キッツ
再生開始から、数秒後。
画面に映ったのは、笑顔を浮かべたアニメ調のイラストで動く天使だった。
『はーい! お金大好き大天使! エンジェル☆カスミンの動画を見に来てくれてありがとー! まだまだ再生数は少ないけど、下界の下僕どもからお金をたくさ
ん搾取できるよう、カスミン頑張っちゃうからね!』
途端、ぶわりと背中を伝う汗。
冷たいのか熱いのか、それさえよく分からない。
「…………え、なにこれ」
クラスメイトたちのざわつく声と、隣に座っているたまきちゃんの困惑した声が、やたら耳にこびりついた。
『えーとね、今からメントスコーラ飲んじゃいまーす!』
「え、メントス?」
「今時?」
『それもね、なんとタダ飲むんじゃありません! 鼻から飲んじゃいまーっす! スッスッ!』
「鼻て」
「あれってVtuberだよな? 生身じゃないのに、やる意味あるのか?」
「なんでスッって二回言ったし」
次々と耳に入ってくるツッコミの声。
どれもが辛辣で容赦がない。
『いくよ、ボクの頑張りを見て昇天しながらお布施しなさいぐふぉえあっ!!』
「うわぁ……」
「見ててしんどい……つら……」
『あー、失敗しちゃった✩ でも大丈夫! エンジェル☆カスミンはくじけない! 下界の下僕どもから供物を全て吐き出させるその日まで、カスミン頑張っちゃうぞ! ぶいっ!』
やめろ。やめろ、画面の向こうのボク。
頑張りすぎだ。空気が痛いよ。つらいんだけど。
「俺たちはいったい、なにを見せられてるんだ……」
「やべぇ。なんか気力が持ってかれそうだ……」
「朝からこんなん見せられるとか、罰ゲームかな?」
この前は自分から見せると決めてたからまだ心構えが出来てたけど、今のボクは無防備だ。
周りの空気も相まってすごくしんどい。できれば今すぐ逃げ出したかった。
ただボクに分かるのは、ボクには永遠にすら感じられるほどのとんでもない拷問のような時間がさっきまで流れていたという、ただそれだけである。
『お金欲しー。一生遊んで暮らしたーい。あ、ちなみに最初のお金欲しーはカスミンの✩とかけてるから。面白かったでしょ? でしょ? チャンネル登録よろしくね! 炎上だけは絶対嫌な、エンジェル✩カスミンでした! まったねー!』
そのセリフを最後に、ようやく画面はもとの暗さを取り戻した。
真っ暗な画面には、もうなにも写っていないけど、教室の空気だけは動画に取り残されたように暗すぎた。
「以上だ」
クズ原くんが締めの言葉を口にしたけど、だからなんだと言うんだろう。
沈黙する室内で、誰かがポツリと呟いた。
「キッツ」
やめろ。一言マジやめろ。
その一言はボクに効く。
◇◇◇
(ふむ、想定通りの流れになっているな)
短く響いた一言をきっかけに、ざわめきを取り戻した室内を眺めて、俺はひとり満足していた。
「さて。それじゃあ早速アンケートの記入を……「ちょっと待った、クズ原」
次の段階に移ろうとしたところで、待ったが入る。
止めてきたのは、俺を嫌っている猫宮だ。
「なんだ猫宮。どうした」
「どうしたもこうもないでしょ! なんなのあの動画は! 見てるこっちが恥ずかしかったんだけど! 今時メントスコーラはないでしょ! メントスコーラは!」
「ぐふっ」
「そうだねー。あれはどうかと思うよー。時代遅れってレベルじゃないよー。ギャグもつまんなすぎたし、ちょっとした羞恥プレイだったかもー」
「げふっ」
「あの痛い言動で目が冴えちゃったわ。今すぐ慰謝料を請求したいくらいね。貴方とこの動画を作ったカスミンとやらにね。あの人、恥を知らないのかしら」
「うぐぅっ」
「まるでセンスを感じられませんでしたわね。『ダメンズ』の方々には到底及びませんわ! 天使如きが女神に勝てる道理なし! やはり『ダメンズ』こそがナンバーワンなのですわぁっ!」
「ぎゃふんっ!」
立て続けにぶちまけれる、数々の本音。
忖度など一切感じられない、まさにボロクソな評価である。
「ふむふむ、なるほどな。それがお前たちがあの動画を見たことへの感想か?」
「感想もなにも、つまんなかったって言ってるの! それ以上でもそれ以下でもないでしょ! あれを見てそう思わない人は、よっぽどセンスがないとしか言えないし!」
なるほど、確かにそうだ。
全て猫宮の言うとおりである。
「そうだな、俺もそう思うよ」
「じゃあいったいなんであんな動画流したのよ。意味分かんないんだけど!」
「安心しろ。意味はこれから分かる」
「え……それって、どういう……」
戸惑いを見せる猫宮を無視し、俺はその後ろに座る人物へと声をかけた。
「と、いうことらしいぞ夏純。なにか意見はあるか?」
「「「…………え?」」」
教室の時が、ここで止まる。
いや、ただひとりだけがゆっくりと立ち上がり――。
「どうもー。エンジェル☆カスミンこと夏純でーす。皆さんご意見ありがとうございます、いえーい」
死んだ目で実に堂々と、その名乗りをあげたのだった。
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