自分の黒歴史見る時って冷や汗出るよね

キンコンカンコーン


 大きなスクリーンの上に取り付けられたスピーカーから、始まりを告げるチャイムの音が木霊する。

 これでゴールデンウィークもホントに終わりだ。

 そのことをちょっと惜しんでいると、教壇の前に立ったユキちゃんが話し出す。


「皆、元気にしてた? 先生はとっても元気だったよ。ちょっと旅行に行ってリフレッシュも出来たしね。楽しかったなぁ。でも、今は全然楽しくないの。またこのクラスを担任しなくちゃいけないと思うとやってられなかったし、お酒もたくさん飲んだのよ。おかげで今は二日酔い! 頭は痛いし学校になんて来たくなかったし、来たら来たで、朝から視聴覚室の使用許可を取らなくちゃいけなくなって、もう散々だったのよ! 教頭先生にも睨まれたり、もう私教師嫌だぁっ! 帰りたーい!」


 そんなことを、ユキちゃんは一気にまくしたててきた。


(((あ、この人、ダメな大人だ))) 


 多分ここにいるクラスの皆は、同じことを思ったと思う。

 お酒がまだ残ってるのか号泣してるし、可哀想より残念な人だな……って感想が先に来た。

 それくらいなんかもうダメダメだ。ダメダメな大人がそこにいた。


「あの、先生。ちょっといいですか」


 早くもなんともいえない空気が漂い始めた中で、ひとりの生徒が手を挙げた。


「ひっく。なぁに、後藤くん。先生は今ちょっと、泣くのに忙しいんだけど」


「いや、それは忙しいとは言わないと思うんですけど、それはともかく。どうして僕ら、視聴覚室に集められたんですか?」


 後藤くんの発言に、教室が僅かにざわついた。

 そう、それは知りたかったんだ。

 よくぞそれを聞いた後藤くん! という空気が、にわかに広がっていく。


「ふ、ふふふ。やめてよ、皆。僕は当然のことを聞いただけなんだからさ。でも、僕の行動力を、アリサちゃんに見てもらえたかな? ふふふふっ」


 そして、あっという間に霧散していく。

 代わりに調子のんなよ後藤という、殺気立った空気が主に男子から発せられた。


「ご、ごめんなさい、僕座ります」


 そんな空気に、後藤くんは勝てなかった。

 すごすごと引き下がるあたり、ちょっとヘタレすぎる。


「えっと。ああ、なんで視聴覚を使うことになったかだっけ。それは先生が頼まれたからよ」


「「「え、頼まれた? 誰に?」」」


 皆の声が、見事にハモる。


 ユキちゃんがここを選んだわけじゃないっていうなら、いったい誰が……。


「――それは、俺だ」

 ボクに生まれた疑問を吹き飛ばすとうな短い言葉と一緒に、ひとりの生徒――クズ原くんが立ち上がった。


「え、クズ原?」


「ユキちゃんじゃなくて?」


「なんであいつが俺たちをここに呼び出したんだよ?」


 教室が騒がしさを取り戻す。

 いろんなところでいろんなクラスメイトたちが、口々に疑問を声に出した。


(え、どういうこと? クズ原くん、なにしてんの?)


 勿論ボクもそれは同じで、頭の中にハテナマークがいくつか浮かぶ。

 伊集院さんみたくやたら行動力がある人ならともかく、彼はこういったことをしない人だと思ってただけに、こんなことをした意図がよく分からない。

 そうこうしているうちに、気付けばクズ原くんは教壇の前に立っていた。


「ユキちゃん、ありがとう。ここからは俺が引き継ぐよ」


「というか、そろそろなんでここに来たのか説明してもらえる? 先生、いきなり言われたから何も準備してなかったし、思いっきり教頭先生に睨まれたんだけど!? ただでさえ目をつけられてるのに、明らかに『コイツ使えねぇな』って目で見てたわよぅ! 休み明け早々先生のライフはもうゼロよ!」


「さて、それじゃさっさと本題に入るか。まぁそんな長い時間をかけるつもりはないから、そこは安心してくれ」


「休み挟んでもまた無視!? これくらい答えてくれてもいいじゃない!? 先生いったいなにかした!?」


 多分理由とかなくて、ユキちゃんがそういう扱いが似合うキャラだからってだけな気がする……。

 不憫といえばそうなんだけど、なんか納得してしまうボクだった。


「さて、とりあえず今からプリントを配るからそれを……」


「待てよ、葛原。お前、なにするつもりなんだ?」


 話を続けようとしたクズ原くんに待ったをかけたのは、クラスメイトのひとりである佐山くんだった。


「ん? 佐山か。そのことはこれから説明するから、とりあえず聞いてくれ」


「いや、でもな……」


「ああ! そういうことですのね!? 分かりましたわ!」


 渋る佐山くんの言葉に被せるように立ち上がる生徒がまたひとり。


「なんだよ、今度は伊集院か。いったいなんだ」


「大丈夫です! わたくしには和真様のお考えが全て分かっておりますわ!」


「え、俺の考えが分かったって、なにが」


「とぼけないでくださいまし! これからそのモニターを使い、先日行われた『ダメンズ』の振り返りライブ上映会をするつもりなのでしょう!? このクラスの方々のほぼ全員が参加したあの伝説のライブの振り返り上映ともなれば、授業などする必要一切なし! いっそ明日の朝までリピートしまくり、大いに語らいまくることに致しましょう!!!」


「「「え、マジで!?」」」


 またとんでもないことを言い出す伊集院さん。

 授業が潰れるのは嬉しくないとは言わないけど、その企画はちょっとどころじゃなく正気じゃない。


「悪いが、それは却下だ。モニターを使うのはその通りだが、俺が見て欲しいのはライブじゃあない」


「なっ!? 違うのですか!? ならば、何故!?」


「いや、それを説明するとさっきも言ったんだが……とにかく一度座れ。これじゃ話がさっぱり進まない」


 クズ原くんが注意すると、「うぅ、分かりましたわ。貴方がそう仰るのでしたら……」なんて言いながら、すごすごと席に座り直す伊集院さん。


(やっぱり、クズ原くんは凄いなぁ……)


 それを見て、ボクは素直に感心した。

 我が強いあの伊集院さんを、あんな簡単に言うことを聞かせられる人なんて、そうはにいないんじゃないだろうか。

 この前のミニライブであの人と関わった分、より強くそう思う。


「ふぅ、さて。もう話に乱入してくるやつはいないな。さっきも言った通り、これから皆には、ある動画を見てもらう。その後は今から配るこのアンケート用紙に見た感想を書き込んでくれ」


 言いながら、教壇に置いてあったノートパソコンにケーブルを繋ぎ始めるクズ原くん。

手つきは随分慣れてるみたいで、すぐに準備は終わったみたい。

パソコンを立ち上げると少しの時間を置いて、モニターには背景といくつかのアイコンが表示された。


「やっぱ学校のだとスペック微妙だなぁ……ま、いっか。とりあえず再生には問題なさそうだ」


 ちょっと不満そうにしながら、一旦教壇を離れるクズ原くん。

 そのまま手に持っていたプリントを、最前列へと配り始めた。


「はぁ。動画ねぇ」


「まぁそれくらいなら……」


「振り返り無限上映会よりはマシか……」


 皆、なんだかんだ言いつつも、それを受け取ると周りの人に配布していく。


「…………」


 一方、ボクはというと――何故だろう。猛烈に嫌な予感に駆られていた。


(……動画を、見る、だって?)


 いや。でも。まさか。

 そんなはずはないだろう。

いくらクズ原くんでも、ねぇ?

だってそんなの、お金に繋がるはずないし。

そもそもそんなことをしたら、尊厳破壊もいいとこだ。


「さて、それじゃあ動画を再生するぞ」


そんなの有り得ないと自分に言い聞かせてるうちに、動画再生(デスゲーム)は始まった。

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