もうお分かりですよね?
「休みの間、皆はなにしてたの?」
「んー、ほとんど家にいたかな。あまりお金もなかったし」
「『ダメンズ』のライブが一番大きなイベントだったよねぇ」
「クラスどころか、学校の生徒の大半来たみたいだって、誰か言ってたよー」
「マジ? すごいじゃん」
「さすがだよねー、いくら稼いでるんだろ。皆カワイイし、人生安泰って感じー」
「まぁそのお金の大半はクズ原くんに流れるんだろうけどね」
「嫌なこと言わないでよ、ウチが絶対なんとかしてみせるんだから……!」
「人生諦めが肝心だと思うけどなー」
「どういう意味!?」
休み明けの廊下は賑やかだった。
というか、ボクらがやかましく話しているだけなんだけどね。主に大きな声を出しているのはたまきちゃんだけど、それでもボクは確かに楽しかった。
ゴールデンウィークの間なにしてたとか、どこ行ったとか、なんの番組を見たかとか。
そんな取り留めのない話をしながら、ボクたちは目的地である視聴覚室へと進んでいく。
「あの後大変だったよねー、伊集院さんから予習だって言われて『ダメンズ』のライブDVD全部渡されたりしたりー」
「全員分用意してたよね。黒服さんが持ってきた時ビビったもん」
「予習しとけってことよね、これ。もしかしてこれからライブに駆り出されたりするのかしら……」
「ライブに行くのは文句ないけど、伊集院さんの近くにはなるべくいたくないから手当を貰わないと絶対に割に合わないよー」
本当に、とりとめのない内容。
だけど、ボクはそれを悪くないと思えた。今はまだよく分からないけど、青春ってこういうことを言うのかな。
気の知れた友達同士の会話。こういうのが出来るのって、地味に幸せなことだと思う。
学生同士のいじめだはよく聞くけど、うちのクラスはクズ原くんのおかげでそういうのとは無縁だしね。
主に共通の仮想敵って意味だけど。……こう考えると、やっぱりクズ原くんはすごいな。
あのメンタルは見習うべきなのかもしれない。でもああなったら人間終わりな気もするし、なかなか難しいところだ。
今はまだよく分からないけど、青春ってこういうことを言うのかな。
「でも、伊集院さんって凄いよねー。ライブのために、モールを丸ごと買い取ったとか聞いたよー。勝ち組って、ああいう人のことを言うのかなー」
「まぁウチらとは住んでる世界が違うよね。あの人の場合、お金だけじゃなくいろんな意味でだけど」
「ぶっ飛んでるというか、頭のネジが外れてやっぱりお金稼げないのかしら。アイドルをやっている小鳥遊さんや月城さんも貢げるくらいにお金を貰っているようだし、このクラスには上級国民が多いようね。私もそうなりたいものね」
「そういうのいいから。貢がせるのはウチが絶対辞めさせる。いつまでもクズ原になんかお金を渡してたら、不幸になるに決まってるもん」
「えっと……」
どうしよう。今クズ原くんの名前を出されると、ちょっと反応に困る。
曲がりなりにもボクのために頑張ってもらってるわけだし……そんなことを考えてると、思わぬ助け舟が入った。
「あー、クズ原くんも凄いよねー。あんな堂々とお金貰ってる人始めて見たよー。あれくらい突き抜けてると、逆に許せるものあるよねー」
「はぁっ!? 有り得ないし! あんなのただのどうしようもないガチクズじゃん!」
「確かに彼は本物のクズではあるけれど、なにも考えていないわけじゃない。アイドルふたりに貢がせたり、伊集院さんを手玉に取るなんて、並みの人間にできることじゃないわ」
「それは……そうかも、だけど……」
たまきちゃんは渋々といった感じだったけど、その意見にはボクも賛成だった。
クズ原くんは普通じゃない。クズなのは間違いないんだけど、なんていうか、それだけじゃないんだよね。
「あはー、いっそたまきちゃんがクズ原くんと付き合っちゃえばー? 少なくともアリサちゃんたちから引き離すことができるし、悪くないんじゃないー?」
「にゃあっ!? な、なに言ってんの! そんなの有り得ないから!?」
「あれー? 意外と満更でもないー?」
「だから違うっての! クズ原とか絶対ない! お金にしか興味のないクズとか、こっちからお断りだから!」
たまきちゃんは顔を真っ赤にしてるけど、なんとなくボクには分かる。
別にたまきちゃんは、本心からクズ原くんのことを嫌ってるわけじゃない。
クズなのは間違いないんだけど、心の底から人に嫌われるような人じゃないっていうか。
アイドルに貢がせたり、お金持ちのお嬢様を手玉に取っているのに。
よく分からないけど、そういうのもきっと才能といえるものなんだと思う。
ボクにはきっと、そういうものはない。
だってボクはただの普通の女子高生なんだから。
(あ、でも……)
ひとつだけ。
クズ原くんに、褒めてもらったことがあったっけ。
――俺がお前の配信を見てたのは、スパチャを投げるたびに低姿勢で媚を売ってくるその姿勢が気に入ったからだ。あそこまでプライドを捨てられるやつは早々いるもんじゃないからな。その一点だけを俺は買っていたんだよ
……思い返してもひどい内容だな、これ。
褒められてる気がまるでしないし、全く全然嬉しくない。
こんなのが長所と言うなら、ボクのほうからポイ捨てしてやる。
わざわざ人に媚びなくたって、勝ち組で上級国民の未来が、ボクには待っているんだから。
「てか、紫苑。アンタさっきから黙ってるけど、どうしたの?」
「え、ほへ?」
「なんだか神妙な顔をしてたわね。どうする? 今から私と一緒に帰ってもいいけど」
「い、いや。大丈夫大丈夫! ボク、学校大好きだから!」
咄嗟に問題ないことをアピールしたけど、自分でもわかるくらい、なんだかから回っている気がした。
「紫苑、貴方ホントに大丈夫? 頭が痛いとか悪いとか、そういうのじゃないわよね?」
「頭が痛いはともかく、悪いはひどくないかな!?」
「あはー。メグちゃんは自分が帰りたいだけだから気にしないでいいよー。ただ詩亜ちゃん、紫苑ちゃんにはあまり無理して欲しくないかなー」
「だから大丈夫だって! 全然大丈夫だよ! 問題ないから!」
うぐっ、ボク、そんな分かりやすい顔してたかな……?
ほんのちょっとだけショックだった。
「……ま、それならいいけど。ホラ、着いたよ」
先頭を歩いていたたまきちゃんが立ち止まると、そのままドアをガラリと開ける。
上を見ると、そこには確かに「視聴覚室」と書かれたプレートがある。
(視聴覚室、かぁ)
あまり利用したことはないけど、確かうちの学校は結構大きなプロジェクターがあるんだっけ。
去年の文化祭では映画が上映されたって聞いたことがあるし、後ろの席までよく見えるくらいには放送にも問題ない……。
ブルッ
(あれ? なんでボク、今身体震えたんだろう)
武者震いってやつ? いや、別にボク、緊張なんかしてないし。
虫の知らせとか? でも、それはそれでなんでまたこんな……。
「紫苑。ホラ、早く来なよ」
「あ、うん」
ボクがぼんやりしている間に、皆はもう中に入ったようだ。
考えはまだまとまってなかったけど、促されるようにボクも視聴覚室の中に入ると、そのままドアをピシャリと閉めた。
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