いいんだよ、人として終わったって

「いえーい、いえーい。盛り上がっていこうぜ、いえーい」


「「「…………」」」


「どうしたんだよ皆、カスミンだぞー。皆がボロクソに言ってたVtuberだぞー。生で見る機会なんて滅多にないだろうから、よく目に焼き付けておけよいえーい」


「「「…………」」」


「どうしたー、なんかいえー。いえーい、いえーい……なんか言えよもおおおおおおおおおおお!」


 あ、キレた。夏純さん、ガチギレしておる。


「なんだよこれ! 地獄じゃん! ボク死にたいんだけどもおおおおおお!!!」


「まぁまぁ落ち着け、夏純」


「落ち着けるか! 皆を見なよ! 全員ボクから目をそらしてるじゃん! 明日からボクは針のむしろだよ! クズ原くんは、ボクを退学に追い込みでもしたいの!?」


「んなわけないだろ。俺にはそんなつもりは一切ないぞ」


「じゃあいったいなんで真似をしたんだよ! 言ってみろコラッ!!!」


 今にも掴みかからんばかりに憤る夏純を手で制する。


「そうする必要があったからだ」


「必要? 必要ってなにさ!? ボクのどこに、あんな恥ずかしめを受けなきゃいけない必要があったんだよっ!」


 納得いかない。そう言いたいだろう。


「分からないのか?」


「え?」

「俺はこの前も言っただろうが。お前にはセンスがないって。そのことにお前は納得していなかったようだったからな。話を聞いてもらうために、ちょいと荒療治させてもらったんだよ」


 俺の家で問題点を指摘した時、夏純は真面目に取り合うつもりがなかった。

 あの調子では何度言っても同じだと踏んだために、こうして強制的に分からせる場を作った。

 ただそれだけのことだ。


「荒療治って……そんなことのために、キミはボクを辱めたっていうのか!?」



「端的に言えばそうなるかもな」

「ひどいよっ! 信じてたのに、なんでこんなことをするんだよぅっ! ボクがどれだけ恥ずかしい目にあったか……」


 涙目になりながら迫る夏純。

 普通なら罪悪感に襲われる場面かもしれない。普通なら、だが。


「恥ずかしいことなにがいけないんだ?」


「え?」


「夏純はVtuberとして金を稼ぎたいって言ったよな? それはつまり、多くの人の目に付くことになるということだ」


 あくまで冷静に俺は諭した。

 ひとりの人間がいくら課金したりスパチャを投げようとも限度がある。

 だから世の中には炎上してでも有名になりたいと考え、過激な行動を取るものもいる。

 誰にも知られないまま底辺を彷徨うより、アンチがいてもいいから人気が欲しい……その考え自体は分からないでもない。

 結局のところ、知名度に勝るものなどないのだから。

 ファンをひとりでも増やすために苦心しているという意味では、アイドルもVtuberもそこまで大差はない。


「お前の動画を見た限り、最初の投稿からただでさえ少ない視聴者がさらに減り続けているのは確かだ。起爆剤が必要なのは分かる。だが、そのためには取り戻さなくてはいけないものがある」


「取り戻さなくちゃちゃいけないもの……? なんだよ、それ!? ボクはなにもなくしてなんかいないぞ!」


「そんなことはない。かつてのお前が持っていたものが、確かにあるんだよ」


 論より証拠。俺はスマホを取り出すと、ある動画を再生した。

 それはさっきまで見ていたここ最近の動画とは違い、俺が直接録画していたものだった。


『ウッヒョー! 神! ボクみたいなクズに、天よりの恵みをありがとうございます! 本当にありがとうございますカミサマァッ!!!』


「こ、これは……」


「この頃のお前は、全力で俺に対して媚びていた。俺が投げたスパチャをそりゃあもう嬉しいそうに低姿勢で受け取るもんだから、俺だって気分が良くなったもんだ」


 他人からへりくだられたら気持ちよくなるのは当たり前のことだ。

 自分が良い事をしたという実感が生まれるなら尚の事。


「それが、今はどうだ? 自分から面白いと思わせようとして、つまらない動画を投稿している。これを見て気持ちよくなれるっていうのか? そんなはずないだろ」


 そうハッキリ口にする。


「媚びろ、夏純。お前に出来るのはそれしかない。恥を捨てろ。かつての輝きを取り戻すんだ。俺に媚びていた頃のお前は、もっと輝いていたぞ」


 今の夏純からは、金を恵んでやろうという気になれない。

 そのことを理解してもらう必要があった。


「で、でも。そんなことをしたら、ボクの尊厳が……」


「尊厳? それは、金より価値があるものなのか?」


 反論に即座に切り返す。

 人としての尊厳など、金の前には等しく無意味だ。


「そ、それは。でも尊厳を捨てたら、ボクは人として終わっちゃうよ!」


「いいんだよ、終わったって」


「え……」


「人として終わっても、お前はVtuberとして生きていけるんだ。そこで稼いだ金で、新しい人生を切り開けばいいんだよ」


 人生はレールから外れたら終わりと思っている人は多いが、それは間違いだ。

 人は金さえあればやり直せる。

 誰がなんと言おうと、金を持ってる者が強い。そんなの社会では当たり前の常識であり、この世の真理そのものなのだから。

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