え、えへへへ。そんなに皆待ってたの? もう、そう急かすなよぉ。今日はお金たくさん貰えたし、人も多いからいつもより大胆にいっちゃおうかなふへへへへ」


 …………まぁ、リスナーに媚びすぎて、ちょっと方向性が変なことになりつつある気もするが。


「そのうち炎上したりしないといいんだけどな……」


 若干の冷や汗をかきながら、俺は夏純が今後も平穏無事に稼ぎ続けられることを祈るのであった。

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